第42話 貴女(あなた)がいてくれて
「いよいよか」
ガリア前の平野を埋め尽くす敵兵を目の前にして、ユイルは覚悟を決めていた。
ルーマ市本体も攻撃を受けている以上、援軍は期待できない。千人の兵で、二千人の敵軍の攻撃に耐えなければならなかった。
「基本的には、篭城戦で挑みましょう。敵の攻撃が激しくなったら、ユイル殿、ラーム殿、レオン殿が兵と共に出陣して、相手を攪乱してください」
敵軍は、前衛に弓兵、中衛に槍兵、後衛に剣兵という混成軍だった。
弓兵の一斉射撃が、戦闘開始の合図となった。
矢の豪雨が降り注ぐ。ユイル軍は盾を頭上に掲げて防いだ。怯まず応射する。
虚空に弧を描いて、無数の矢が陽光を遮って飛翔し、アラヴィヤ軍の視界を暗くした。
彼らも盾を掲げるが、砦二階から発射された矢には勢いがあり、盾の隙間から敵兵に届いて少なくない損害を与えた。
侵攻軍は、梯子を前線に投入した。何とか防壁に取り付こうとする。防衛軍は、梯子を運ぶ兵に矢の集中砲火を浴びせて、その目論見を挫いた。
続いて、門を破壊するための破城槌が持ち出される。左右に兵が並び、勢いをつけて門扉を衝こうとするが、防衛軍は正確な射撃によって槌の持ち手を減らし、その勢いを弱めた。その結果、破城槌は門扉に届いたが、打ち破るほどの威力は出せなかった。
ついには、カタパルトが運び出され、発射された石弾がガリア村の防壁に激突した。しかし、レンガを何重にも厚く積み上げた防壁は強固で、表面が僅かに傷ついただけであった。
侵攻軍は明らかに攻めあぐねていた。防衛軍が篭城しているので、野戦にはならず槍兵と剣兵が活躍する場面がない。弓兵は数において防衛軍に劣り、何度かの斉射で射ち負けていた。
侵攻軍は軍を三つに分けた。主力は今までどおり正門砦を攻め、右翼・左翼に防壁を迂回させ、村の側面からの攻撃を試みる。
村の左右の側面には、防壁だけで砦がない。
防壁の上は人が歩いて通れる構造になっており、弓兵を配置してはいるが、正門砦ほどの密度ではない。
このままだとどちらかが突破される恐れがある。ユイルは対処を迫られた。
「レオン、敵の右翼を魔法で迎え撃ってくれ」
「了解です、兄さん」
「ラーム、オレと一緒に敵の左翼を叩こう」
「ウン、ユイル!」
防壁上を、三人は走った。
防壁右側に立ったレオンは、スタッフを高く掲げた。
「我、レオンハルトが命ず! 竜巻よ、敵を蹴散らせ! トルネード・アタック!」
自然のものよりはるかに凶暴な竜巻が、村外の地面から立ち上り、防壁に取り付こうとしていた侵攻軍を襲った。
兵士たちの体が、木の葉のように軽々と空中に巻き上げられ、風の渦に翻弄される。
高々と舞い上った体が、強く地面に叩きつけられ、多くの兵が戦闘能力を奪われた。
レオンは瞳を閉じ、さらに精神集中する。
「我、レオンハルトが命ず」
静かに詠唱を始める。
「出でよ、炎壁!」
カッ、と目を見開く。
「ファイアー・ウォール!」
レンガ防壁の外側に、高さ十メートル、幅百メートルの炎の壁が出現する。全体が轟音を立てて燃え上がり、敵の侵入を完璧に防ぐ障壁となった。
侵攻軍右翼は、継戦する意欲と能力を失った。
防壁左側に駆けつけたユイルは、眼下に前進してくる侵攻軍の隊列を見て取った。
チャンドラにまたがるラームのすぐ後ろ、虎の背中にユイルは立った。
「ラーム、頼む!」
「行ケ、チャンドラ!」
猛虎はラームとユイルを乗せたまま、防壁から飛び降りた。チャンドラが着地すると、ユイルもその背から降り、敵軍に突撃する。
単身で敵陣に斬り込むと、左右の剣を振るって死傷者の山を築いていく。
チャンドラも疾駆して、左右の爪と巨大な牙で敵兵を血祭りにあげた。
ラームの肩からはアズライルが飛び、その鋭いくちばしで敵兵を傷つける。
剣士一人と猛獣二頭は、暴威の三重奏を奏で、侵攻軍に多大な出血を強いた。
あまりの猛々しさに、敵兵が後ずさる。
ユイルとチャンドラが五メートル前進すると、敵兵は十メートル退いた。
攻撃力が違いすぎて、まるで大人と子どもの喧嘩のようだった。
侵攻軍左翼は兵力と戦意を著しく減退させ、先を争って撤退して行った。
ユイルたちは侵攻軍に包囲されていない裏門からガリアに戻った。
砦二階に控えていたカテリーナが、階下に降りてくる。
「ご苦労様、ユイル。大活躍ね」
カテリーナは、その細く白い手を、何気なくユイルの肩に置いた。
「チャンドラとアズライルの助勢があってこそさ。いくらオレでも、単独では大軍と戦えない」
ユイルは謙虚だった。そして、肩に置かれたカテリーナの手に、自分の手を重ねる。
二人は少しの間、見つめ合っていた。
そんな二人の様子を、リィナはその赤い瞳で、複雑な思いを胸に見守っていたのだった。
日が西に沈み、一日目の戦いが終わる。
ユイルとラームが正門砦に戻り、静かになった裏門砦二階に、カテリーナとリィナの姿があった。
リィナは椅子に膝を抱えて座り、苛立たしそうに親指の爪をかんでいる。
そんな彼女を見守っていたカテリーナは、勇気を出して問いかけた。
「リィナ、何を苛々しているの?」
リィナは答えない。
カテリーナは思い切って聞いた。
「私と、ユイルのこと?」
リィナが、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「分かってたの、あたしは! 分かってたの!!」
「リィナ」
カテリーナは優しく言う。
「分かっているのなら、何に怒っているの?」
「それは貴女に──・・・」
瞬間、言葉にならない。
「貴女がいないと、ユイル兄は一人よ。自分に厳しいルールを決めて、あんまり誰かを頼ろうとしない。でも、貴女なら──、貴女なら、そんなユイル兄の“特別”として──」
リィナはきつく瞳を閉じ、拳を握り締めた。
「──違う・・・」
リィナは静かにつぶやくと、
「ユイル兄の“特別”に、あたしだってなりたかった!!」
想いを爆発させた。
「本当は誰にも・・・、──貴女にだって、ユイル兄の隣は渡したくなかったの!」
「リィナ」
カテリーナは、リィナを優しく抱きしめる。
「カテリーナさんが、貴女がユイル兄の傍にいてくれて──本当に良かった」
ぽろぽろと、涙を流すリィナ。その赤い瞳が、より赤みを増す。
「本当に、良かった・・・」
泣き続けるリィナを、抱きしめるカテリーナ。
青い髪の少女が泣き止むまで、金色の髪の少女はじっとしていた。同じ黒い髪の少年に恋した、二人の少女の、それは一幅の絵画のような美しい情景だった。




