16 - 王城侵入②
私は侵入者であることを一瞬忘れかけた。それ程優雅に国王は私たちの前を歩いた。一挙手一投足すべてが優美だった。この国王は自分が標的になる可能性を本当に忘れてしまっているんじゃないだろうか。
屋上庭園に戻ると、国王に促されて私と聖はガゼボの下に置かれたベンチに腰掛けた。ガゼボの下にはベンチが二つ向かい合うように置かれ、その間にテーブルが置かれていた。総隊長はベンチに腰掛けることを無言で拒否し、私たちの後ろに立った。
「今夜はいい夜だね。風が心地良い。」
国王は呑気にそう言って空を眺めた。
「お戯れはその辺にして、本題に入らせていただいてもよろしいですかな。」
総隊長が国王を睨みつけて言った。とてつもなくピリピリしている。それは聖も同様だ。総隊長ほどではないが、やはりピリピリしている。けれど国王は全く動じなかった。
「ごめんね。馴染みのない人間と直接会うなんて久方ぶりなものだから、少し気持ちが浮ついてしまったよ。ほら、いつもカーテン越しだろう?」
そう言われて聖は困惑をその顔に浮かべた。無理もない。もはや敵なのではとまで考えていた国王が、こんなにも無垢な人物だとは夢にも思わなかった。
「お前たちの知りたいことは何かな? 」
何が変わったわけではない。穏やかな笑みも気品も声音もそのままだった。だがその問いかけには圧倒的なものがあった。余裕や傲慢ではない。貫禄だ。これが国王か。私と聖は気圧されて口を噤んでしまった。しかし総隊長は違った。
「光属性魔法とは何です。太陽の国とのそもそもの対立の原因とは? そして貴方やこの城についてもお聞かせ願いたいところですな。」
「ふふ、沢山あるね。全てを教えてあげるわけにはいかないんだ、ごめんね。でもまぁ……そうだね……。」
国王は微笑みを携えたまま考える素振りを見せた。少しして国王は言った。
「足心。君たちは光属性魔法についてどのくらい知っているんだい? 正直、その言葉が君の口から出てきただけでも私は驚いているんだけどね。」
「……。」
総隊長はしばらく国王を睨みつけていたが、やがて口を開いた。
「時間を司ること。血統遺伝による天賦のものであること。膨大な生命エネルギーを使うということ。月の国には現状使い手がおらんっちゅーことくらいですかな。」
国王は表情を崩すことなく「ふーん」と言った。あまりに他人事すぎるリアクションに改めて困惑する。なんて掴みどころのない人なんだろう。確かにこの人なら総隊長を『お前たちが知る必要はない』と一蹴しそうだ。耐え切れなくなって私は思わず口を挟んだ。
「あの、発言をお許しいただけないでしょうか。」
国王は一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと、優しく目を細めた。
「いいよ。」
「ありがとうございます。」
緊張で汗が滲む手をギュッと握り締める。ここで何も聞き出せなければ終わりだ。一周目を繰り返すかもしれない。王に対する反乱が起きるかもしれない。太陽の国に負けるかもしれない。今この場が、すべての可能性をプラスに変えられるチャンスなんだ。こんな機会はきっともう二度と巡ってこない。
「太陽の国が光属性魔法の使い手を保有している可能性が浮上しています。それに伴い、光属性魔法の存在は守護隊第一隊、第二隊に公表されました。秘匿性の極めて高い国家機密扱いですが、その存在はもう一部の民の知るところとなっています。このままあまりに情報を隠匿するようであればいずれ国民の怒りを買い、その矛先は貴方に向きます。太陽の国が先か国内の反乱が先か、このままでは貴方は攻め込まれるのを待つだけになります。」
一気に捲し立てる私の話を、国王はやはり表情を変えることなく聞いていた。
「それで?」
「っ、情報を開示してください。太陽の国が光属性魔法の使い手をもし本当に保有していたら、情報で負けている時点で太刀打ちできないのです。」
「……真白、といったね。」
「……はい。」
国王は真っ直ぐに私を見つめた。澄んだ茶色の瞳に射抜かれる。私はその視線を正面から受け止めるのがやっとだった。
「お前、月の国は好きか?」
「……はい。」
「なぜ? 祖国だから?」
「……いいえ。守りたい人が沢山います。それが月の国という形を成しているだけです。」
「ふーん。」
国王はまた笑みを携えてそう言った。どうしよう、あまり国王の興味を引けなかったかもしれない。そんな私の不安をよそに、国王は私から視線を逸さなかった。
「……真白は私の妻によく似ている。」
「え……?」
「先程の肖像画、見ただろう? あれが私の妻だよ。」
あの美しい肖像画の方が、王妃……?
