第33話 困難な勅命
半刻後、四世の部屋を後にし、カテリーナとも別れたユイルは、帰宅しようとした。
宮殿の門に向かったところで、侍従に呼び止められる。
「ユイル男爵、法皇猊下がお呼びです」
(今日は用事が多いな)
そう思いながらも、ユイルは謁見の間に向かった。
レオ三世は、玉座に深く腰を下ろしていた。
いつもは笑顔でいることが多いのだが、この日の法皇は、眉間に皺を寄せた難しい表情でユイルを迎えた。
「臣ユイル、参上致しました。法皇猊下」
ユイルが膝をついて一礼すると、レオ三世は無言で右手を上げた。左手の指は、肘掛をいらだたしげに叩いている。
こんなに不機嫌そうな法皇を、ユイルは見たことがなかった。
これ以上、臣下が先に口を利けば非礼になる。ユイルは法皇の言葉を待った。
「・・・またそなたに命を下さねばならぬ。南方の都市、ナポレより、使節派遣の要請があった」
ナポレはルーマの南東にある大都市だった。王制を敷いている。ルーマン正教を国教としており、法皇国とは友好関係にあると言える。
爵位のある者が使者として赴くのは当然とも思えたが、法皇の表情には、ただの外交使節派遣では済まなそうな含意があった。
「このユイル、喜んで使節の任、相勤めますが、何か問題がありましょうか?」
ユイルの疑問に、法皇は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「ただの使節ではないのだ。わが国から派遣する者に、最近出没するモンスターを退治してほしい、という要請が重なっておる」
「モンスター退治、ですか?」
「名指しではないが、ナポレ王はそなたのことを知っているのだ。ルーマンの誇る武人をな。他国の怪物退治などに、そなたを派遣したくはないが、かの国の嘆願を無下には断れぬ」
「猊下、モンスターとは?」
数秒の沈黙の後、レオ四世は告げた。
「──レッド・ドラゴンだ」
ドラゴン。言うまでもなく、モンスターの中で最強の部類に入る凶悪な化け物である。この地上に存在する生物の中で、最強とも言える。
孤高を旨とし、めったに人間の前に姿を現さないが、一度出現すれば、その国家にとっては最悪の災厄だった。
このエトリヤ半島では、先々代の法皇、レオ一世が倒したゴールド・ドラゴン以来の襲来となる。
ドラゴンを倒した者はドラゴンバスター、征服した者はドラゴンマスターと呼ばれるが、かなりの武勇が要求される難事だった。
レオ三世が、ユイルの派遣を渋るのも、無理のない話だった。
ドラゴンか。ユイル自身も考える。今まで倒してきた敵とは、レベルが違う相手である。
だが、一人の剣士、冒険者として、戦ってみたい強敵ではあった。
「それと、今回、カテリーナは参戦させぬ」
法皇が宣告する。
今回の任務は危険すぎる。愛する妹の安全を、レオ三世は考えたのであろう。当然の配慮だった。
また、もし法皇の妹が、男爵であるユイルと共に赴けば、どちらが正使か分からなくなる。その辺りの政治的な判断を、法皇は下したのだった。
「それから、野獣二頭を御する、何ともはしたない格好の女がいたな」
「ラームですね」
「その者も参戦を許さぬ。使節として相応しくないからだ」
ユイルは頭の中で計算する。回復・支援役のカテリーナと、撃破役のラームの不在。決定的な戦力のダウンだった。
「義弟レオンハルトと、義妹リィナは、随伴させてもよろしいでしょうか?」
念のため、ユイルは尋ねた。
「構わぬ。そなたの家族だからな」
ユイルは更に頭の中で計算した。一人で戦うよりはましだが、ウィザードのレオンが操れる魔法は、火炎魔法と風魔法である。この内、火炎魔法は、炎の攻撃に完全耐性のあるレッド・ドラゴンには全く効果が無い。風魔法だけ、ということは、レオンの力は半減したようなものである。
リィナのバードとしての力も、治癒や戦意高揚だけに限られ、直接モンスターに打撃を与えることはできない。
厳しい戦いになる。
それでも、一臣下に過ぎないユイルには、断るという選択肢は許されていなかった。
「勅命、謹んでお受け致します。法皇猊下」
ユイルは拝命した。
「頼むぞ、ユイル。無事帰還した折には、充分な恩賞を使わす故」
恩賞に釣られて戦うわけではないが、レオ三世が気前の良い主君であることは、ユイルにとって悪い話ではなかった。
ユイルは御前を辞すると、自分の屋敷に直行した。愛する弟妹と、今後のことを相談しなければならなかった。




