第22話 騎士(ナイト)・ユイル
騎士となったユイルは、ガリア村の家を引き払い、アレクの死以来、空き家になっていた、ルーマ市内の老師の残した邸宅に移り住んだ。もちろん、レオンとリィナも一緒である。
そしてラームも、その二頭の“オトモダチ”と共に、ユイル邸となった屋敷に同居することになった。それだけの広さと部屋の数を誇っていたからである。
ルーマンの騎士となったユイルには、法皇から毎月決まった俸給が下賜されるようになった。身分と安定の代わりに、騎士は法皇に心からの忠誠を誓い、その勅命を果たすのだ。
そして、その最も基本的な任務は、法皇宮殿の警護である。ほぼ毎日、宮殿内を帯剣して巡回する。室内には立ち入らないが、法皇の寝室、礼拝室、執務室、書斎、食堂、応接室、客室、側近の居室、図書館、美術館など建物内部のほか、建物の外──中庭、庭園、果樹園、東屋、噴水、人工池なども警備の対象になっており、その範囲はかなり広い。
カテリーナは、昼間は主に修道院にいるが、夜は宮殿内の寝室で眠る。修道院にも居室はあるが、彼女は皇族なので、結婚して独立するまでは法皇宮殿の住人なのである。
新米騎士であるユイルの担当は、主に建物の外だった。広大な庭園や中庭を、敷設された道に沿って巡回する。
ルーマン正教の教義上、「神の代理人」とされる法皇の座する宮殿に、忍び込むような不埒者はまず存在しないであろうが、何人もの騎士に厳重に守られている、という事実も、一つのステータスになっているのである。
ある満月の夜、ユイルは庭園の巡回を終え、中庭に足を踏み入れた。宮殿の建物は、大理石と御影石でできており、月光を反射してとても壮麗だ。
建物に沿って歩いていたユイルは、不意に上方から名前を呼ばれた。
「ユイル」
聞き覚えのある声だった。ユイルは顔を上げた。
中庭に面した建物三階のバルコニーに、一人の少女が上半身を見せていた。
月光が、少女の金色の髪をキラキラと照らし、神秘的な色合いを現出している。
「カテリーナ」
ユイルは少女の名を呼んだ。
「警備の任務なのね。ご苦労様」
そう言うと、カテリーナは右手に持っていた何かをユイルに投げた。
反射的に受け取る。それは食べごろの林檎だった。
「お腹が空くでしょ。夜食にして」
笑顔で片目をつぶってみせるカテリーナ。
ユイルの心が温かいもので満たされる。
「ありがとう」
礼を言うと、ユイルは林檎をかじりながら与えられた任務を続けたのだった。
この夜から、パトロールの途中、ユイルがカテリーナのバルコニー下に立ち寄り、二言三言、言葉を交わす習慣が始まった。
ユイルは地上、カテリーナは宮殿の三階と、二人の身分差を象徴するような距離感での邂逅ではあった。それでも、ユイルにとって、そしてカテリーナにとっても、かけがえのない幸福な時間となったのである。
この頃、ユイルには新たな出会いがあった。
騎士修行に役に立ちそうな依頼がないかと、ギルドに顔を出したときのこと。
大した依頼はなく、時間の無駄だったかと落胆したユイルを、じっと見つめて来る人物がいた。平服を着ていて、冒険者という感じではない。
不思議な印象の男性だった。女性のような長い金髪。整った容姿。そして何と言っても異形だったのは──左右の瞳の色が異なる点だった。
右の瞳は青く、左の瞳は赤い。いわゆるオッドアイ、猫に良く見られる身体的特徴だった。
男性はこちらに近づいて来ると、その色彩の異なる両の瞳でじっとユイルを見、不意に口を開いた。
「貴方は──“騎士”ですね。名前は、おそらく“ユイル”」
ユイルは驚愕した。今、自分は剣を帯びていない。ましてや名前など、名乗った覚えがなかった。
「驚かれましたか。気になさらぬよう。私には何故か、“視える”のです」
その男性は、やわらかく微笑んだ。人を安心させるような、優しい笑顔だった。
「申し遅れました。私の名前は、“ムウ”と申します。“騎士・ユイル”殿」
名前を告げると、ムウは真っ直ぐにユイルの瞳を覗き込んだ。
(何だか、吸い込まれそうな瞳だ・・・)
ムウの青と赤の瞳を見返して、ユイルは思った。
「またお会いしましょう。いずれ、必ず」
謎のように告げて、ムウは去って行った。
こんなにも不思議な人物と知り合ったのは、ユイルにとって初めての経験だった。
そして、このムウが、後々ユイルの人生を左右する存在となっていくのである。




