第50話 最後の戦い
「レオ三世!」
ユイルは驚愕していた。
「ユイル、お前が今、殺したのはな、余の影、余の双子の弟なのだ。余と違って、心優しい男であったがな。お前が、正義感の強いユイル、お前がその手で弟を殺すとは。ハハハ、おかしくてたまらぬ。ユイルよ、所詮はお前も私と同じ、ただの人殺しに過ぎぬのだ」
激しい後悔が、ユイルを襲った。法皇の弟が、影武者となって兄をかばうとは。その可能性も有り得たのに、ユイルは全く疑うことなく、“影”を殺してしまった。
視界が暗転し、ユイルは片膝をついた。しかし、まだ笑い続けているレオ三世に対して、次第に怒りがこみ上げてくる。
ユイルは法皇を睨みつけた。
「もう許さない。もう許さないぞ、レオ三世! 今度こそ必ず、オレはお前を倒す!」
神の代弁者に、宣戦を布告する。
そして、床に置いていたデュランダルを左手で拾い上げた。
「ここは戦いの場所には適さぬ」
言い捨てると、レオ三世はバルコニーに走った。
「来い! オニキス!」
ゴールド・ドラゴンが飛来し、レオ三世は右手に金、左手に銀の剣を手にしたまま飛び乗った。
「余を追って来るが良い! ユイル!」
法皇を乗せたオニキスは大きく旋回し、海のほうへと飛び去った。
「来てくれ、ルビー!」
レッド・ドラゴンが飛来する。双刀の剣士ユイルが飛び乗り、最後の戦いに挑む。
先行するオニキスを、ルビーは追いかけた。
海上で、二頭は交錯する。
振り返りざまに、オニキスは光のブレスを吐いた。高温の光の束が、ルビーとそれに乗るユイルを襲う。
ルビーは大きく上昇してブレスを避けた。
空中ですれ違う度に、ユイルとレオ三世は両手の剣を相手へと繰り出した。
刀身が何度もぶつかり合い、激しく火花を散らす。
「ルビー! 左へ旋回してくれ!」
「右だ! オニキス!」
二頭のドラゴンは忠実に主人の指示に従った。翼が触れ合いそうになるまで接近しては、また距離を置くことを繰り返す。
地上では、人々がこの壮絶な戦いを見守っていた。
民衆は、ユイルに大きな声援を送っている。
そしてルーマの大広場では、リィナが義兄ユイルのために、「鼓舞」の歌を声高く歌い上げていた。
地上からの応援を背に、ユイルはオニキスを駆るレオ三世に対して、一歩も引かない戦いを繰り広げていた。
ルビーが炎のブレスを吐く。
オニキスもブレスを吐き返す。炎と光はぶつかりあって、その勢いを相殺させた。
体力に劣る法皇に、少し疲れが見えた。
ユイルは雌雄を決しようと思った。
「来い、レオ三世!」
大きな声で挑発する。
「ユイルゥ!」
レオ三世が、憎しみを込めて仇敵の名を呼ぶ。
ルビーとオニキスがぶつかりそうなほど接近した瞬間、二人は乗騎から跳躍して空中ですれ違った。
そのとき。
ユイルの左手の剣は、レオ三世が剣をクロスして斬りかかってきた攻撃を受け止めていた。
そして右手の剣が、見事に法皇の首を切断していた。
何が起こったのか分からない、という表情で凍りついたまま、レオ三世の首が、海面へと落ちて行く。
続いて、頭部を失った体も、その後を追った。
やり遂げたユイルが落下して行くと、ルビーが主の元に駆けつけ、ユイルは再び騎乗した。
港から聞こえる、人々の大歓声。
リィナの快い歌も、まだ聞こえて来ている。
皆に応えようと、ユイルがルビーに帰還を命じようとした刹那。
海面が光った。
眩しさに目を閉じたユイルは、ルビーから身を乗り出して下方を覗き見た。
そこでは、信じられない光景が展開していた。
海面すれすれから、ゆっくりとレオ三世の首と体が上昇して来る。
体がオニキスに支えられ、むっくりと起き上がる。そして、首が胴に繋がり、氷のように冷たい青い瞳が、大きく見開かれた。
悪夢のような光景だった。
「そんな馬鹿な・・・」
声を失うユイルに、レオ三世は言い放つ。
「言ったであろう。余は不死身だと」
ユイルは困惑し、珍しいことに恐怖していた。
法皇を倒す方法が、分からない。
地上からも、絶望にも似た民衆の呻きが聞こえて来た。
「余は死なぬ。絶対に死なぬ。余は法皇だからだ。お前たちを統治する絶対者、神の代弁者だからだ」
高笑いする、法皇レオ三世。
うかつには仕掛けられなくなり、ユイルはルビーを操って、敵と距離を置いた。
首を斬っても生き返る。常識では考えられない。ルーマン正教の、何らかの秘儀であろうとは予想できた。しかし、それを破る術が、皆目見当つかない。
もう一度、首を断つか? しかし、また復活したら?
