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第30話 三人の美少女と

 数日後。

「ユーイール! 森ヘ狩ニ行コウ!」

 まだ眠っていたユイルの寝室に、ラームが来襲した。

 チャンドラが、そのザラザラした舌で、ユイルの顔をベロン、と舐める。

「うわぁ!」

 ユイルは飛び起きた。

「朝早くから驚かさないでくれ!」

「狩ニ行コウヨー」

 まるで駄々っ子のラームである。

「しょうがないなあ。支度するから、外で待っててくれ」

 ラームに弱いユイルだった。

 狩衣に着替え、背中に二本の剣と矢筒を装備し、両手でロング・ボウ(長弓)を握る。

 馬には乗らず、徒歩で出かけることにした。

 ラームはチャンドラにまたがっているが、賢い虎はユイルの歩速に合わせてゆっくりと足を運んでくれる。

 森の中をぐるぐると回ったが、中々獲物に出くわさなかった。

「今日ハ、不作ダネ、ユイル」

「そうだなあ。こんな日もあるんだな」

 二人と二頭は森の奥へと足を踏み入れていった。

「ネエネエ、ユイル」

「何だ?」

「ユイルハ、誰ガ好キ?」

「え?」

「ラームハ、ユイルガ好キ、スゴーク好キ」

 ラームの、突然の告白だった。

「何言ってんだ、ラーム!?」

 ユイルは慌てた。

「ネエネエ、ユイルモ、ラーム、好キ?」

 ラームが緑色の瞳をキラキラさせて、ユイルに迫ってくる。普段はあまり意識していなかった、豹の毛皮に包まれた豊かな胸の膨らみも、純情な少年の鼓動を早めさせた。

「ラームのことは好きだけど、それは、仲間って言うか、家族って言うか、そういう意味で・・・」

 ユイルの返答は、しどろもどろだった。

「好キハ、好キナンダネ?」

 ラームが念を押してくる。

「う、うん」

 はっきりしないユイルなのだった。

 こんなとき、「オレはカテリーナが好きなんだ」と言い切れればいいものを、奥手のユイルにはそれができない。そもそも、カテリーナにきちんと告白もできていないユイルなのだ。

「ユイルモ、ラームノ事、好キ。安心シタ」

 ラームはニコニコしながら、ユイルの腕に自分の腕を絡めた。

 どこまでも、自分の気持ちに真っ直ぐで、誰かに遠慮することのないラームなのだった。


 数週間後。

 ユイルはリィナに頼まれて、彼女の買い物に付き合い、一緒に市場にやって来ていた。

 リィナが捜しているのは、大広場でのライブで着る舞台衣装だった。

 リィナと二人で出歩くのは久しぶりだったけれど、ユイルは並んで歩いていて、こんなにも義妹の身長が伸びたことに驚いていた。十三歳の少女らしい魅力に溢れていて、体の線も大分大人の女性のそれに近づき始めている。

 親衛隊とか言う、熱心なファンの一群があるという話も、まあまあ頷けた。

「ユイル兄、これなんてどうだろ?」

 リィナが、洋服店の店頭で、可憐なピンクのドレスを体に当ててみせる。なかなか似合っていた。

「いいんじゃないか」

「赤とか、白も捨てがたいんだよね」

 歌姫の少女は、あれこれと目移りして、衣装を決めかねていた。装束にこだわるその様子は、もう一人前の女性である。

 リィナが三歳でユイルの両親に引き取られてから、ちょうど十年。彼女が美しく成長したことが、ユイルには感慨深かった。

(この少女を守る。絶対に)

 ユイルは、亡き両親に誓っていた。

「ユイル兄、やっぱり、この水色のドレスにする」

 やっと、リィナが決断する。

「オレが買ってやるよ」

「えー、いいの?」

「男爵の経済力を舐めるなよ」

 ユイルは懐から財布を取り出した。

 どこまでも義妹に甘い、ユイルなのだった。


 数ヵ月後。

 ルーマ市中に、ユイルとカテリーナの姿があった。カテリーナの市内見聞という名目で、二人で散歩をしていたのである。

「カテリーナ様!」

 街中で、カテリーナは不意に呼び止められた。振り返る。

「やっぱり、カテリーナ様だ・・・」

 そこには、ハアハアと息を切らしたお下げ髪の少女がいた。

「母がまた、具合が悪くて──薬を買うお金もなくって・・・」

 元気なく、少女が告げる。

 少女の言葉に、カテリーナは表情を引き締めた。

「急ぎましょう、ユイル」

「ああ!」

 二人は少女の家に駆けつけた。

 ベッドに横になった少女の母親に、カテリーナは癒しの魔法をかける。

「・・・これで、一先ず安心でしょう」

「カテリーナ様、本当にありがとうございます!」

 少女は深く頭を下げる。

「私はただのプリーステスだから、できることは限られるけれど、お役に立てたのなら嬉しいわ」

「いえ、そんな! こんな身分の低い私たちにも慈悲を下さり、感謝の言葉が見つかりません・・・」

 何度も頭を下げる少女に別れを告げ、二人はその家を辞した。

「今みたいな人たちって・・・」

 ユイルが聞く。

「時々、街に出てみると、あんな風に困っている人がいるの」

 カテリーナが答える。

「そうか」

「そのために、私はいるの」

「君は法皇猊下の妹なのに」

「いい、ユイル」

 カテリーナは、真っ直ぐにユイルを見つめる。

「私は偶然、法皇家に生まれただけなの。たまたま恵まれた身分に生まれただけ。だったら、そうして得た力を、私はより多くの人のために使いたい」

「カテリーナ」

「ユイルは、困っている人が王族だろうと貴族だろうと庶民だろうと、関係なく手を貸してあげるでしょう? 私も同じ」

「そうだね、カテリーナ。身分なんて関係ないね」

「私はね、ユイル。プリーストの癒しや、医師たちの治療をみんなが受けられるような世界を作りたいの。甥のレオ四世も、そう思ってる」

「レオ四世も?」

「ええ。ユイル、これは秘密にしておいてほしいんだけど、今、私と四世は、貧しい人たちなんかが無料で食事や医療の助けを受けられる施設を準備しているの。現実として、高度な医療を受けられるのは、お金持ちの人たちだけ。でも、そうじゃない人たちも、自由に、無料で治療を受けられるような世界になれば──、身分なんていうものに囚われない、みんなが笑顔になれる世界になると思うの」

「そうなったら、素敵だね」

 ユイルは心から思った。そしてカテリーナのことを、何て素晴らしい女性なんだろうと、改めて尊敬していた。

「でもユイル」

「ん?」

「今日はごめんね。二人で散歩のつもりだったのに・・・」

 申し訳なさそうにするカテリーナに、ユイルは快活に笑った。

「いいんだよ別に。でもそうだな、今度は少し遠くに出かけてみないか。水筒とサンドイッチでも持って、馬に乗ってさ。その・・・」

 少年は少し顔を赤らめて、

「今度こそ、二人きりで」

誘った。

 少女も少し顔を赤らめ、

「・・・それは、とっても楽しみね」

応じる。

「よし、決まりだ! 約束だよ!」

 少年の弾む声は、少女の耳に、とても心地良く聞こえたのだった。

 数日後、この約束は果たされ、ユイルとカテリーナの心の距離が、また少し縮まったのだった。

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