第44話 悲しみを乗り越えて
「ラームさんが!?」
レオンは、裏門砦に駆けつけた兵から、その訃報を聞かされた。
信じられなかったが、同時に思考を巡らす。
(正門が手薄になったな。危ないかもしれない)
裏門の戦況は、カテリーナの奮戦と、リィナの歌で盛り返しつつあった。
ここは大丈夫、と判断して、正門砦にひた走る。
正門方面では、ユイルとチャンドラの不在が災いして、今にも門扉が破られようとしていた。
一秒を争う。レオンはスタッフを構えた。
「我、レオンハルトが命ず!」
自身の持つ、最大最強の魔法を発動する。
「炎嵐よ、敵を焼き払え! ファイアー・ストーム!」
それは、火炎魔法と風魔法を組み合わせた、レオンの最終奥義だった。
直径百メートルの炎の嵐が、あらゆるものを巻き込み、巻き上げ、焼き尽くす。
正門前にひしめいていた侵攻軍は、灰燼と化して消滅した。
残敵が、遠巻きにこちらを窺っている。
そのとき、正門砦にユイルが姿を現した。
「兄さん、ラームさんは・・・」
レオンの問いかけに、ユイルは答えない。
その表情は固く、瞳は憎悪に燃えている。
ユイルは、剣を掲げて叫んだ。
「来い、ルビー!」
低い声が天空に吸い込まれる。
すると、彼方の空に赤い点が浮かび、瞬く間に近づいて来て、“それ”がユイルの前に舞い降りた。
レッド・ドラゴンである。
ユイルはその背に飛び乗った。
「行け、ルビー!」
レッド・ドラゴンがその翼を広げて舞い上がる。
侵攻軍は恐慌をきたした。ドラゴンは、彼らアラヴィヤ人にとっても、畏怖すべき化け物の王である。
「ルビー、ブレス!」
ユイルは冷酷に命じた。
炎の息が、逃げ惑う敵兵たちを次々と捕らえ、黒い焼死体に変えていく。
人を焼く煙が目にしみ、硫黄の混じった肉の焼ける臭いが、嗅覚を強烈に刺激する。
一兵も残さない非情さで、ユイルは残敵を焼いた。
正門方面を片付けると、裏門の方へ旋回し、取り付いていた敵を焼き殺す。
それは、最早戦闘ではなく、一方的な虐殺だった。
ユイルのドラゴンと、レオンの魔法により、侵攻軍は完全に壊滅したのだった。
「ユイル兄は、まだラームさんの傍にいるの?」
リィナが心配そうに問う。
「ええ。枕元に座ったまま、離れようとしないわ」
カテリーナが焦燥した声で答える。
ラームの亡骸は、ユイルの生家に運ばれ、ベッドに横たえられた。
ユイルはその傍を離れず、名残惜しそうに少女の緑色の髪を撫でていた。
「戦は完勝ですが、この犠牲は大き過ぎましたね」
レオンの声は沈痛だった。
「私かリィナが近くにいれば、“治癒”で救えたかもしれないけれど・・・」
そんな仮定を口にしてみるが、時は戻らない。
「私が、回復役のお二人を裏門砦に配置した策が、裏目に出てしまいました」
ムウが後悔を口にする。
その策を受け入れ、決断したのは自分だったので、ユイルはムウを責めようとはしなかった。
ユイルが後悔していたのは、ぎりぎりまでルビーを参戦させなかったことだった。モンスターを戦に利用するのは潔くない、という意識があり、ルビーの投入を躊躇ってしまった。緒戦からルビーに乗って戦っていれば、勝利はもっと容易だったはずだ。
時刻はもう夜中になりつつあるが、ユイルは差し入れられた飲み物や食べ物に全く口をつけようとはしなかった。
「私たちも戦いで疲れているわ。交代で睡眠を取りましょう。朝になったら、ユイルもいつものユイルに戻っているかもしれない」
カテリーナが淡い期待を述べる。
他に名案もなく、四人はカテリーナの提案に従ったのだった。
ユイルは、夢と現の間にいた。
ラームを失った衝撃が強過ぎて、心が現実から逃げ出してしまいそうだった。
「ユイル・・・」
不意に、彼を呼ぶ声がした。振り向くと、幼かった頃の自分が立っていた。
「オマエの苦しみを、オレは何も知らなかった。オレは自分だけ弱くて、剣もまともに使えないのが辛かった。強くなりたかった。努力した。だからユイル、今のオマエに出会えた」
幼いユイルが続ける。
「オマエの怒り、悲しみ、苦しみが、オレに力をくれた。オレはオマエに出会えて──本望だ・・・!」
幼いユイルは、ゆっくりとユイルの元に歩み寄ってくる。
「何も持っていないオレだけど・・・一緒に戦わせて! オレたちならできるさ・・・!」
(ああ)
ユイルは思った。
(今、オレは一人じゃない)
ユイルは立ち上がり、幼いユイルを見つめる。
「一緒に行こう。幼い頃のオレ・・・!」
ユイルが手を差し伸べると、幼いユイルが駆け出し、今のユイルの中に溶け込んでいった。
ユイルは、自分の幼心と一体化して、一つ大人になったのだ。
ラームの死を乗り越えて、また一歩、前へと進んでいくユイルに。
ふと気付くと、ラームの髪を撫でている自分がいた。
「ごめんよ、ラーム。でもオレは、まだ戦わなきゃならないんだ」
ラームの死を、ユイルはやっと受け入れることができた。
そして、その死を決して無駄にしないことを、神と自分を育んでくれた恩人たちの霊に誓ったのだった。




