第29話 望外の恩賞
ミノタウロスの角はかなり大きく、ユイルの黒馬とチャンドラ、二頭に分けなければ運べなかった。犠牲者の遺骨は、布に包んでカテリーナとレオンが運搬した。
復路は征路を逆に辿るだけだったが、ユイルたちはできるだけ先を急いだ。複数の遺骨を抱えて、キャンプ気分にはなれなかったのだ。
今回の任務は、レオ三世からの密命だったので、ユイルたちは目立つのを嫌って裏門からルーマ市内に帰還した。
人の少ない道を選び、やはり裏門から法皇宮殿に戻った。
カテリーナは、まず遺骨を修道女たちに預け、葬祭、埋葬する手はずを整えた。
その後、謁見の間に、ラームを除く四人が通される。今回もラームが建物内に入れなかったのは、アズライルとチャンドラの二頭の野獣と、彼女の服装のせいである。
レオ三世は、玉座について一行を待ちわびていた。
ユイルとレオンが協力してミノタウロスの角を御前に献上すると、法皇は目を輝かせた。
「これがミノタウロスの角か。何とも見事なものだな」
どんなに巨大に育った雄牛でも、これほどの角にはなるまい。一目で、人外の化け物の体の一部と知れた。
「よくぞ、余の望みを叶えた。ユイルよ、褒美を取らすぞ」
恩賞について、法皇が口を開く。
「財宝も考えたが、今回は金銭では換算できぬ手柄。そなたに報いるに、余は地位をもってしよう」
ユイルは息を呑んだ。
「そなたを、男爵に叙す」
思わず耳を疑った。
(オレが男爵?)
ユイルは新たな身分に戸惑った。恩賞を期待してはいたけれど、自分が貴族の一員になるなど、想像すらしていなかった。
戸惑いが実感に変わると、ユイルの胸に喜びが広がった。傍らのカテリーナを見る。彼女も驚きを隠せない様子だった。
ユイルは思った。
(こうして爵位を上げていけば、君との距離が縮められるのだろうか)
ユイルの疑問に、答えはまだ見えない。
「ユイルノ!」
「ユイル兄さんの!」
「ユイル兄の!」
「「「男爵叙任を祝して! 乾杯!」」」
ラーム、レオン、リィナが、声を合わせてエール(ビールの一種)の杯を交わす。
「ど、どうも」
ユイルも、ジョッキを掲げる。この時代、未成年の飲酒は禁止、という法律はない。
場所はルーマ市中の居酒屋である。何ともめでたい恩賞ということで、四人は荷解きをすると、街の酒場に直行したのだった。
カテリーナは残念ながら不参加だった。法皇の妹が、気軽に酒場に姿を現すわけにはいかなかったのだ。
「まさか、ユイル兄が貴族になるなんてね」
「兄さん、僕は嬉しいです!」
「ユイル、オメデトウ!」
エールのジョッキを傾けるほどに、ラームたち三人のテンションは上がっていく。
ユイルも飲んではいたが、まだ夢うつつであるので、そんなに酔うことはない。
目の前のテーブルには、この酒場自慢のご馳走が山のように並べられていた。四人は十代の健啖さで、次々と料理の皿を空にしていく。
「このシチュー、美味しいね、ラームさん」
「スミマセン、シチュー、オカワリ!」
「この豚肉も最高」
「スミマセン、豚肉モ、追加!」
女性陣は今回の冒険ですっかり意気投合し、仲良くおかわりを繰り返している。
「・・・兄さん、僕は、兄さんはいつか偉くなると思ってましたよ。兄さん以上に立派な人を、僕は知らない」
レオンは、酔ってきたのか、ユイルにからんでくる。
「ユイル兄さん、バンザイ!」
急に大きな声を上げたりする。
「やめろ、レオン、恥ずかしい」
ユイルは冷静だった。男爵は、貴族と言ってもこの国では領地を持たない名誉位階だ。
もしも。もしも、ユイルが本当に望んでいるものを手に入れようとするのであれば、もっと高い地位を目指さなければならない。
大それた野心など、自分にはないと思っていた。でも、戦いの中で地位が上がるのならば、それに越したことはない。家族だけではなく、より多くの人々を守れる力が持てることだろう。
自分はまだ若い。頑張れるだけ、頑張ってみよう。
「ユーイールー、ハイ、飲ンデ!」
酔ったラームが、ジョッキをユイルの口に当ててくる。
「ああ、ラーム」
差し出されたエールを、ユイルは一息に飲み干した。
今日は酔おう。心ゆくまで。
難しいことは忘れて、ユイルは酒と料理を楽しんだのだった。
(今頃、ユイルたちは祝宴ね)
法皇宮殿の自室で、カテリーナは就寝用のゆったりとした衣服に着替え終わっていた。
バルコニーに出て、少し火照った頬を夜風に当てる。
昼間の、兄レオ三世の決定は、カテリーナにとっても寝耳に水だった。
どんな出自であっても、勅命を果たして栄達するという出世の道があることを、カテリーナはあらためて気付かされていた。
まだ男爵とはいえ、ユイルは貴族になった。その意味は大きい。
今までカテリーナとユイルは、勅命のためのパーティーの一員として、行動を共にしてきた。
パーティーが目的を達成すれば、また元の関係に戻る。皇族と、一騎士に。
しかし、ユイルが男爵になったことで、これからは貴族同士として交友を深めることができる。
何しろ、ユイルは自由に法皇宮殿内に出入りすることができる身分になったのだ。
ユイルの存在が、どんどん心の中で大きくなっていくのを、カテリーナは自覚していた。
彼の喜びを、自分の喜びにしたい。彼の悲しみを、自分の悲しみに。
そうすることで、自分の人生が倍以上の広がりを見せるように、カテリーナには思えるのだった。
(おやすみ、ユイル。あんまり飲みすぎないでね)
ユイルの面影に挨拶して、カテリーナは寝台に向かったのだった。




