第37話 ドラゴンマスター・ユイル
翌朝は、ユイルもレオンもリィナも、少し寝坊してしまった。そもそも、いつ寝室に引き上げたのか、記憶が定かではない。
二日酔いまでには至らなかったが、三人はのろのろと起き出して、用意された朝食を平らげた。新鮮な牛の乳が、とても美味だった。
ルーマに帰還するため、国王に別れの挨拶に行くと、ロベルト王は国宝だというダイヤモンドの首飾りをユイルに下賜した。カテリーナへの良い土産になると、ユイルは嬉しくなった。
レオンとリィナも、金貨が詰まった袋を賜った。レオンは、新しい魔法の本が買える、と思った。リィナは、新しい服を買って、何か美味しいものでも食べよう、と思った。
ルクレチア姫は、ユイルとの別れが辛そうな様子だった。とても美しい女性なので、もしカテリーナの存在がなかったら、ユイルの心も動いたかもしれない。
王国中の人々かと思えるほど、たくさんの人に見送られて、ユイルたちはナポレ王国を後にした。
ユイルはルビーに騎乗し、最低速度での低空飛行を命じた。レオンとリィナが乗る馬と、速度を合わせるためである。
ルーマへの街道を行き交う人々は、まずルビーに驚き、さらに赤竜に騎乗する凛々しい少年の姿に驚いた。
「ドラゴンマスター」と、口々に畏敬の念を表明する。ありがたそうに拝む人まで存在した。
途中、町や村で宿を取り(ルビーは屋外で休ませ)、一行は五日の道のりを難なく踏破した。
ルーマの正門が見えてくる。
今度は、ルーマ市民が驚愕する番だった。
「ドラゴンだ! ドラゴンが来たぞ!」
外にいた人間はもちろん、住居や店舗など建物からも人々が飛び出し、この珍しいモンスターを一目見ようと街路を埋め尽くした。
「あのドラゴンマスターは誰だ?」
誰かが問う。
「ユイル男爵だ。二刀流の剣士!」
誰かが答える。
盗賊の頭目や、屈強な剣闘士などを倒してきたユイルの武勇伝は、すでにルーマ市民の間に広まっていた。
今度はドラゴンか。その武勲の華々しさに、多くの市民が脱帽する思いだった。
ルビーはユイルを乗せて低空飛行している。
レオンとリィナは、人ごみを掻き分けて馬を進めた。義兄の堂々とした姿が誇らしく、自然と馬上で胸を反らす形になる。
多くの市民に讃えられながら、一行は法皇宮殿に至った。
ユイルはルビーから、レオンとリィナは馬から飛び降り、徒歩で奥へと進む。
謁見の間に、ユイルたちは凱旋した。
法皇レオ三世は、諸手を挙げて一行を出迎えた。
「良くぞ戻った、ユイル男爵。そして、良くぞドラゴンを!」
褒める言葉に困るほど、レオ三世はユイルの生還を喜んでいた。ルーマンの名を高め、今後も自分のために戦ってくれるであろう、心強い戦力の帰還を。
「ドラゴンを殺さず、服従させてマスターとなったそうだな。これでわが国は、余とそなた、二人のドラゴンマスターを擁することになった。いかなる国も、こんな偉業は成し遂げておるまい」
周知の事実だが、レオ三世は父から相続したゴールド・ドラゴン「オニキス」のマスターなのである。
玉座の傍らには、カテリーナが控えていた。
ユイルの無事の帰還を喜び、満面の笑顔を浮かべている。その白い首元を見て、(あの首飾り、喜んでくれるかな)と、ユイルは想像した。
「さて、ルーマンの武名をまたも高めたそなたに、恩賞を与えるとしよう。ユイルよ、そなたに、子爵の地位を授ける」
ユイルは息を呑んだ。今回も、爵位が褒美か。貴き身分の階段を、ユイルはまた一階梯、上に昇ることとなった。
「地位と共に禄も加増する。今後も励むが良い。より高みを望むのならばな」
ユイルはカテリーナを見た。
彼女は、大きくうなずいている。その隣に並ぶためには、あとどれだけ出世すればいいのだろうか。
十七歳の子爵。それも世襲ではなく、実力で勝ち得た地位である。ユイルはまるで、巷に流行る立身出世物語の主人公のようだった。
レオンとリィナにも、金一封が与えられる。ルーマン法皇国には、魔法使いや女性は爵位を得られない不文律があるのだ。
最も、地位など煩わしいだけだと、レオンもリィナも思っている。