躊躇うユイルをあざ笑うかのように、レオ三世はオニキスを八の字に飛翔させ、自分の優位を誇示していた。
ユイルが敗北感で押しつぶされそうな心境になったとき。
「ユイル殿!」
不意に名を呼ばれた。
ユイルは振り向く。
その視界に、アズライルの足に掴まって空を飛んでくる、レオ四世の姿が飛び込んできた。
「レオ四世!」
八歳のレオ四世は、懸命にアズライルにしがみついている。
「ユイル殿、父上の本体は、大聖堂にあるルーマン正教の御神体、金色の十字架にあるのです。あれを破壊しない限り、父は不死身です!」
四世は泣きそうな顔で続けた。
「どうか、貴方の手で父を。私の父ですが・・・。愛していた父ですが・・・。どうか、悪に裁きを」
驚くべき告白だった。
レオ三世が狼狽する。
「四世! 貴様、余の世継ぎであるのに、余を裏切るのか!?」
「父上。私が貴方を裏切ったのではありません。貴方が最初に裏切ったのです。民衆を、信者を、兵士たちを、そして、私を含めた家族を。周りにいる、全ての者を」
レオ四世は、冷静に告発した。
レオ三世は、秀麗だった顔を醜く歪めた。とても神の代弁者=法皇とは思えない、卑しい容貌だった。
「くそっ! やらせはせぬ。決してやらせはせぬ!」
焦りの色も濃く、レオは命じる。
「オニキス! 大聖堂だ! 余を全力で大聖堂へ!」
「ルビー! レオを追ってくれ! 全速力で頼む!」
ユイルも命じる。
二人の熾烈な競争が始まった。
僅かにレオ三世とオニキスが先行する。
レオが叫ぶ。
「ルーマンの富、ルーマンの栄光、全て、余の物だ! 法皇たる余、神の代弁者たる余、いや、余は神なのだ! 余は全能の、全知の、神その者なのだ!」
思考が混乱して、その言い分は狂気を孕み始めている。
「違う!」
ユイルはレオを否定するように叫んだ。
「神が人を作ったんじゃない! 人が神を作ったんだ! 自然の中に神がいるんだ!」
ユイルは続ける。
「人の心の中に、神がいるんだ。宿るんだ。人を愛する心、人を守りたいという心、かばいたいという心、癒したいという心、幸せにしたいという心、苦しみを除いてあげたいと思う心、優しくしてあげたいと思う心、育みたいと思う心、慈しみたいと思う心。そんな心こそが神なんだ。そう思えることが神なんだ。そうできることが神なんだ。そうしたいことが神なんだ」
ユイルは力説する。
「何とかしてあげたいって、どんなことをしても何とかしてあげたいって、そんな思いやりこそが神なんだ。愛という名の、心という名の、慈悲という名の神なんだ!」
右手の剣を、レオに突きつける。
「だからレオ、お前は神じゃない。絶対に、神なんかじゃない!」
今、ユイルに恐れはなかった。
「だからオレは! 絶対にお前を倒す!」
先行するレオに、ユイルは宣告した。
しかし、距離が縮まらない。
そのとき、地上で一人の少女が呪文の詠唱を始めた。
「我、カテリーナが命ずる。我が最愛の人、ユイルよ。汝の体、光速の風となれ! へースト!」
次の瞬間、ユイルの体がルビーの背を離れ、ぐんぐんと加速し始めた。
レオを抜く。
レオがオニキスを叱咤して、ユイルを抜く。
そしてまた、ユイルが。
大聖堂が見えてくる。
町中に、人々のユイルを応援する声が溢れている。
そして大広場では、バードであるリィナが「励ましの詩」を、喉が枯れそうになるまで歌い続けていた。
リィナの歌をBGMに、ユイルは大聖堂の正面ステンドグラスを蹴り破り、その内部に降り立った。
数千人は入る巨大な聖堂、その正面奥に、ルーマン正教の御神体、金色の十字架が鎮座している。
深く息を吸い、ユイルは疾駆する。神体に向かって、一直線に。
後ろからは、レオの情けない声が聞こえた。
「やめろおー! 余を、神を、余を、殺さないでくれー!」
気にも留めないユイル。BGMは続いている。
床を強く蹴って、ユイルは跳び上がった。
音楽は最高潮に達し。
ユイルは叫ぶ。
「これで!」
右手の剣で、神体の上部を断つ!
「終わりだァ!」
左手の剣で、神体を袈裟懸けに斬る!
そのままの勢いで、ユイルは祭壇に着地した。
息を整えて、振り向く。
そこには、哀れにも見える憔悴した表情のレオが跪いていた。豪華だった服も、どこか貧相に見える。
そして。
レオの体が、塵になって霧散してゆく。言葉を発する間もなく、静かに。
レオの最後を見届けたユイルは、述懐した。
「オレの本当の使命を果たせた。レオを倒すという使命を。オレは、孤児となった宿命を、使命に変えたんだ。オレ自身の力で。そして、たくさんの人の助けを得て。オレは・・・変われたんだ」
もう一度つぶやく。
「オレは、変われたんだ・・・」
そのとき、入り口から声がした。
「ユイル!」
カテリーナの声だった。カテリーナの愛しい声。今、ユイルが一番聞きたかった声だった。
「カテリーナ!」
両手の剣を落として、ユイルは走る。カテリーナの元へ。
カテリーナも走る。ユイルの元へ。
二人は大聖堂の中央でお互いを受け止め、強く抱きしめ合った。
口付けをかわす。涙を流しながら。
一瞬とも永遠とも思える、不思議なキスだった。
少し落ち着いて、二人は顔を離す。
互いに涙を拭い、二人は微笑み合った。
「お帰りなさい、ユイル」
「ただいま、カテリーナ」
もう一度、二人は強く抱きしめ合うのだった。
そんな二人の耳に、大聖堂の外から民衆の歓呼の声が聞こえて来る。
「ユイル! ユイル! ユイル!」
大地を揺らすような、大きな歓声だった。
ユイルは左手でカテリーナの肩を抱く。
二人はゆっくりと外に出て行った。




