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第31話 ルーマン正教

 時は流れ、十七歳になっていたユイルは、ある晴天の日、法皇宮殿に赴き、数万の蔵書を誇る図書室に足を踏み入れていた。

 革表紙の本が、天井近くまである本棚に整然と並ぶ図書室で、ユイルは一冊の書を手に取った。

 「ルーマン正教の歴史」と題された書物である。

 ルーマン正教の歴史は、千年近い。

 その淵源は、大陸暦が始まるはるか以前より、イザヤ人の間で信仰されていた一神教にある。

 元々は、イザヤ人だけが神・ヤーヴェを信奉する一民族宗教だった。しかし、大陸暦元年前後、エウロパ大陸とエイジア大陸の狭間で、メシアと呼ばれる人物が生まれたことにより、大きく変貌を遂げたのだ。

 メシアは神の愛を説き、ヤーヴェがイザヤ人だけのものではなく、すべての人間が崇めるべき神であると明かした。

 そして、人間は神との契約によって誕生した、この世界を導くべき「万物の霊長」であると定めたのである。

 メシアはさらに、法を重視した。神との契約の証として、人間が為すべきこと、為すべきではないことを、「聖典」と呼ばれる書物にまとめた。

 為すべきことは、ヤーヴェへの礼拝と、布教である。為すべきではないことは、「七つの大罪」と呼ばれた。

 七つの大罪とされたのは、以下の通りである。

「傲慢」

「強欲」

「嫉妬」

「憤怒」

「色欲」

「暴食」

「怠惰」

 ユイルは、自省として「憤怒」の念に駆られることが多いことを自覚していた。

 悪や一方的な暴力に対して、怒りを抑えることができないのだ。あとの六つの罪は、犯してはいないと思った。

 人間は生まれながらにして罪深い存在である、という前提認識が、ルーマン正教にはある。

 同時に、その罪の大半はメシアが背負ってくれた、という見方をしている。

 メシアが教えを説いた当時、エウロパ大陸の大半とエイジア大陸の一部は、超大国であるルーマン帝国の版図となっていた。

 ルーマンの皇帝と市民の大部分は、ルーマン古来の多神教を信仰していた。

 そこに現れたメシアの教えを、ルーマンの権力階級は危険なものとして忌避した。メシアは捕らえられ、十字架で磔刑に処されたのである。

 このとき、人間が誕生してから犯してきた罪を、メシアが引き受けて昇天した、と信徒たちは考えた。これ以後は、聖典の教えに従って生きることで、罪から逃れられるとしたのである。

 メシアの死と共に、その教えも自然消滅するかに見えた。しかし、彼の弟子の中に、不屈の精神と行動力を持つ男がいた。シモンである。

 メシアが磔刑に処された十字架のミニチュアを、礼拝の対象として右手に掲げ、左手に聖典を持ち、シモンはルーマン帝国の帝都、ルーマへと布教の旅を行った。

 最後には師と同じように捕らえられ、火刑に処されたが、シモンの伝道により、帝国内にはすでに多くの信徒が誕生していた。シモンの墓は、ルーマ市内の中心地に建立された。彼が伝えた教えは、「ルーマン正教」と呼ばれるようになった。

 ルーマン正教は、初めは奴隷や下層市民の間で流行していたが、その教えの普遍性から、次第に中流市民、貴族など上流階級の間でも広く信仰されるようになっていった。皇帝の権力の後ろ盾である、ルーマン軍隊の兵士の間でも入信者が目立つようになると、皇帝はその影響力の大きさを認めざるを得なくなった。

 大陸暦三一三年、ルーマン正教は皇帝によって公認された。同時に、シモンの墓地の上に聖シモン大聖堂が建設され、礼拝の中心地となる。

 さらに大陸暦三九二年、ルーマン正教は時の皇帝の命により、国教とされた。一つの宗教が、巨大な帝国の精神面を支配することになったのである。

 ルーマの総大主教は、ルーマン正教に殉ずる聖職者の頂点として君臨することになった。

 歴代皇帝の手厚い庇護が、聖職者たちを著しく肥えさせた。

 その後、地方での反乱や、異民族の侵入により、ルーマン帝国は多くの諸国家に分裂してしまった。ルーマのあるエトリヤ半島も、多くの都市国家が乱立する状況となり、ルーマも多数ある国家の内の一つに過ぎなくなった。

 しかし、それらの国々の多くが、ルーマン正教を国教としており、ルーマは比類ない宗教都市として、他の都市とは別格の扱いを受けた。

 具体的には、攻めようとする者は皆無で、莫大な寄進を献ずる者だけが存在する情勢が続いたのである。

 ルーマの主権は、なお血脈を保っていたルーマン帝国の末裔が握っていたが、それも大陸暦七百年頃に途絶えてしまった。

 血統ではなく、実力者による支配が何代か交代した後、大陸暦七八十年、時の総大主教「イノケンティウス一世」が法皇を名乗ったことにより、「ルーマン法皇国」が成立したのである──。

「ふう」

 分厚い「ルーマン正教の歴史」を、ユイルは閉じた。ルーマン法皇国の男爵として、ルーマン正教と法皇国の歴史を確認しておきたかったのだが、ざっと史実を眺めただけでも、目と頭が疲れてしまった。

 法皇宮殿内には、宮殿で働く者向けの食堂がある。頭を使ってお腹が空いたので、ユイルは食事を取ることにした。

 魚介類のパスタを平らげ、水代わりの薄いワインを飲み干したユイルは、食堂の出口近くで売られている札に注意を向けた。

 先代のレオ二世の頃から、法皇国が発行している「免罪符」である。

 聖なる十字架のレリーフと、購入した者に神が許しを与える旨が、古代語で刻まれている木片である。

 神の威光に喜捨し、法皇国の発展に大きく寄与するものとして、聖典が禁ずる七つの大罪すら贖える効力があるとされていた。

 ユイルは、免罪符を購入したことはない。それどころか、その存在を疑問に思っていた。

 金銭で罪を贖える、という発想が、そもそも七つの大罪の一つである「強欲」に属するように感じていたのである。

 人間は弱い生き物だ。欲や誘惑に負けて、罪を犯すこともあるだろう。その贖いは、罪に見合う善行や深い反省で果たすべきではないのか。

 レオ三世は、いつも豪奢な礼服を着ている。

 法皇宮殿は壮麗無比で、中庭や庭園は美しく管理されている。ルーマン法皇国ほど豊かな国家は、この地上に存在しないであろう。

 それが、ユイルには歪に感じられる。神の名の下に、金集めをしているのではないか、という疑念が、脳裏をかすめてしまうのだ。

 しかし、ユイルはこの国の貴族で、その禄を食む身分である。その自分が、国家の財政に口を挟む資格があるのか、という疑問も、同時に心に浮かぶのだった。

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