第17話 ラームとの出会い
ルーマから目標の山までは、鬱蒼とした森が延々と続いていた。
ユイルたちを乗せた三頭の馬は、森の中を軽快に進んだ。
旅程の半分を踏破し、夜になった。火を起こし、乾し肉とパンの食事を済ませ、野営する。念のため、三交代で見張りに立った。
この日は、野獣やモンスターの襲撃はなく、無事に朝を迎えることができた。
朝食を取ると、馬首を並べて先を急ぐ。
やがて、一行は大きな川の岸辺に出た。
事前に調べ上げた地理環境で、この川の水源が目標の山の頂上部だと判明している。川沿いに上流へ向かえば、道に迷うことはない。行程は順調と言えた。
ユイルは双剣を鞘に収めて背負い、馬の鞍には弓矢を一式積んでいた。
少し上流に川の水を飲みに来た鹿の姿を認めると、ユイルは馬上で弓を構え、矢を放った。剣ほどではないけれども、ユイルの弓の腕は確かだった。
ユイルが射た矢は見事に獲物を捕らえ、鹿は川の浅瀬に倒れた。馬で駆け寄り、足を掴んで鞍に引き上げる。
ユイルはカテリーナのほうへ振り向いた。
「今日の夕食は、鹿の焼肉だ」
「見事な腕ね、ユイル」
「さすが兄さん」
カテリーナが笑い、レオンも笑みを見せたとき、突然の叫び声が和んでいた空気を引き裂いた。
「助ケテ、誰カ!」
声の主を、ユイルは捜した。川の中ほどで水面を上下している緑色の髪を発見する。褐色の腕が、もがくように水の中から突き出され、すぐにまた水中に没する。
人が溺れているのだ。
「助ケテ! ラーム、泳ゲナイ!」
若い少女の声だった。
「カテリーナ、馬を頼む!」
ユイルは馬から飛び降り、助走をつけて頭から川に飛び込んだ。泳ぎにも自信のあるユイルだった。
「落ち着け! 暴れるな! 絶対に助けるから!」
泳ぎながら声をかける。
ユイルの頼もしい声に、少女は安心したのか、もがくのを止めた。
ユイルは少女を右手で抱え、左手で水を掻いて浅瀬を目指した。
足が届く所まで泳ぎきると、少女を背負い、川から岸辺に上がる。
少女は激しくせきこみ、口から水を吐いた。
吐き切ると、肩を上下させて息を整える。
水から上がった少女の姿を見て、ユイルたちは面食らっていた。
珍しい緑色の髪に、同色の明るい瞳。良く日に焼けた褐色の肌。一目で異国人、いや異民族だと知れる。何より変わっていたのは、その服装だった。体の上下に、水着のような豹の毛皮を身につけている。長い手足は、完全に素肌があらわになっている。
それは、かなりの異装だった。
厳格な、ルーマン正教の風習からすると、「はしたない」と言われかねない格好だ。
少女は一息つくと、じっとユイルを見つめた。
その瞳は、なんだかキラキラしている。
「貴方、ラームノ、命ノ恩人。ラーム、カナヅチ、泳ゲナイ」
「君は、ラームっていうのか」
「ソウ。貴方、名前ハ?」
「オレの名は、ユイル」
「ユイル、ユイル、アリガトウ!」
ラームという名の少女は、いきなりユイルに抱きついた。初めての経験に、ユイルは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょっとちょっと! そんなにくっつかないでくれ!」
慌ててラームの抱擁から逃れる。
そんな二人の横では、カテリーナがとても面白くなさそうな顔をしていた。
「ラーム、貴女、どこから来たの?」
カテリーナが問うと、
「ラーム、南カラ来タ。ラーム、十四歳。モウ一人前ダカラ、旅ニ出タ」
ラームが答える。
「女の子一人でか? 無茶だな」
ユイルが指摘すると、
「ラーム、一人違ウ。友ダチ、一緒。川ニ落チテ、ハグレタ」
ラームが否定する。
「友だち?」
「近クニイルハズ。呼ンデミル」
ラームは両手を空に掲げ、叫んだ。
「アズライル!」
少女の高い声が、天空に放たれる。
すると、彼方の空に一つの黒点が浮かび、物凄いスピードでこちらに接近してきた。
「ラーム、友だちって!?」
驚くユイルたちの前に、一羽の鷲が舞い降り、ラームの肩に飛び乗った。
険しい二つの目に、鋭く尖ったくちばし。力強い翼を持つ猛禽だった。
「鷲ノ、アズライル。友ダチ・ソノ一」
ラームがアズライルと呼ぶ鷲は、彼女に良く懐いているようだった。
「凄い友達だな・・・。ん? 今、その一って言った?」
ユイルが確認すると、ラームはうなずいた。
「ウン。モウ一頭」
「一頭?」
一体何が、と不安になったユイルたちの耳に、何かが大地を駆けて来る地響きが聞こえた。川岸を、黄と黒の毛皮の大きな獣が疾駆して来る。
「虎ぁ!?」
動物としては、この地上で最強の強さを誇る猛獣だった。
思わず、ユイルは背中の双剣を抜いて身構えていた。
「チャンドラ!」
そんなユイルたちには構わず、ラームは虎に駆け寄ると、ペットをあやすように、その首に抱きついた。
チャンドラと呼ばれた虎は、ラームの顔に頬ずりして、猫のような甘い声で鳴いた。
「コノ子、チャンドラ。ラームノ友ダチ」
ラームは無邪気に紹介した。
チャンドラは、尖った牙と、前足に鋭い爪を持つ畏怖すべき大型動物だったが、ラームには忠実で大人しかった。
「鷲と虎が一緒か・・・。それなら、女の子一人でも旅ができそうだな」
ユイルは額の汗を拭きつつ納得した。
「ユイル、ユイル」
「何だ、ラーム」
「ユイルタチ、コレカラ、何処ヘ?」
ラームがニコニコしながら聞いてくる。
「この川の上流の山に行って、そこをアジトにしてる盗賊を退治するんだ」
「盗賊退治。ラームモ、一緒ニ行ク」
当然のように、ラームが言い出す。
「何だって?」
思わず、ユイルは聞き返した。
「ユイル、ラームノ恩人。ラーム、恩返シスル」
ユイルは、相談するようにカテリーナとレオンに視線を向けた。
仕方ないわね、という、カテリーナの表情。
仕方ないですね、という、レオンの表情。
ユイルも覚悟を決めた。
これから挑む戦いで、この鷲と虎を御す少女が大きな戦力になることは、明らかだったからだ。
「・・・分かったよ。ラーム、よろしく頼む」
「ウン!」
ラームは大きくうなずいたのだった。




