第15話 偽りの後継者
屋敷の玄関から、足早にやって来たユイルを、アレクは書斎で出迎えた。椅子に腰掛け、デュランダルの刃を白い布で磨きながら。
「ユイルか。どうした、勢い込んで」
その態度は、ひどく冷静だった。
「・・・アサシンを倒したよ。老師の仇を討った」
ユイルも、落ち着いた声で告げた。
二人は一瞬、睨み合った。
「良くやったな、ユイル。褒美に、このデュランダルをやりたいところだが、この剣は後継者の証し。残念ながら渡せないな」
アレクは軽口を叩いた。ユイルの次の言葉を探るかのように。
ユイルは、言葉を紡いだ。
「そう、その剣は、老師の形見。だから、オレのものだ」
二人の間の空気が、張り詰めたように緊張する。
「アサシンに、何か言われたか?」
アレクは問うた。
「聞いたよ、老師の遺言書のことを。でもアレク、もう処分してしまったんだろう?」
ユイルの指摘に、アレクはしばし無言だった。
右手に自分の剣、左手にデュランダルを携え、立ち上がる。
「外に出よう、ユイル」
アレクは書斎を出て行く。ユイルは後に続いた。
二人は中庭に出た。
ユイルに広い背を向け、アレクがつぶやく。
「俺を倒したいか、ユイル。老師の遺志を騙った俺を」
「ああ、アレク。オレは今、本気で貴方を憎いと思っている」
アレクは振り返った。その隻眼で、ユイルを見据える。
「では、決着をつけよう、ユイル。はっきりさせようじゃないか。俺とお前と、どちらが老師の剣を受け継ぐのに相応しいかを!」
アレクは言い放つ。ユイルは剣を構えた。
「!」
「!」
片手剣のユイルと、左右、両手剣のアレクは、瞬く間に数十合、激しく剣戟を交えた。
ユイルは隻眼のアレクの死角を突き、何とか互角に勝負を運ぶことができていた。
が、しかし──。
「中々やるな、ユイル。まさか、ここまでとは・・・。だがユイル、俺は負けない。負けるはずがないのだ・・・」
アレクは、左手のデュランダルを地面に突き立てた。そして、ゆっくりと左手で左目の眼帯を外し、投げ捨てる。そこには、右目と同じ燃えるような赤い左目があった。
「まさか、見えるのか・・・?」
驚愕に、ユイルの声が震える。
「見えるさ。元々な。今まで着けていた眼帯は、擬態だ。俺の本当の力を隠すためのな」
アレクは、デュランダルを再び手にした。
「そんなことって・・・」
動揺を隠せないユイルだった。
アレクはニヤリと笑った。
「さあ、かかって来い! ユイル!」
(・・・どんな事があっても負けられないんだ!)
ユイルは歯を食いしばり、両手で剣を構えた。アレクに突進し、およそ人として考え得る限りのスピードで剣を振るう。
しかし、その斬撃の全てを、アレクは完璧に防いで見せた。
「遅い! 遅いぞユイル。両眼の俺には、お前の動き全てが見えるのだ。どんな攻撃も、俺を傷つけることはできん。あきらめろ、ユイル。命だけは助けてやる」
アレクの態度には、絶対の自信と余裕が現れていた。
「あきらめるなんてできるかよ! オレは、老師の弟子なんだから!」
ユイルは叫ぶ。
「そうか。忠告はしたぞ、ユイル。では、今度は俺から攻めるとしよう!」
光速の双剣が、ユイルを襲った。
反射的に、アレクの右手剣の攻撃は剣で流してかわせた。しかし、左手剣の攻撃が、ユイルの右頬を薄く傷つける。
(速い!)
避けなければならない攻撃だった。
しかし、認識が遅れる。
両目が開いたアレクには、ユイルの動きが全てお見通しなのだ。
「受けてみろ、ユイル! 右、右、左、左、左、右、右!」
凄まじい双剣の攻撃が、次々に繰り出される。ユイルは防戦一方だった。
アレクの攻撃は、速く美しく、まるで剣舞のようだ。
(勝機はあるのか、ユイル?)
ユイルは自問した。
おそらく、あと数分とかからず、この戦いは終わるだろう。その間に、何としても活路を見出さなければならなかった。ここでアレクに倒されるわけにはいかない。
(奥の手を)
ユイルは心の中で独語する。
(秘かに練習してきた、あの技を──)
立ちはだかるアレクを睨み、ユイルは意を決していた。
アレクの双剣が、同時に伸びてくる。ユイルは右手の剣でその攻撃を横殴りに払ったあと、剣を振り上げて頭の後ろで左手に持ち替えた。
そのままの勢いで、左手の剣をアレクに向ける。予想外の角度から突き出された剣を、アレクは避けられなかった。
ユイルの剣は、アレクの右腹部を貫いていた。
ユイルは、秘密の特訓の結果、左手でも剣を扱えるようになっていたのだ。
しかし、必死だったため、力の加減ができなかった。ユイルの剣は、アレクの腹に深々と突き刺さっている。致命傷だった。
ユイルが剣を引き抜く。
アレクは後ろに数歩よろめいて、右手の剣を取り落とした。腹部を手でおさえる。指の間から、おびただしい量の血があふれ出ていた。
その場に両膝をつく。ユイルは剣を背中の鞘に収め、アレクに駆け寄った。
「アレク!」
兄弟子の上体を、両腕で支える。
「左手をこれだけ使えたとは・・・。ユイル、俺の完敗だ」
アレクに勝利できたとは、ユイルには思えなかった。彼が繰り出した最終手段は、完全に不意打ちだった。褒められるような技ではない。
アレクの口から、赤い血がこぼれた。ユイルの剣は、アレクの内臓を深く傷つけてしまったのだ。
「ユイル・・・。すまなかった。俺は、偽りの後継者だった。ユイル、この剣は・・・お前が・・・、引き継げ・・・」
最後の力を振り絞って、アレクはデュランダルをユイルに託した。
ユイルが受け取ると、一瞬、笑みを浮かべ、その赤い両眼を閉じる。
自らが流した鮮血の池の中で、赤い髪、赤い瞳の天才剣士は、その十七年の短い生涯を終えたのだった。
「アレク・・・」
ユイルの双眸から、涙が溢れた。
また人を殺した。それも、ずっと敬愛してきた兄のような人を。取り返しのつかない所業に、ユイルの胸は張り裂けそうだった。
ユイルは右腕で、アレクの亡骸を抱いた。
左手に持った黒剣デュランダルは、今の彼には重かった。
──こうして、血と涙とに彩られ、双刀の剣士、ユイルは誕生したのである。
ユイルがガリアの村で、盗賊たち相手に初陣を飾るのは、この日から一ヵ月後の出来事なのであった。




