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第28話 ミノタウロスとの死闘

 翌朝。

 夜明けと共に、ユイルたちパーティーはルーマの街を後にした。

 先頭を、黒馬を駆るユイルが先導する。そのすぐ後ろに、白馬を御すカテリーナと、アズライルを肩に乗せ、チャンドラの背にまたがったラームが並んで続く。

 その更に後ろを、栗毛の馬に騎乗したレオンと、芦毛の馬に身を委ねたリィナが、馬首を並べてついていく。

 ユイルたちの騎行は、極めて順調だった。

 今回は、敵が集団ではなく、単独のモンスターなので、待ち伏せや見張りを気にすることなく、旅程を進めることができた。

 ラームが怖がるので川は迂回して、ユイルたちは森の中を進んだ。

 夕食は、ユイル、ラームを乗せたチャンドラ、カテリーナの三人が、競って鹿や猪を仕留め、一行は新鮮な焼肉に舌鼓を打った。

 法皇から命じられた任務のことがなければ、みんなで森にキャンプに来たような雰囲気だった。

 三日の征路はあっという間に終わりを告げ、ユイルたちパーティーは、問題の地下迷宮に辿り着いた。

 その入り口は、かなり朽ちかけてはいるが、神殿風の建物になっている。古代のいずれかの文明が、人知を尽くして建造したことが窺われた。

 ユイルたちは馬を降り、手近の木の幹に手綱を結わいつけた。

 前衛・ユイルとラーム、中衛・カテリーナ、後衛・レオンとリィナで隊列を組み直す。

 倒れた石の円柱を迂回すると、地下へと続く階段が現れた。下方は暗く、先は見通せない。

「明かりは僕が」

 レオンがスタッフを掲げ、呪文を唱える。

「我が手に光を。ライト!」

 スタッフの先端が、魔法の光で眩く輝き始めた。

 前方十メートルほど先までを、しっかりと照らし出すだけの光量がある。

「帰りに迷わないように、これを持って来たの」

 カテリーナが、懐から糸の束を取り出した。片端を地面に転がった岩に結びつけ、歩みと共に糸を伸ばすようにする。未知の迷宮を攻略する上で、賢明な方法だった。

 ユイルたちは、地下迷宮の暗い闇底へと潜って行った。

 どこかで地上と繋がっているのだろう、生暖かい風が、迷宮の奥から吹いてくる。空気には、獣くさい異臭が混じっていた。

 法皇の話では、邪教の信者が、生贄を迷宮の奥に息づくミノタウロスに運んでいたということだった。冒険者でもなんでもないカルトの信者が、無事に給餌できていたということは、地下迷宮はそれほど広くはないのだろう。

 他のモンスターが巣食っている可能性も、低いと想像できた。モンスターの巣窟になっているような危険なダンジョンに、一般人レベルのカルト信者が出入りできるとは考え難かったからである。

 ダンジョンは、途中で何度か枝分かれしていたが、幅と高さが広いメインの坑道は、ほぼ一本道だった。

 進むほどに、野獣の体臭に似た異臭はひどくなる。何か邪悪なものが存在している予感も、次第に高まっていった。

 そして、レオンの掲げるライトが、一行の前方に何者かの巨大な影を浮かび上がらせた。

 次の瞬間。

 ウオォォォ!、という咆哮が、地獄からの声のように鼓膜を乱打した。

 すべての生き物を恐怖で震撼させるような、野蛮な叫び声である。

 声の主は、ズシン、ズシン、と前進し、その姿をユイルたちの前にさらした。

 精悍な牛の頭、長く伸びた二本の角、厚い胸板に、石の柱のように固そうな両腕、腰には薄汚れた毛皮を巻いており、太く長く伸びた両足の先端は、牛頭の化け物らしく蹄になっている。その身の丈は四メートル近く、巨大な両手斧グレート・アックスを構えている。

