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第46話 ユイル艦隊

 ルーマン法皇国軍、総指揮官。

 それが、現在のユイルの正確な役職である。

 陸軍として、騎兵、歩兵、弓兵の全てが、ユイルの指揮下にある。

 ルーマンには、他に海軍がある。こちらも有事の際にはユイルが命令を下すことになる。

 陸での戦いは、剣士出身のユイルの専門分野だった。馬にも乗れるし、弓も扱える。

 しかし、海軍に関してはユイルは門外漢だった。水泳はできるが、軍艦に乗った経験は無い。

 優秀な航海長を欲して、ユイルは海軍の将校の名簿を取り寄せた。その中に、ユイルの目に留まる人物がいた。

 イブラヒム。名前から分かるとおり、アラヴィヤ王国から亡命してきた異国人である。

 エスラーマ教を信じる異教徒でもあるが、その信仰の自由を法皇に特別に許されている。

 その理由は、彼がアラヴィヤ海軍で随一と謳われた名航海長だからだ。軍人として、大きな利用価値がある男なのである。

 ユイルは、屋敷にイブラヒムを招いた。

 イブラヒムは長身の偉丈夫だった。やや癖のある黒髪、褐色の瞳、整った口ひげに、浅黒い肌。その目は不敵で、見る者によっては不遜ですらあった。

「良く来てくれた、イブラヒム殿。まあ、かけてくれ」

 応接室で、ユイルはイブラヒムに椅子を勧めた。対面で向かい合う。

 リィナがやって来て、二人の間のテーブルに熱い紅茶を置いてくれた。

「ルーマンの誇る英雄、ユイル伯爵の招きとあれば、参上しないわけにはいかぬ」

 少し皮肉交じりに、イブラヒムはうそぶいた。その恐れを知らぬ物言いは、ユイルの気に入った。

「現在のところ、オレはルーマン法皇国軍を統率する立場にあるが、海軍については全くの素人だ。優秀な人材に補佐を頼みたい。イブラヒム殿、貴方のような」

 単刀直入に、ユイルは切り出した。

「過大な言葉、痛み入る。それでは私も、胸襟を開き、思っていることを語ろう」

 イブラヒムは身を乗り出して話し始めた。

「ルーマン正教とエスラーマ教は、共に同じ神=創造主を崇めるが、ルーマン正教では、富=金に重きが置かれている。特に、レオ二世の時代からな。また、我がエスラーマ教は、武力=戦争に重きを置き過ぎている。共に、神の御心にかなっているとは、到底思えぬ。だが、私は生きていくために祖国を捨て、身に着けた航海術を評価してくれたルーマン法皇国海軍の一員となったのだ。正直、レオ三世に仕えるのにはためらいがあったのだが・・・。ユイル殿、貴方のためになら、私の力、喜んでお貸ししよう」

 イブラヒムの口から、協力の申し出を聞き、ユイルは内心満足していた。

「イブラヒム殿の助力が得られるとは。本当にありがたい」

 紅茶に口をつけると、イブラヒムは海軍について語り始めた。

「私の知る限りでは、法皇国は五隻のガレオン船を有している。もっと多くの船を建造・保有する国力があるが、基本的に他国を攻めないこの国には、過大な海軍は必要ないのだ」

 法皇国は、ルーマン正教によって、周囲の国々を精神的に支配下に置いている。わざわざ軍事的に再征服する理由がないのだ。

「ただ、レオ三世が新たな軍船の建造を命じた、という噂がある」

「何のためだろう」

 ユイルは形の良い顎に右手を当てた。

「憶測だが、先の侵略の報復として、ロドス島を攻めるつもりなのかもしれぬ。あの島がアラヴィヤ王国の占領下にある限り、エトリヤの諸国家は安心して眠ることができぬからな」

 ロドス島への逆侵攻。艦隊戦と上陸戦、そして攻城戦へと続くだろう。その困難さを、ユイルは想像した。

 ロドス島を陥落させることが叶えば、遠いアラヴィヤ王国本国からの侵攻は可能性がかなり低くなり、ルーマは百年の安寧を手に入れることができるかもしれない。困難さに見合うだけの対価はありそうだった。

 

 果たして、イブラヒムの推測は正しかった。

 程なく、レオ三世自身の口から、新たな軍船建造の事実が明かされた。

 ルーマン法皇国らしく金に糸目をつけず、一挙に五隻のガレオン船を二ヶ月で進水させるという強気な計画だった。

 その標的は、イブラヒムの読みどおり、ロドス島であった。

 「大侵攻」と名付けられた作戦は、新造艦を合わせて十隻のガレオン船でロドス島を強襲するというものだった。

 島からアラヴィヤ王国の勢力を駆逐し、ルーマン正教の新たな聖地を築くのだ。

 艦隊総指揮官は、ユイル伯爵。総航海長はイブラヒムという布陣だった。

 ガレオン船が完成するまでの間、ユイルはルーマ湾の浅瀬で小船を使った強襲揚陸作戦の演習を繰り返させた。

 同時に、軍戦に搭載するカタパルトの発射実験を何度も行わせた。艦隊戦においては、長中距離でのカタパルトの撃ち合いの戦果が勝負を決めるからだ。

 ロドス島攻略に向けた、反復訓練。事実として、人間は練習以上に上手に物事を成し遂げることはできない。訓練を繰り返して、体に覚えさせるしかないのだ。

 兵の練度がそれなりに上がり、ユイルが満足した頃、新造艦が完成した。

 木の香りが漂う、真新しい新造軍船の一つを、ユイルは旗艦とした。

 青地に銀色の刺繍で剣をデザインした旗を、ユイルは自分の軍旗と定めた。一緒に、ルーマン法皇国の旗、白地に金糸で十字をデザインした国旗を、マストに掲げる。

 熟慮の末、ユイルは今回の航海にレオンだけを伴うことにした。リィナは屋敷で留守番させ、カテリーナも宮廷に残す。

 異国との戦争の最前線に、女性を同行させたくなかったのである。

 初夏の晴天の日を待って、ユイル艦隊は出航した。

 アラヴィヤ王国軍が守る、ロドス島へと。

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