第32話 レオ四世(フォース)
複雑な思いを胸に、食堂を出たユイルは、一人の女性と出くわした。
彼と同じく年齢を一つ重ね、十六歳になったカテリーナである。その美しさは、時と共にその魅力を増している。
「ユイル、宮殿に来ていたのね」
「うん、ちょっと調べものがあって」
「用事は済んだ?」
「ああ。それで、昼食を食べ終わったところさ」
「ユイル、まだ時間はある?」
「あるけど」
「これから、甥のレオ四世に会いに行くの。一緒にどう?」
「四世に? それはいい。一度会いたかったんだ」
レオ四世は深窓の御曹司で、儀礼の場にもめったに姿を現さず、男爵となったユイルもまだ会ったことがなかった。
カテリーナに先導され、ユイルは法皇宮殿の奥へと入り込んでいった。
現在、宮殿の住人は、法皇レオ三世とその嫡男レオ四世、妹のカテリーナの三人だけである。レオ三世の后は、レオ四世を産んだときに亡くなってしまった。三人の皇族だけが住むにしては、この宮殿は広すぎる。
いくつかの回廊を過ぎ、何度か角を曲がって、ユイルたちはレオ四世の部屋に辿り着いた。
扉の外には、小姓が一人起立している。
カテリーナがノックする。
どうぞ、という声が聞こえた。
扉を開けると、小柄な少年が二人を出迎えた。純白のトーガ(長衣)を着た、気品溢れる人物である。今年七歳になる、レオ四世だった。
父や叔母と同じく、金色の髪と青い瞳の持ち主である。
「カテリーナ様。良く来て下さいました。こちらの御仁は?」
首を傾げる四世に、カテリーナはユイルを紹介した。
「ユイル男爵よ。名前ぐらいは、耳にしたことがあるでしょう?」
四世が目を輝かせる。
「若き英雄と名高きユイル殿ですね! 初めまして」
差し出された手を、ユイルは握った。小さいが、温かく柔らかい手であった。
「ソファーにお掛け下さい。今、お茶でも運ばせます」
その部屋は、前室のような構造で、応接用のソファーとテーブルがあった。
四世は外の小姓を呼び、紅茶の給仕を命じる。
ユイルとカテリーナは、四世と向かい合ってソファーに腰を下ろした。
間のテーブルに、木で作成された模型が置かれていることに、ユイルは気付いた。
中央に大きな四角形の建物があり、その左右に円形の建物が二つ並んでいる。
「四世、この模型・・・」
カテリーナが聞く。
「技術者に命じて作らせました。例の計画で完成させる予定の建物です」
四世は、得意げに応えた。
「計画?」
話が飲み込めないユイルが問う。
カテリーナが説明する。
「以前に話したことがあったでしょ、ユイル。貧しい人や、病気の人のための施設よ」
四世が説明を引き継ぐ。
「中央の大きな建物が、“救民院”です。貧しい人や孤児、病人などを受け入れ、食事、衣類、眠る場所、医療を提供します」
続いて、右側の丸い建物を指差す。
「こちらが、“学習院”です。貧しい子どもたち全てに、教育の機会を与えます」
最後に、左側の円形の建物を指し示す。
「こちらは、“図書院”です。宮殿の図書室の本の内、門外不出のものを除いて書写させ、無料で開放します」
三つの建物の用途に、ユイルは目を見張った。
「土地はすでに確保しました。建造の費用も、父上にお願いしてあります」
天使のような笑顔を、四世は見せた。
ユイルは、この七歳の少年に感服していた。
(レオ三世に何かあれば、この四世が登座することになるかもしれない)
幼いが、仕えるに値する人物だと、ユイルは思った。
福祉という言葉を、ユイルは知らなかったが、四世の構想はまさにそれそのものだった。
レオ家の統治に、ユイルは疑問がないではなかったが、次代に関しては、先は明るいと感じた。
小姓が、熱い紅茶を運んで来る。
湯気を立ち上らせながら、三人は未来の構想に話を弾ませたのだった。