「こいつがミノタウロスか!」

 ユイルはうめいた。聞きしに勝る凶暴な姿だった。

 両剣を抜刀する。

「行ッケエ、アズライル!」

 ラームが先制攻撃を仕掛ける。鷲が少女の肩を離れ、低く飛翔してミノタウロスに迫る。

 牛頭の魔人は、グレート・アックスを大振りしてアズライルをけん制した。尖ったくちばしで、わずかに敵の腕を傷つけ、アズライルは主の下に舞い戻る。

「次ハ、チャンドラ!」

 ラームが積極的に畳み掛ける。巨大な虎が疾駆し、後ろ足で立つような姿勢で前足の爪で襲い掛かる。

 鋭い爪の斬撃が、敵の両腕に深い傷を刻んだ。

 ミノタウロスが、再びうなり声を上げる。

 その声に対抗するように、後方からの美しい歌声が一行を包み込んだ。

 バードのリィナが発動する、「戦意高揚」の歌だった。

 ユイルたち全員の体に、力がみなぎる。

「今度はオレの番だ!」

 ユイルは走り、ミノタウロスとの距離を一気に詰めた。右手の剣と左手のデュランダルで、連続攻撃を仕掛ける。敵は斧の刃と柄でナイトの速撃を防御した。

 怪物が、力任せの断頭の一撃を放つ。ユイルは剣をクロスさせて、猛撃を受け止めた。

「援護します、兄さん! 一度下がって!」

 後方から聞こえたレオンの声に、ユイルは剣を引いて一歩退いた。

「我、レオンハルトが命ず! 炎球よ、敵を滅ぼせ! ファイアー・ボール!」

 レオンの前に巨大な炎の球が誕生し、目にも留まらぬ速度でユイルの横をかすめ飛び、ミノタウロスに直撃した。同時に炎が爆発し、敵の体が猛炎に包まれる。

 苦悶の叫びを上げる化け物。

「もう一撃!」

 声と共に放ったカテリーナの矢が、ミノタウロスの左目を正確に射抜いていた。

 怪物が、これ以上ない苦痛の雄たけびを、低く長く発する。

 深手を負ったことで、元々乏しかったミノタウロスの理性が、目の前の人間に対する殺戮衝動で塗りつぶされた。

 残った右目でユイルを睨むと、ミノタウロスは頭を低くし、二つの角の切っ先を若きナイトに向けた。

 魂を凍てつかせるような咆哮と共に、突撃してくる。

 ユイルは両腕の剣でガードした。防ぎきれると判断しての行動だったが、リミットの外れたミノタウロスの攻撃は、常軌を逸していた。

 二本の角を剣の腹で受け止める。そこまでは良かったが、勢いが損なわれない。ミノタウロスの角は、ユイルの剣の防御を滑るようにかいくぐり、鋭い先端がユイルの右腹部と左腹部を刺し貫いていた。

 獲物を突き刺したまま、ミノタウロスは猛烈な勢いで上体を起こした。その動作で、ユイルの体が小枝のように宙に舞う。天井近くまで飛ばされた後、地面に叩きつけられる。それだけの猛撃を受けて、なお両剣を保持していたのは奇跡に近かった。

「ユイル!」

「ユイルゥ!」

「兄さん!」

「ユイル兄!」

 皆が少年の身を案じて叫ぶ。

 そして二人の少女は、間髪を入れず自分のできることをした。

「我、カテリーナが命ず! 癒しの光をユイルに! ヒール!」

 プリーステスの呪文と共に、ユイルの右腹部の傷が光に包まれる。

 そしてもう一人、バードの少女の「治癒」の歌が、高らかに奏でられた。その効果で、ユイルの左腹部の傷が、瞬時に癒される。

 瀕死の重傷から復活し、ユイルは立ち上がった。

(もう一度あの攻撃が来る!)

 そんな予感があった。

 ミノタウロスはしぶとく立ち直った獲物を見て、不快そうに顔をゆがめた。

(生意気な、こしゃくな小僧め)

 その表情が物語る。

(殺す、殺す、殺す、殺す!)

 そんな殺意の波動が、怪物の全身から放出されていた。

 ミノタウロスが頭を下げる。二つの角の先端で、ユイルに狙いを定める。先刻を凌ぐ勢いで、怪物の巨体がユイルに迫る。

(今度こそ!)

 凶悪な角が、再びユイルの体を捉えようとした刹那。

 ユイルは跳んだ。

 両足をばねのようにして、空中に体を躍らせる。そして、両手の剣をくるりと回転させ、逆手に握り直した。

 重力が、ユイルの体を地上に引きつける。

 その流れに逆らわず、ユイルは両手の剣の先端を、怪物の角の根元に向けて、力いっぱい突き立てた。

 ガキン!

 鈍い音が響いた。次の瞬間、切断された二本の角が宙に舞い、先端を下にしてそれぞれ地面に突き刺さった。

 ユイルの正確無比な攻撃は、ミノタウロスの最大の武器を見事に奪い取ったのだ。

 角を折られてもなお、怪物は戦意を失っていなかった。両腕に残されたグレート・アックスを振り回し続ける。

「ユイル、止めを!」

 声と同時にカテリーナが放った矢が、ミノタウロスの右目を射抜く。

 視力を失った怪物に、ユイルは突進した。

 右手の剣と左手のデュランダルを重ねるようにして、敵の心臓に深々と突き立てる。

 ミノタウロスの手から、ついに得物のグレート・アックスがこぼれ落ちた。

 ついで、体を痙攣させ、大地に倒れる。胸の傷口からは、泉のようにどす黒い血が流れ出していた。

 激戦を終えて、ユイルは安堵のあまり片膝をついてしまった。

 そんな少年に、カテリーナ、ラーム、リィナが殺到してくる。

「大丈夫、ユイル!」

「ユイルゥ!」

「ユイル兄!」

 三人に抱きかかえられ、ユイルは立ち上がった。潜り抜けた死線を思い、まだ少し武者震いがする。

「大丈夫だ。癒しの魔法と歌、ありがとう。ラームも」

 ユイルは三人をねぎらった。

 後方にいる義弟にも声をかける。

「レオンの魔法も凄かった。以前見せてもらったときより、威力が増したんじゃないか」

 レオンを褒める余裕が、ユイルに戻っていた。

「そんな。兄さんこそ、さすがです」

 レオンが義兄に憧憬の視線を向ける。

 一行がミノタウロスの住処を調べると、複数の人骨が見つかった。哀れな生贄たちの遺骨だった。

 ユイルはミノタウロスの角と共に、犠牲者の遺骨を持ち帰ることにした。どこの誰かも分からないが、せめて手厚く葬ってあげたかった。

 カテリーナが垂らした糸を手繰り、一行は地下迷宮を脱出した。外に出て、思う存分新鮮な空気を吸う。肺の中が完全に入れ替わるまで、五人は深呼吸を繰り返したのだった。

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