「もう永いこと会えていないんだけどね。情に熱く、民を愛し守ろうとする。お前とよく似ている。」
「そんな……恐れ多いです……。」
「ふふ。けれど残念だよ。私からお前たちに教えられることはない。」
「!?」
私たちは思わず乱暴に立ち上がった。けれど王は微笑を崩すことなく続けた。
「光属性魔法について、お前たちはすでに十分知っている。」
「ではお聞きしますが、使い手の特徴は何かありませぬか?」
「うーん。血統遺伝だからね、身体的特徴が残っていれば、使い手は金髪かあるいは金眼くらいは受け継いでいるかもしれないね。」
「っ……。」
私と聖はベンチに項垂れるように腰を下ろした。金髪か金眼の人間なんて珍しくない。私だって金髪だ。血統に重きを置かないこの国において、それが守られていることなんてほぼ有り得ない。例え金髪金眼の両方を受け継いでいたとして、偶然の可能性を考えたらキリがない。
「他に見分ける方法はないんでしょうか……!」
「ないかな。魔法の使用には膨大な生命エネルギーを必要とするからね。さっき君たちが言っていたことだ。」
私は完全に口を噤んだ。八方塞がりだ。それに国王は、情報をこちらに渡すつもりはないらしい。のらりくらりと躱されてしまう。
「じゃあ金髪金眼が特徴っつーことは、王妃は光属性魔法の使い手だったっつーことでいいですか?」
私は驚いて聖を振り返った。肖像画の王妃は美しい金髪金眼だった。そして私はある可能性に行き着いた。馬鹿げているかもしれない。けれど腑に落ちてしまう。光属性魔法が司るのは時間。文献には残されていない数々の情報。そして若い国王……。私は国王を振り返った。国王はやはりその笑みを崩してはいなかったが、先程までの余裕はないように見えた。
「光属性魔法は、対象の時間だけを止めることもできるんですか……?」
声が掠れた。国王は私たちの表情を見回した後、観念したように少し肩を竦めた。
「……そうだ。そして私は時を止められている。」
「……!」
私たちは息を呑んだ。
「やれやれ、少しはしゃぎ過ぎてしまったかな。こんなボロを出すなんて。」
「貴方は……何年生きとるんです……!」
「……光属性属性の使い手が月の国からいなくなったのは、月の国建国時だよ。」
「っつーことは……。」
「……月の国は、いつ建ったのです。儂らはそんなことすら知りませぬ。きっと貴方たちが隠してしまわれたのでしょうな。」
「国が建ったのは……千年くらい前かな。」
それはつまり国王も千年生きているということを意味する。私は驚愕した。光属性魔法はそんなに強力なのか。使い手の魔力にもよるだろうが、二周目なんて容易い話なのかもしれない。そして光属性の使い手が残っているのなら、いよいよ太陽の国より先にこちらが手中に収めなければいけない。
「……さて。私からお前たちに教えられるのはこのくらいだ。」
「は!? まだ何も……!」
「お前たちは、なぜ情報が隠されているのかを考えたことはあるか?」
「蛍は、儂らを戦いに集中させるためと考えておりました。」
不意に持ち出された蛍様の名に思わず反応してしまう。
「彼奴はずっと戦いの起源を知りたがっとりました。ずっと、この戦いに終わりがくることを望んでおりました。」
「蛍はやはり聡い子だね。物事にはすべて理由があるものだ。これが私が教えられる精一杯だよ。」
国王は話を切り上げようと立ち上がる素振りを見せた。私はそれを引き止めた。
「国王は、死ぬのが怖くないんですか? 守りたい人はいないんですか?」
国王はやはり動じることなく柔らかく微笑んだ。
「怖くないな。むしろ死にたいとさえ思う。誰かがこの場を代わってくれればいいのにと、いつも思うよ。それに……守りたい人は皆もう、私ではどうしようもないところにいってしまった。」
想定外の返事に私は面食らってしまった。相手は千年生きているんだった。しかも言い方からして、国王は望んで生き永らえているわけではない。相手が悪い。いよいよ取りつく島がない。
「……さぁ、もうお帰り。城下では何やら祭りを催しているのだろう? お前たちも楽しみなさい。」
それは駄々を捏ねる子どもを諭すかのような口ぶりだった。総隊長と聖を振り返るも、二人とも眉間に皺を寄せて暗い表情をしていた。……ここまでだ。
私たちはベンチから立ち上がると、国王に促されて城の中を歩いた。改めて見ると豪奢には程遠い城だった。造りはもちろん立派だが、それだけだった。こんな所に千年も、一人で……。
国王は正面入口までわざわざ私たちを送ってくれた。
「足心、真白、聖。楽しい夜をありがとう。ゆっくりお休み。」
そう言って穏やかに優しく、そして美しく笑った。けれどその笑顔はどこか寂しそうだった。気のせいだと思った。けれどすぐに思い出した。あの庭園を見たとき、なんて寂しげな場所なんだろうと思ったことを。
城を出て正門を抜けると、急に現実に引き戻された。まるで夢でも見ていたかのような心地だ。城下の賑わいがここまで聞こえてくる。城を振り返ると城はいつものようにひっそりとしていた。あんなに美しい屋上庭園があるとは思えない。
「……前進したようで停滞しているような、不思議な気分です。」
「むしろ後退した気がするわい……。」
「なんつーか、起きてても夢って見るんすかね。」
「言いたいことが分かるのぅ。」
私たちは顔を見合わせて苦笑した。皆同じ気分のようだ。ボンヤリとしたまま城下へ向かって歩き出した瞬間、暗闇から人影が飛び出してきた。
「真白! 聖!」
「百音!?」
「お前っ、何してんだよ。」
人影の正体は百音だった。百音は私と聖に抱き着くと盛大に溜め息を吐いた。
「二人とも無事に帰って来てよかった……!」
どうやら心配で迎えに来てくれたらしい。百音に続いて八雲が顔を出した。総隊長が呆れて苦笑した。
「なんじゃ、お前まで来とったんか。」
「心配と好奇心で来ちゃいました。」
そう言って八雲は肩を竦めた。八雲は私に視線を移すと「おかえり」と優しく微笑んだ。私はそれがこそばゆくて少しはにかんで見せた。
百音に促されて、祭りの雰囲気を楽しんでから帰ることにした。けれど街の賑わいを目の当たりにすればするほど絶望感に苛まれた。事態は何も変わっていない。それどころか、国王はどう頑張っても私たちに協力的にはなってくれないことだけが分かってしまった。私が18になるまでもう二月もない。リミットはもう目の前に迫っていた。




