第49話 本当の敵
数刻後。
征路半ばのユイルは、旗艦の艦橋でじっと前方を見つめていた。目標のロドス島までは、まだまだ遠い。
ふと空を見上げたユイルは、その飛点に気がついた。見る見る近づいてくる。
「アズライル? 何故こんな所に?」
ユイルは艦橋から甲板に降り立った。その手に運んできた竹筒を届けると、アズライルは主人の肩にとまって翼を休めた。
「何だ、この竹筒?」
ユイルは筒の側面にカテリーナの署名を認めた。
(カテリーナから?)
中身の書簡を抜き出し、素早く視線を走らせる。その手に次第に力が篭もり、その目は険しさを増していった。
読み終わったユイルは、得心していた。長年、法皇レオ三世に抱いていた不信感。その所以を知らされた気分だった。
「・・・アサシンに老師の暗殺を命じたのも、法皇だったのか」
ユイルは三年越しで黒幕の正体を知ったのだった。
「オレは間違っていた。オレたちの敵は、アラヴィヤ王国なんかじゃない。本当の敵は──」
ユイルは、書簡を強く握り締めて宣言した。
「本当の敵は、レオ三世だ!」
ユイルは艦橋に立ち、文書によって知らされた法皇の悪行、七つの大罪を、配下の兵たちに演説によって知らしめた。
命令を下す。
「旗艦反転! ルーマン法皇国に向かう。僚艦は我に従え!」
高く右の拳を突き上げる。
「目指すは、皇都ルーマ! 討つべきは、レオ三世だ!」
ユイル艦隊は白い波を立てて、次々に反転した。
最大船速で、母港へと舞い戻る。
近づいて来る艦船に翻る青地に銀色の剣の軍旗を、ルーマンの守備兵は信じられないものを見る目で認識した。
あれは、ユイル伯爵の旗だ。何故、出航したばかりの船がここに戻って来たのだ?
困惑と逡巡の狭間を縫って、ユイル艦隊はルーマ港に続々と接岸した。浅瀬には小船で乗りつける。
ユイルを先頭に、配下の将軍、兵士長、兵士たちが、陸続とルーマの街路を駆け抜け、法皇宮殿を目指す。
兵士たちは、レオ三世の悪行を口々に叫んでいた。その内容は、皇都中に噂として流れ、住民たちの間に急速に伝播していった。
宮殿に一番乗りしたユイルは、一直線に玉座を目指した。乱心したかに見える伯爵を阻もうと、警護兵が切りかかってくるが、ユイルの敵ではなかった。
玉座には、豪華な礼装を着たレオ三世が座していた。
「これほど、余が憎まれていたとはな。余の罪も、皆が知る所となったか」
自嘲気味に言う。
「だが、余は死なぬ。神の代弁者たる法皇が、下賎な孤児上がりに倒されるわけにはいかぬのだ」
レオ三世は立ち上がり、金の剣を抜いた。
ユイルも彼に合わせて左手のデュランダルを床に置き、右手の剣だけを構えた。
にらみ合いからつばぜり合いへ。十数合、二人は切り結んだ。三世の剣は、皇族としては秀でたものだったが、百戦錬磨のユイルの敵ではなかった。
法皇の金の剣を、ユイルの剣が両断する。
武器を失った法皇の左胸を、ユイルは渾身の力を込めて剣で刺し貫いた。
「見事な剣技だった、ユイルよ・・・。だが、告げておくぞ。余は死なぬ。決して、死、な、ぬ・・・」
倒れ伏す法皇。大理石の床に、赤い血だまりがゆっくりと広がっていく。
「決して死なない? どういうことだ・・・」
立ち尽くすユイルの耳に、耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「フフフフフ、フハハハハハハ!」
良く聞き慣れた声だった。
戸惑うユイルの前に。
おかしくてたまらない、という様子のレオ三世が、玉座の陰から両手に剣を持って姿を現したのだった。




