20 - 真雪の未来
「真雪〜! お皿を並べてくれるかしら?」
リビングに声をかけると「はぁい!」という愛らしい返事とともに軽やかな足音が聞こえてきた。ダイニングテーブルの上にはサラダやバケット、ステーキ、シチューに果物が並んでいる。
あれから約一週間。私は期間限定で真雪との共同生活を営んでいる。というのも、真雪が私から離れたがらなかったのだ。そういったケースは度々あるので、隊から貸し出された家で一月ほど共同生活を営むことが許されている。
今日は夕食にお客さんを招いている。大人四人と子ども一人だ。皆私たちの様子を見に来てくれるらしい。不意にドアがノックされた。
「はーい! 真雪は待ってるのよ。」
「うん!」
鍵を開けてドアを開けると、待ち人が皆揃っていた。八雲に沙良、豪さんと豪さんの奥さん、そして豪さんの愛娘だ。
「いらっしゃいませ。」
「お邪魔します。」
八雲は手に持っていたケーキをさっさと冷蔵庫に仕舞いに行った。よくこの家を訪れる八雲には、まるで勝手知ったる我が家のようだ。沙良は何やら小さなブーケを真雪に渡していた。さすがの王子っぷりである。豪さんたちは絵本を持って来てくれたようで、三人で一緒に渡してくれていた。
「すっかり板についたね。」
テーブルの支度をしながら真雪を眺めていると、隣に立った八雲が優しく笑った。
「どうなることかと思いましたが、何とか。」
年少者の面倒なんて見たことがないものだから、すぐさま皆に助けを求めた。皆すごく親身になってくれた。百音は元々面倒見がいいし、聖と八雲、青は女兄弟がいた経験があるしで、皆年少者の世話は手慣れたものだった。私にはないものばかりでとにかくとても助かった。豪さんもこうしてちょくちょく様子を見に来てくれる。大変ありがたい。
「真雪を見れば分かるよ。お前が頑張って愛情かけて接してるってこと。」
「まだ一週間程度ですけどね。」
「むしろ最初が肝心なんじゃない? こういうのって。」
「……そうですね。」
それから皆でテーブルについて食事を摂った。真雪は私と八雲の間をちゃっかり陣取っていた。
「あら真雪、ソースで口の周りがベタベタよ?」
「えへへ。」
口の周りを拭かれるのも嬉しそうで、私まで嬉しくなる。甘えてくれている証拠だろう。かと思えば今度は八雲に甘え始める。
「八雲さん、ステーキ切り分けてくださる?」
「ふふ、はいはい。そんな喋り方どこで覚えてきたの。」
「百音ちゃんの真似!」
私たちはつい顔を見合わせて吹き出した。そういえば先日家に来たとき、聖にそんなことを言っていたっけ。
ふとテーブルを見渡して不思議な気持ちになる。もし結婚して戦いから離れたら……私にはこんな幸せもあるんだろうか。愛する夫と子どもに囲まれて、付き合いのある家族と一緒にテーブルを囲んで、こんな風に……。
「真白。」
コトリと目の前にショートケーキが載った皿が置かれた。慌てて我に返って顔を上げると、八雲が優しく笑っていた。
「どうかした?」
「……幸せに浸っていました。」
「……そっか。」
果たして戦いから離れて得た幸せの中に、八雲はいるんだろうか。否。彼は戦いと共にあり続ける人だ。例え私が戦いから身を引こうとも、一緒に幸せになることはないだろう。一緒に幸せになれるのはきっと、共に戦い抜いたそのときだけだ。
少しして、遊び疲れて眠ってしまった真雪を腕に抱いていたときだった。豪さんが少し緊張した面持ちで声をかけてきた。
「ねぇ、真白ちゃん。一月後、真雪ちゃんをどうするか……決めてる?」
「……いえ……。」
通例であれば守護隊が運営する孤児院に預けられ、守護隊見習いとなるか、あるいは訓練所生となるのを待つ。真雪もそうなるものと思っていた。
「もしよかったら、僕の家で引き取らせてもらえないかな。」
「えっ……!」
豪さんの家で? 豪さんは奥さんと頷き合うと、改めてこちらに視線を向けた。
「僕らにできることなんて限られてる。目をかけられる範囲も限られてる。そんなことは分かってるんだ。でもここまで懐いてしまった子を孤児院にっていうのも憚られるというか……。家で良ければ、いつでも真白ちゃんも遊びに来られるし。それに……、守護隊以外の選択肢を増やせる可能性がある。」
「っ……!」
戦争孤児は帰る場所がない。それに家族を奪われた恨みがある。だから訓練所卒業後、守護隊への所属率がほぼ百パーセントになる。帰る場所が他にあるなら、少しでもその傷を癒せたなら、戦いの道を選ぶ必要もなくなるかもしれない。
真雪の寝顔に目を向け、そのふくよかで柔らかい頬を撫でる。温かい。こんな子がわざわざ戦いの道なんて選ばなくていい。いつの間にか目から涙が溢れ出していた。
「豪さん、ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします。」
私は思わず真雪の頭に頬擦りした。温かくて、柔らかくて、いい匂いがして。体だってまだ小さくて軽い。今はまだこんなにか弱いこの子たちが、これからの未来を背負っていくのか。どうかか弱いままでいてほしい。逞しくならなくていい。傷つかず、安らかに、健やかに。ああ……そうか。私が守りたいものたちは、こうしてこの子たちに繋がっていくんだ。
「すっかり母親の顔になっちゃって。」
八雲さんはそう笑って私の頭を撫でた。
「ふふ、恐れ多いです。」
「でもまぁ悪くないね、そういうのも。」
なんて言って笑う。
その晩はとても胸が温かくて、幸福で満たされていた。幸せの絶頂にいるような気さえしてくる。思わず笑みが溢れてしまうくらいには浮かれているようだった。私は幸せを胸に、眠りに就いた。




