第40話 ガリアを守れ
数ヵ月後の御前会議で、再び国防に関する議題が俎上に載った。
ルーマは典型的な宗教都市だが、同時に街の西側が大きく海に開かれた港湾都市であり、交易都市でもある。
海に面した以外の街境は、ぐるりと防壁に取り囲まれているが、万一、海から攻められれば、敵の侵入は比較的容易だった。
海は遠浅なので、大型の軍船は陸近くまでは接岸できないが、兵士を分散して小船に乗せれば、短時間での上陸侵攻が可能だった。
これに備えるにはどうすればいいか。会議は紛糾した。
海岸線を防衛する兵士を増やす。
カタパルト(投石機)を等間隔に設置して、丸い大石を発射、接岸しようとする敵船を沈没させる。
海中に鉄鎖を張り巡らし、敵船の航行を阻む。
どれも有効な手段であり、賛成多数でその実施が決定した。
そして、一人の参席者から、陸上のアキレス腱とも言える問題が提起された。
「今のままでは、ガリアが手薄です。敵国が、ルーマ本体よりも先に、ガリアを攻める可能性があります」
ガリアは、ルーマから徒歩で一刻ほどの距離にある村だ。ユイルが生まれ育った場所でもある。
小さな村だが実質上、ルーマの前衛基地的な地理に位置している。
村全体は木製の防壁と、正門・裏門で守られているが、大軍に攻められればひとたまりもない規模である。
ガリアが軍事上、有用なのは、水量の豊富な井戸があることだ。もちろん、そのまま飲料水として使える。大軍にとって、水の補給が簡単に行えるか否かは死活問題だった。
ガリアを抑えれば、ルーマを陸上から攻めるための橋頭堡を築くことができる。
同時に海軍を展開させれば、陸海両面からの侵攻が可能となる。
その危険性が示され、会議に列席した一同は、背中に冷たい汗が伝うのを禁じ得なかった。
「ガリアの防御を増強する。防壁は、レンガ作りのものに改めよ。二つの門は砦に改装し、常駐する兵の数も増やせ」
法皇レオ三世が命令する。そして、話の矛先を若い子爵に向けた。
「ユイル子爵、そなた確か、ガリアの出身だったな」
「はい、猊下」
「そなたをガリア防衛の総責任者とする。防御面の増強を監督し、完了後は常駐軍の指揮官としてガリアに駐在せよ」
「御意」
ユイルは拝命した。図らずも、故郷に錦を飾ることになる。
レオ三世に命じられるまでもなく、ユイルのガリアを守りたいという一念は、誰にも負けないものだった。
新たな体制を決定して、会議は散会した。
ユイルは直ちに優秀な工兵を募り、ガリアに乗り込んだ。
木製だった防壁全てを、レンガ壁に改修する。正と裏、二つある門は、二階部分のある砦に改築し、門扉は鉄製のものにした。
全ての工事には約二ヶ月かかり、その間にユイルは十八歳の誕生日を迎えた。
その後、カテリーナとラームが十七歳に、レオンが十六歳、リィナが十五歳にと、それぞれ歳を重ねる。
少年から青年へ、少女から女性へ、若者たちは大きく脱皮しようとしていた。
その日、ユイルはガリア村正門砦の二階に滞在し、配下の兵士たちと、敵がどの方角から攻めて来る可能性があるか、それにどう対抗するかを語り合っていた。
討論が白熱したところで、門の左右にいた兵から来客を知らされる。
「ユイル指揮官殿、カテリーナ様がお見えです」
兵士に案内されて、修道衣姿のカテリーナがやって来る。
「カテリーナ」
「陣中見舞いに来たわ」
「わざわざ済まない」
カテリーナはユイルに法皇宮殿御用達のワインの瓶を手渡し、階下の馬の背に樽酒も積んできたことを告げた。
「それは、重ねてありがたいな」
ユイルは手近の兵士に指示して、見張りの者と休憩中の者、交代で酒を振る舞うよう手配した。
「ずっとガリアに居っぱなしで、しばらく家に帰れていないんだ。レオンたちが元気にやっているか、カテリーナは知ってるかい?」
くだけた調子でユイルは尋ねた。
「たまに遊びに行くけど、みんな元気よ。ユイルが居ないのを、残念がってはいるけれど」
カテリーナが家族の近況を教える。
カテリーナは嘆息した。ユイルはこの数分の間にも、カテリーナ、配下の兵士、留守宅の家族に気を使っている。ルーマンの子爵、ガリア防衛軍指揮官の立場にあるとはいえ、十八歳の少年とは思えない気の配り方だった。
「ユイル」
「ん?」
「誰にでも優しいのって、あなたの素晴らしいところだけれど、時々、必死すぎて怖いときがあるの」
カテリーナの真剣な眼差しが、ユイルを真顔にさせた。
ユイルはあまり意識せず、人に優しく接することができる美徳を持っている。しかし、誰かに優しくするためには、対価が必要なのだ。それを購えるだけの力が、強さが、自分にはあるのだろうか? ユイルは自問した。
「オレがやりすぎだと思ったら、カテリーナ、君が止めてくれ。君は、オレ以上にオレのことが見えているから」
ユイルは懇願した。
どこまでユイルをフォローできるか、完全な自信はなかったけれど、カテリーナは頷いた。
ユイルはカテリーナにガリア村の中を案内した。
今は空き家になっているユイルの生家を見て、カテリーナは目を細めた。
ここでユイルが生まれ育ったのかと思うと、何だか親しみが湧いた。
小さいユイルが家の周りを駆け回っている空想を、ふと心に描く。思わず笑みが洩れた。
「何がおかしいんだい?」
ユイルが怪訝そうに聞く。
「ううん、何でもない」
カテリーナは笑いを噛み殺した。
「いい村ね。戦いに巻き込まれなければいいんだけど」
「オレが敵の指揮官なら、ここをまず落とすな。ルーマのガードは固いから、搦め手から攻めるよ」
ガリアがもし敵方に落ちれば、ルーマという巨人の喉に突きつけられた刃となる。状況によっては、その生死を左右しかねない。
ユイルの責任は重大だった。
早くも日が西に没し始め、辺りは薄紅の色彩に染められた。
夕日が照らすカテリーナの美しい横顔に、ユイルは思わず見とれた。
「そろそろ宮殿に帰るわ。それから」
カテリーナは、人差し指を立てて小さな声で言った。
「兄上にお願いして、ユイルがたまにはお家に戻れるよう、お休みを貰ってあげる。公私混同だから、内緒でね」
自分が何を一番望んでいるか、すぐに察してくれる女性が傍にいることに、ユイルは深く感謝した。
「お願いするよ。公私混同だけど」
ユイルとカテリーナは、顔を見合わせて笑い合ったのだった。




