20.5 - 人気コンテンツの未来
僕はその日、真白さんの家を出て真っ直ぐ夏未の部屋へ向かった。夏未は僕が来るのを分かっていたように、僕の好物のシロップを用意していた。果実を乾燥させた月桂樹の葉と一緒に煮詰めたシロップだ。これを水や炭酸水で割って飲む。未成年でまだ酒を飲めない子どもにとって定番のジュースだ。今日は炭酸水のようだ。
「やけに用意がいいんだな。」
「何年お前と友達をやってると思ってるんだ! これくらい朝飯前だ。」
「ふっ。そのせいで拘束対象にまでなったっていうのに、君も本当にお人好しだな。」
「それは沙良の落ち度じゃないだろう!」
憤然としてくれる友の反応が嬉しくて、僕は少し調子に乗って我が儘を言う。
「ジュースじゃなくて、パンケーキなんかに付けて食べたかったところだ。あぁ、ヨーグルトもいいな。」
そう言うと、夏未は驚いた顔をする。
「真白さんの手料理じゃ足りなかったって言うのか!? どうしたんだ、腹でも痛かったのか!?」
それを聞いて僕はガックリと肩を落とした。この友は変なところで鈍い。だがそれもまた彼の良さだ。
「で、どうだった。楽しかったか!?」
「あぁ……、楽しかったよ。」
「発言とテンションが噛み合ってなくないか!? 本当に楽しかったんだよな?」
「あぁ……。」
楽しかったのは本当だ。真白さんの料理だって美味しかったし、真雪ちゃんも可愛かった。だからこそ、なのだ。
「幸せな家庭を見せつけられた気分だ。」
ジュースを一気に煽ると炭酸が喉を刺激した。夏未は肩を竦めて苦笑した。
「なるほどな。真白さんが幸せそうで何よりだ! ……が、俺も鬼じゃない。今日はお前の愚痴に付き合ってやろう。」
「それはどうもありがとう。」
夏未は僕が持っていたグラスに二杯目のジュースを注いで、自分が持っていたグラスをぶつけた。ガラスの涼しげな音が響く。
「……本当に、幸せな家庭そのものだったよ。」
「ほう?」
「真雪ちゃんはすっかり真白さんに懐いている。それを見つめる真白さんの目は母親そのものだった。八雲さんは、さながら父親だ。」
「そうか。」
真雪ちゃんを保護してから一週間。過ごした時間は短くとも、それだけ真摯に、真白さんが真雪ちゃんに向き合った証拠だ。そしてそれを側で支えていたのが八雲さんだったのだろう。
「真白さんが幸せならそれでいいんだ。」
「うむ!」
「……とはいえ、敗北宣言なんて僕の柄じゃないな。」
情けない笑いが口から漏れた。
「無理もないな。 今まで見てきた中で、お前が二人の間に入り込む隙なんてあったか? なかっただろう!」
「うっ……。いやそうなんだが……、正論パンチは効くな……。」
「沙良が真白さんを想っていたように、真白さんは八雲さんを想っていたし、八雲さんもまた真白さんを想っていた。それだけだろう?」
「……ああ。」
ただそれだけなのだ。だが純粋な想いの交錯ほど厄介なものもない。
「……二人は婚約したと思うか?」
僕はついに気になっていたことを口にした。真白さんの誕生日以降、距離がよりぐっと近づいたような気がするが、確証がない。わざわざ訊くのは癪だ。
とはいえ、例え婚約していなくとももう既成事実があるようなものだ。あそこにはもう幸せな家庭が築かれ始めている。
「俺が仕入れた情報だと、婚約はしてないらしいぞ!」
「!?」
俺は勢い良く顔を上げた。
「詳しいことは分からんが、とにかくまだだ!」
「……君は意外といい情報網を持っているよな……。」
「まぁな! 俺も光属性魔法の件、決着が付くまではないだろうと予想している!」
「そうか……。いや、いいんだ。形式的なことは。もう彼らは事実上夫婦みたいなものだ。僕もきっと……そろそろ潮時なんだ。」
僕は二杯目のジュースを一気に煽った。 底に溜まったシロップが一気に流れ込んできて、口いっぱいに果実の甘みと月桂樹の葉の香りが広がった。
「はは、そうかもしれないな!」
そう笑って、夏未は三杯目のジュースを淹れてくれた。
「沙良の失恋記念日に乾杯!」
「なんて不名誉なことを言うんだ君は! 新しい門出を祝うくらいにしてくれないか。」
「ははは、すまん!」
こうして僕と夏未はノンアルコールのお子ちゃま向けジュースで夜を明かした。




