第34話 告白
「レッド・ドラゴンですか!?」
話を聞いたレオンが大きな声を上げる。
「ああ。一緒に来てくれるか」
ユイルの問いに、レオンは身を乗り出す。
「もちろんお供しますが、僕の火炎魔法は、完全に無力ですね・・・」
残念そうにぼやく。
「ユイル兄、あたしも行くよ」
リィナが、その赤い瞳でユイルを見つめる。
カテリーナの不在を補って、パーティーの回復役を務める決意を固めた眼差しだった。
「戦いの流れを想定すると、リィナに「戦意高揚」の歌を奏でてもらって、オレが前衛として、ドラゴンと対峙する。引き続き、リィナには「沈静」の歌で、ドラゴンの戦意を挫いてもらう。レオンは、風魔法でドラゴンをけん制。オレが攻撃する隙を作ってくれ。二人とも、絶対に前には出るな。特に、ドラゴンのブレスの範囲には、どんなことがあっても足を踏み入れないようにしろ」
ユイルは念を押した。ドラゴンの息の攻撃。これをいかに回避するかが、勝敗の帰趨を制するといっても過言ではなかった。今回はレッド・ドラゴンが相手だから、炎のブレスだ。もしまともに食らえば、たちまち真っ黒な焼死体にされてしまう。
直線状に吐いてくれば、攻撃距離が伸びる。円錐状に吐いてくれば、距離は短くなるが攻撃範囲が広がる。立ち回りの困難さに、ユイルは頭を悩ませた。
一人、ユイルの話に納得しなかった人物がいる。豹柄衣服の少女、ラームだ。
「ナンデ、ラーム、行ッチャ駄目ナノ? 納得イカナイ!」
不満の権化となって、ラームは不平を述べた。
「アズライルト、チャンドラガイレバ、ドラゴンナンテ、怖クナイノニ」
頬を膨らませるラームを、ユイルは宥めた。
「法皇の命令なんだ。悪いけど、今回は留守を守ってくれ」
「ショウガナイナア」
納得はしていなかったが、ラームは引き下がった。これ以上ユイルを困らせるのが、嫌だったからである。
ユイルにはもう一つ心残りがあった。
「レオンとリィナは、旅の支度を整えておいてくれ。オレはちょっと用事がある」
夜半、ユイルは屋敷を出て、法皇宮殿に急いだ。危険な戦いに赴く前に、会いたい人がいた。
顔なじみの門衛に挨拶し、ユイルは宮殿内に足を踏み入れた。律動的な歩調で歩む。人工池の横を通ると、その水面が月と星を映して美しく輝いていた。
そしてユイルは、ある建物の下で歩みを止めた。
上方のバルコニーに呼びかける。
「カテリーナ」
ユイルの良く通る声を聞きつけて、その部屋の主がバルコニーに姿を見せた。
「ユイル」
バルコニーの手すりから身を乗り出して、この国で最も美しいと言われている少女が、ユイルを見ていた。
その姿に、一瞬呼吸すら忘れかけたユイルだったが、勇気を出して切り出した。
「降りて来ないか。月と星が綺麗だから、池まで散歩しよう」
ユイルの誘いに、カテリーナは瞳を輝かせる。
「それは素敵ね。今行くわ」
カテリーナがやって来るまで、数分の時間がかかった。待つユイルには、もっと長い時間に感じられたのだった。
肩を並べて、二人は池まで歩いた。
池の水面は、まるで宝石箱をひっくり返したかのように、星々の輝きで満たされていた。
「綺麗・・・」
カテリーナが息を呑む。
(君のほうがもっと綺麗だ)
そんな言葉を、ユイルは飲み込んだ。
池の岸辺に、二人は背中合わせで腰を下ろした。過ぎていく夜風は涼しく、触れている背中は熱い。
二人、膝を抱えて、空を仰ぐ。
白や青、赤や黄の星々が、天蓋を埋め尽くすように瞬いている。月は満月で、その青白い光で地上を照らしている。
しばらく無言で、二人は宇宙という自然が創り出した美観に見とれた。
そして、ユイルは打ち明けた。
「昼間、レオ三世から勅命を受けたんだ。友好使節としてナポレに赴き、かの国を脅かしているレッド・ドラゴンを退治することになった」
カテリーナは驚き、立ち上がって振り向いた。
「レッド・ドラゴン!? 最強のモンスターじゃない!」
ユイルも立ち上がって、振り向く。
二人は見つめあった。
「オレは、ナポレ国王に腕を買われたらしい。明日には、出かけるつもりだ」
「私も!」
即座に言うカテリーナに、ユイルは首を横に振る。
「いや、それはできない。レオ三世が許さない」
「そんな・・・」
カテリーナは言葉を失った。
ユイルは、もう一段、勇気を振り絞って切り出した。
「危険な戦いだ。正直、生きて戻れるか、分からない。だから君に──伝えたいことがある」
カテリーナは、静かにユイルの言葉を待った。
「オレは爵位を得たけど、生まれは孤児で、ただの剣士で、やって来たのは戦い──人殺しだ。オレがしてきたどんな過去も、なかったことになんてできない。でも、今夜、そしてこれからの未来のために、オレは自分の気持ちに“答え”を見つけたい」
ユイルはカテリーナを見つめた。
カテリーナの瞳には、ユイルが映っている。
「カテリーナ、オレは君が好きだ」
見つめたまま、続ける。
「迷惑なのは、分かってる。君とオレとじゃ、身分が違いすぎる。分かっているんだけれど、気持ちが抑えられないんだ」
カテリーナは、ニコリと笑う。
「カテリーナ?」
「もう・・・。私の気持ち、ユイルはとっくに気付いてるんだと思ってた」
微笑むカテリーナ。
「え・・・?」
戸惑うユイル。
そしてカテリーナは、ユイルを真っ直ぐに見つめた。
「私もユイルが好き。大好き」
そう言って、少女は少年の胸に飛び込んだ。
おずおずと、少年は少女の背中にそっと手を回す。
少女が顔を上げ、少年は少女を見て、そして二人は──星空の下、淡い輝きの中で、初めての口付けを交わしたのだった。




