第43話 尊い犠牲
ガリア防衛戦、二日目。
夜明けと共に、アラヴィヤ軍は全面攻撃を開始した。数で上回っているうちに、力で押し切ろうという目論見と思われた。
矢も尽きよ、とばかりに、弓兵が激しい連続掃射を仕掛けてくる。
槍兵、剣兵が正門、裏門に殺到し、力ずくで扉をこじ開けようと図る。
「敵の攻勢が尋常ではありません。門に取り付いている敵を排除してください」
ムウの要請に、ユイルが応じる。
「オレとラームで出る。レオン、お前は裏門の援護に回ってくれ」
「はい、兄さん!」
レオンが裏門へと走る。
昨日と同じように、ユイルはラームとチャンドラに同乗し、地上に降り立った。
双刀の剣士と猛虎に、殺意に燃えた侵攻軍が押し寄せてくる。
ユイルは両手を広げて剣を突き出し、台風のように回転して敵を斬り刻んだ。右に左に、自在に斬り込む。槍や剣が突き出されるが、ユイルはあるいはかわし、あるいは剣ではじき、攻防一体の動きで敵を翻弄した。
チャンドラが、翼が生えたかのように縦横無尽に駆け回る。鋭い爪である敵を切り裂くと、尖った牙で別の敵を噛み砕く。美しい毛皮を、凄惨な返り血で真っ赤に染め上げ、奮戦する。
アズライルも、疾風のように戦場を旋回し、次から次へと獲物の顔面にくちばしの一撃を喰らわせた。
一見、善戦しているように思えた。しかし、ユイルは戦いながら、昨日とは違う感触を抱いていた。
昨日ほど、楽に戦えない。いくら敵を倒しても、兵が怯まない。退かない。逆に、倒せば倒すほど、狂ったように攻めかかってくる。
ラーム、チャンドラ、アズライルも、敵の層の厚さに戸惑っていた。
侵攻軍は昨日の戦闘で、ユイルがガリア防衛軍の要だと悟ったのだ。奴を倒せば、防衛軍は瓦解する。どんな犠牲を払っても良い、奴を倒せ。
ユイルは剣の達人だが、神ではない。その戦いにも限界があった。
突き出された二本の槍を、切断して凌ぐ。
さらに後ろから切りつけられたところを、振り向くことなく背後に剣を突き出して撃退する。その技量は人知を超えるレベルだったが、死角はあった。
腕力に自信のある兵が、自分の槍を渾身の力を込めて投じた。槍は空気を引き裂き、唸りをあげてユイルの背中に迫る。
ユイルは気付いていない。
(危ナイ!)
愛する少年の危機を、ラームは知覚した。
阿吽の呼吸でチャンドラがユイルに向かって跳ぶ。その背から、ラームがさらに跳んだ。
「!」
一瞬の出来事だった。ユイルの背に突き刺さるかに見えた槍は、寸前で彼をかばったラームの胸を貫いていた。
異常を察知して、ユイルが振り向く。致命傷を受け、地面に倒れたラームを助け起こす。
「チャンドラ!」
ユイルは叫んだ。駆け寄ってきたチャンドラに、ユイルはラームを抱えたまま飛び乗った。
「頼む!」
チャンドラは全てを承知して、全力で跳躍した。驚異的なジャンプ力で防壁を飛び越え、ガリア村内部に着地する。
チャンドラの跳躍の衝撃で、ラームを傷つけた槍は抜けていた。
その胸の傷からは、とめどなく赤い血が流れ出している。
ユイルは狂ったように叫んだ。
「誰か、カテリーナかリィナを! 治癒の力でラームを助けるんだ!」
しかし、傍の兵が残念そうに告げる。
「裏門も敵の全面攻勢にさらされています。お二人とも、戦闘と治癒に忙殺され、こちらに来る余裕は・・・」
二人が来れない? ユイルは耳を疑った。
どうすればいい? 必死で考える。
ラームの傷を手で押える。血は止まらない。
ラームの手を強く握った。
もう、そんなことしかできなかった。
「・・・ユイル」
虫の息のラームが、ささやく。
「何だいラーム」
そう聞くことしか、できない。
「ユイルガ、カテリーナ好キ。分カッテタ。デモ、ラーム、ユイルノソバ、居タカッタ。ゴメンネ、ユイル。邪魔シテ、ゴメンネ」
ユイルは強く叫んだ。
「邪魔なんかじゃない! ラームはオレを守ってくれた。ラームがいなかったら、オレは死んでいた。君は、オレの命の恩人だ!」
「ユイルモ、ラームノ、命ノ恩人・・・。ラーム、恩ヲ返セタカナ?」
「ああ、ああ!」
涙を流しながら、頷くユイル。
「ラーム、眠クナッテ来タ。ユイルノ手、アッタカイ。アッタカイヨ、ユイル・・・」
静かに瞳を閉じるラーム。
「ラーム!」
ラームを強く抱きしめて、ユイルは慟哭した。
(ラームが死んだ・・・!)
ユイルは心の中で叫ぶ。
(憎い・・・許せない・・・ラームを殺した奴も、オレ自身も!)
叫び続ける。
(オレに力があれば・・・、オレがもっと気をつけていれば・・・。そもそもオレが戦いに巻き込まなければ、ラームは死ななかった・・・!)
ユイルは、ラームの安らかな死に顔を見つめた。微笑んでいるような、優しい表情だった。
「ごめん・・・!! ラーム・・・!! ごめん・・・、ごめん・・・、ごめん・・・!」
ユイルの黒い瞳から、大粒の涙が何滴も落ち、ラームの顔を濡らした。
涙が枯れ果てるまで、黒髪の少年は少女の亡骸を抱いて号泣していたのだった。




