19 - 戦争孤児
私たちは雪原の中を直走っていた。いつしか空には月が出ていた。メンバーは八雲、私、沙良、そして第四隊から薫さんという男性だ。国境沿いの村からの救援要請を受けてそちらに急行している。砦からの隊に加えてこちらにも要請がくるということは、状況は芳しくないんだろう。
月の国と太陽の国の国境線は大陸を縦断するように引かれている。月の国の国境最前線の砦は、国境線の中間地点にある。そして砦を中心としたとき、首都は北東の外れ、青の故郷は南端の地にある。そして今回向かってある村は、砦から青の故郷の中間にある。
「真白、大丈夫か。」
不意に前を走っていた八雲にそう声をかけられて、ハッと我に返った。二周目が始まったあの日とシチュエーションが似すぎていることには、私も気がついていた。八雲が心配をするのも無理はない。
「はい。」
「よし。」
八雲は私の状態を確認して、また前を向いて走り出した。しばらく走るうちに雪が降り始め、次第に雪足が強まってきた。
「今日はここまでだ。辺りが吹雪いてきた。」
八雲の言葉を皮切りに、私たちは野営の準備を始めた。首都を出発したのは昼過ぎだったが、明朝には村に到着できそうだ。ここは下手に動くより、体を休めた方が利口だ。地魔法で鎌倉を作り、真ん中に焚き火を焚く。換気口を設けてしまえば完璧だ。
見張り番を交代しながら仮眠を取った。最後の仮眠後に目を覚ました時には、地平線は明るくなろうとしていた。すでに私以外の三人は起き出していた。
「ゆっくり眠れたみたいでよかった。」
八雲にそう微笑まれて居心地が悪くなる。下っ端なのにのんびり眠りこんでしまった。
「すみません……。」
「いや、心配してたから本当によかった。」
そう頭を撫でられてしまえば、私に返す言葉はなかった。鎌倉の中で軽食を摂り、身支度を整えた。天気はすっかり回復し、雲間から青空まで見えていた。
「最悪を想定しておけ。」
出発する直前、八雲は表情を引き締めてそう言った。私たちは強く頷いた。だが自分の想定が甘いものだったということを、村に辿り着いた私は認めざるを得なかった。
村は全滅だった。生存者が見当たらない。村には草木や土の煤けた匂い、そして血と肉と油──人が焼けた匂いが充満していた。村の中心にはこれ見よがしに、血でデカデカと太陽の国の紋が描かれていた。あんなに雪が降ったというのに、なぜか紋は埋もれていなかった。風除けの魔法でも施されていたんだろうか。村が一つ、丸々滅ぼされるというのはなかなか遭遇しないケースだ。私の村も、こんな感じだったんだろうか。
「っ……。」
この場に皆がいなくてよかった。聖は憎しみに飲まれていただろうし、青は自責の念で押しつぶされていたに違いない。百音は……泣き崩れただろう。私は血が滲むのも気にせず拳をきつくきつく握り締めた。
生存者の捜索は難航した。ご丁寧に全ての建物が壊されていて瓦礫まみれだったからだ。村の規模は大したものではなかった。それでもここには人が生きていたはずなのに、今はただの荒地だ。
周囲の残党に気を配りつつ、捜索と同時に遺体を収容していく。永遠に慣れることはないだろう。この人はいくつだったんだろう。何が好きだったんだろう。何をしているところだったんだろう。その人の生活が見え隠れするたびに胸が締め付けられて堪らない。そして己の無力さを思い知るのだ。
その時だった。不意に瓦礫の中から小さな呻き声が聞こえてきた。
「生存者……!?」
私は声を聞き逃すまいと必死に瓦礫に手を突っ込んだ。草魔法を駆使し、瓦礫が崩れてこないよう細心の注意を払いながら掘り進めていく。
「敵が成りすましている可能性もあります! 慎重に……!」
沙良の言うことも最もだ。けれどこれが成りすましでなかったなら、私はこの命をとり逃してしまったら後悔する。立ち上がれなくなってしまうような気がする。
「お願い、無事でいて……!」
いつの間にか涙で視界が滲んでいた。やがて、手が温かいものに触れた。
「捉えた……!」
生存者の体を草魔法を使って一気に蔦や葉で包み、瓦礫を退けながらそのまま引っ張り出した。無事地上に引っ張り出し蔦や葉を解くと、まだ五歳程度の女の子だった。目立った外傷はなさそうだ。
「……よか、った……。」
私は思わずその子を腕いっぱいに抱き締めた。温かい。子供特有の柔らかさだ。救えたんだ。よかった。安堵で涙が溢れた。
私はその子にあの日の自分を重ねていた。孤独の中、絶望を味わったに違いない。それを私は、今度は自らの手で救い上げることができたんだ。
「お姉、ちゃ……。」
「迎えに来るのが遅くなってごめんね。」
「ん……、んーん……。っ、ふっぇえ……。」
その子は安心したのか、ゆっくりと泣き始めた。私とその子はしばらく抱き合ったまま泣いていた。
*
薫さんに診てもらったところ、その子は軽傷で特に問題ないそうだ。周辺に太陽の国の残党の姿はなく、生存者及び遺体の収容も終わった。私たちの任務は終わったのだ。この後は砦に駐在している第一隊と第二隊、第三隊に管轄が分かれていく。
私たちは砦に一泊させてもらって、翌日には首都に蜻蛉返りだ。だがここで一つ問題が生じていた。
「真雪、真白ちゃんといる!」
悩みの種は椅子に腰掛けた私の膝の上を占領し、もはや踏ん反り返っていた。私たちは苦笑した。
「明日には私たち、首都へ帰るのよ?」
「真雪も孤児だから首都に行くんでしょ!? 真白ちゃんと行くの!」
「でも真雪ちゃんのお荷物とか、大事な物とか……。」
「ないの! 皆、なくなっちゃったからっ……。」
と鼻を啜り始める。真雪の家族は皆死亡していた。他の生存者はとても身内かどうか確認が取れる状態ではない。今の真雪は事実上の孤児だ。
確かにあの瓦礫の山から引っ張り出せる物は多くはないだろう。けれどこの子にとっては大切な物だってあるはずだ。少しでも大切な物を手元に残してやりたいのだが。
「真白と離れて独りぼっちになる方が、今は怖いのかもね。」
そう言って八雲が真雪の頭をゆるりと撫でた。
「物の捜索は残る隊に委任しよう。こんな雪山の中に残していくのは、真白も真雪も、精神衛生的に良くないはずだ。」
「八雲さん……。」
「俺たちと一緒の移動は大変だけど、頑張れるか〜?」
そう言ってわしゃわしゃと真雪の頭を撫でた。
「真雪、真白ちゃんと一緒なら頑張れる!」
そう抱きついてくるものだから、私たちに選択肢はなくなってしまった。八雲さんが乱した髪を手櫛で整えてやりながら背中をトントンと叩くと、安心したのかそのまま眠ってしまった。
「なんか、親子みたいですね。」
そう沙良が笑った。
「さすがに姉妹くらいじゃないかしら。 」
「どうでしょう。」
真雪をあやすように背中をトントンと撫でていると、沙良が横から真雪の頬を突いた。真雪は煩わしそうに眉間に皺を寄せたが、何事もなかったようにそのまま寝息を立てた。その寝顔があまりに愛しくて思わず顔が綻んでしまう。そんな私を見て、八雲と沙良がまた優しく笑った。
結局真雪は私たちと一緒に馬車に積荷と一緒に乗せてもらって首都に向かうことになった。




