第23話 突然の転落
「剣士ユイルよ、そなたは殺人の大罪を犯した。よって騎士資格を剥奪。身分を奴隷に落とす」
法皇レオ三世の宣告が、謁見室で跪くユイルの耳を打った。
ユイルは、昨夜の自分の行動を思い返していた。
確かに殺してしまった。でも、あれは。
正当防衛。いや、過剰防衛か。
「被害者のアントニウス子爵は、眉目秀麗にして竪琴の名手として名高い好男子。残念でならぬ。気は早いが、妹カテリーナの未来の夫にと、考えたこともあったものを」
それは初耳だったので、列席していたカテリーナは、不本意そうに兄を睨んだ。
真相は、こうだ。
昨晩、法皇宮殿で催された酒宴。アントニウスはしたたかに酔っ払っていた。そして、庭園の木陰に女官を無理やり引きずり込もうとしていた。その現場に、警護任務中のユイルが出くわしたのである。
若い騎士の鋭い静止の声と、貴族の酒精で濁った反発。先に剣を抜いたのはアントニウスだった。ユイルも応戦すべく右手に剣を握る。デュランダルを使う必要性は、ないと判断した。
双方にとって不幸だったのは、アントニウスがそれなりの使い手だったことだ。鋭い突きに、ユイルは一瞬肝を冷やした。
本気を出そうとユイルは気を引き締め、相手の剣を叩き落そうと図った。しかし、アントニウスは剣を扱えはしたが酔っていた。再び突きを繰り出したところを、ユイルがかわし、アントニウスは勢い余ってよろめいた。よりによって、ユイルの剣に向かって。
ユイルが剣を引く暇もなく、その切っ先が不運な貴族の左胸を貫いていた。
絶命した貴族を見て、女官が叫び声を上げる。複数の人物が駆けつけ、ユイルは武装を解除され、そのまま取り調べのために獄に繋がれてしまったのだった。
そして翌朝、状況を把握した法皇から、先ほどの宣告を受けたのである。
相手が貴族というのも、良くなかった。ルーマン法皇国は、法皇を頂点とする階級社会である。犯罪、特に殺人で、被害者と加害者の身分差は刑罰を大きく左右するのだ。
もしユイルが騎士ではなく平民だったなら、奴隷に落とされる処分では済まされず、死罪になっていたことだろう。
屈強な兵二人が、ユイルを立たせ、両脇から拘束した。
「アントニウス子爵は泥酔していて、女官に不埒な行いをしようとしていたのです。彼にも非はあります」
カテリーナがユイルの無実を訴えたけれども、レオ三世は耳を貸そうとはしなかった。
「どうであれ、ユイルが子爵を殺めたのは事実。処罰は免れぬ」
法皇は、冷たく言い放つ。
カテリーナも、それ以上は口を挟めなかった。
心配そうな視線をユイルに向ける。
ユイルは目配せをして、カテリーナに別れを告げた。
兵士に連行され、ユイルは謁見室から外に連れ出された。
奴隷という境遇がどんなものなのか、ユイルは良く知らなかった。港や建築現場で、強制労働でもさせられるのだろうか。
「お前、確か剣士だったよな」
ユイルの右腕を捕らえている兵士が、聞いてくる。
「そうだけど」
ユイルが答えると、その兵士はユイルの左腕を捕らえている兵士と顔を見合わせた。
「そうなると、行き先はあそこだな」
兵士は謎めいた言葉を口にする。
怪訝そうなユイルに、兵士は教えた。
「これからお前を剣闘士団の建物に連れて行く。今後のことは、そこで興行師から聞くんだな」
ユイルの運命が定まった。
ユイルは剣奴となったのだ。そして剣闘士として、ルーマ市内にあるコロッセオで戦うことが確定したのである。