そして二人は、同じことを考えていた。
今夜も宴会だ、と。
「ユイルノ!」
「ユイル兄さんの!」
「ユイル兄の!」
「「「子爵への昇進を祝して! 乾杯!」」」
ラーム、レオン、リィナが、声を合わせてエール(ビールの一種)の杯を交わす。
「ど、どうも」
ユイルも、ジョッキを掲げた。
場所はルーマ市内の居酒屋である。ユイル一行は屋敷に帰って荷物を降ろすと、留守番をしていたラームを伴って、街の酒場に繰り出したのだった。
今回は、スペシャル・ゲストもいる。カテリーナが、コートのフードを目深に被り、お忍びで参加しているのだ。
「まさか、ユイル兄が子爵になるなんてね」
「兄さん、僕は嬉しいです!」
「ユイル、オメデトウ!」
リィナ、レオン、ラームが、順番に祝意を口にする。
「ユイル、あなたは凄いわ。本当におめでとう」
カテリーナが、心からの祝辞を述べる。
ユイルは、命をかけて頑張った甲斐があったと思った。
五人が囲むテーブルには、この酒場自慢の豪華な料理が多数の皿に盛られている。五人は十代の健啖さで、せっせと料理を口から胃袋へと送り込んだ。
「このスープ、美味しいね、ラームさん」
「スミマセン、スープ、オカワリ!」
「この牛肉も絶品」
「スミマセン、牛肉モ、追加デ!」
リィナとラームは食いしん坊振りを発揮して、仲良くおかわりを繰り返している。
レオンは突然、ユイルの背中をバン、と叩いた。
「兄さんは立派だ! 一代で子爵になるなんて!」
大分、酔ってきている様子だ。
「ユイル兄さん、バンザイ!」
急に大きな声を上げたりする。
「やめろ、レオン、恥ずかしい」
ユイルは冷静だった。
カテリーナは、微笑ましそうに兄弟を見守っている。
(そうだ)
ユイルは思いついて、懐からカテリーナへの土産を取り出した。
ロベルト王に下賜されたダイヤモンドの首飾りだ。
「カテリーナ、これ、ナポレ王に貰ったんだ。君に似合うと思う」
「私に? ありがとう!」
カテリーナは素直に喜んだ。後ろを向いて、ユイルにつけてくれるようアピールする。
ユイルは顔を赤らめつつ、カテリーナに首飾りをつけてあげた。
カテリーナの首元で、大きなダイヤモンドが酒場の照明を反射して燦然と輝いた。少女の美しさを引き立たせる、上品なアクセサリーだった。
「アレェ? ユイル、アタシヘノ、オ土産ハ?」
半分酔っ払ったラームが、目ざとくカテリーナの首飾りを見つけて、おねだりしてくる。
しまった、とユイルは思ったが、同時にひらめいた。
懐から、ルビーの髪飾りを取り出す。レッド・ドラゴン「ルビー」の寝床に行ったとき、綺麗だと思って持ち帰った品だった。
手を伸ばして、ラームの髪につけてやる。
少女の緑色の髪に、赤い宝石は良く映えた。
「似合ウ? ユイル」
「似合う似合う」
ニコリ、とラームは笑った。
「アリガト、ユイル!」
ラームはユイルに抱きつき、その頬にキスをした。
「うわあ!」
驚くユイル。
カテリーナも目を丸くする。
「ナアニ、ユイル。ホッペニ、チューグライ、イイジャナイ」
酔っ払いの言い分である。
その目は、完全に開き直っている。
「とにかく、もうしないように」
ユイルの言葉に、ラームは不服そうだったけれど、髪飾りを嬉しそうに触って、リィナに見せびらかしに行く。
「ふう」
ユイルは息を吐いた。
次から次へと、事件が起きる。飽きないが、少し疲れる。
「明日からは、しばらくのんびりしたほうがいいんじゃない?」
カテリーナが、優しい声で提案する。
「そうだね」
また、カテリーナと散歩がしたかった。
子爵との散歩は、人目にどう映るだろうか。
ユイルが夢想したとき。
「待て、小僧!」
鋭い怒声が、酒場中に響いた。
声のほうを見ると、十歳ぐらいの少年が、肉の塊を抱えて戸口から飛び出していくところだった。
「くそ! 待ちやがれ!」
肉を盗まれた酔客が、少年の後を追う。
ユイルは立ち上がった。
「ユイル?」
「ちょっと行って来る」
カテリーナに言い置いて、ユイルは酒場を飛び出したのだった。




