15 - 王城侵入①
その日は仮装祭だった。国中が浮き足立ち仮装を楽しんでいた。私たちは喧騒の中を颯爽と歩いた。
道中、籠を持ってはしゃぐ子供達とすれ違った。蛍様が亡くなってすぐの仮装祭は、落ち込んだ私を皆が慰めてくれたんだった。そのときは飛鳥もいて……。そこまで思い出して私は唇を横に引き結んだ。
そう。飛鳥を失ったあの日、生きなきゃいけない理由がまた一つ増えたんだ。奪われた憎しみのためじゃない。守るためだけじゃない。もう失わないために、奪われないために、太陽の国を倒す。
眼前に迫っていた城を仰ぎ見るも、街に反して城はどんよりと重暗く、とても祭りの日とは思えない佇まいをしていた。
「さて、行くかの。」
総隊長にそう声をかけられ、私と聖は頷いた。夜闇に紛れて城の裏手に回り込んだ。裏側は鬱蒼とした森が茂っていて身を隠すにはぴったりだった。
表側は人が寄り付けば目立つほど人気がなく、門も固く閉ざされている。横へ回り込めば物資の搬出入口がある分、正面よりはマシだがそれでも大差はなかった。要するに外から見て分かる正規ルートからの侵入は不可能だった。
「城壁があるのは他のルートと同じじゃが、違うのは壁の向こうが堀だという点じゃ。」
「堀……。」
「排水の受け口じゃ。」
排水用の堀なら見張りもいないはず。侵入には打ってつけだ。……とは言ったものの。
「この城、そもそも警備の者が全くいないように見受けられるんですが……、気のせいでしょうか……?」
城の正面から裏手に回り込む過程で気になっていたことを口にする。すると総隊長も困ったように頷いた。
「儂も何度も登城しとるが、正直あまりそれらしいモンを見た記憶がなくてのぅ。」
「……警備がいねぇ……? さすがにそんな好都合なことは……。」
「あぁ。有り得ないと思って動いた方がいいじゃろうな。」
「はい。」
頷いた私と聖を見て、総隊長も頷いた。
「事前に説明しておった通り、水膜を張って堀を進み、排水口から侵入する。お前たちは八雲救出の際に似たようなことをやっておるし、その辺は問題ないな?」
「はい。」
「うむ。先頭は聖。こういうのはお前の方が真白より慣れとるじゃろ。後ろは儂じゃ。いざとなったらお前たちごと吹っ飛ばしてやるわい。」
「吹っ飛ばされんのは嫌なんすけど……。」
「が、頑張ります……。」
苦笑する私たちを挑発するように笑って、総隊長はローブの襟で口元を覆った。総隊長がローブを着用しているところを見るのは地獄の演習以来だ。こちらも気を引き締めなければ。私も総隊長に倣ってローブの襟で口元を隠した。
「さて、準備ができたら行くかの。」
「はい。」
私たちは側の木に登り、その木に魔法で出した蔓を固定した。堀に降りる際の命綱だ。もっとも、そんなものが必要なのか分からないような乱暴な忍び込み方をしようとしているのだが。
私は手に持っていた鉤縄を城壁のてっぺん目掛けて投げた。縄を引くと無事に鉤が噛んだらしく、問題なく体重をかけられた。
もし城壁に魔封石が使われていた場合、魔法は使えない。それを危惧して鉤縄を選んだが、鉤が噛むのかという懸念ももちろんあった。問題はなさそうで一安心だ。
頂上付近で私は城壁をよじ登る手を一度止めた。なんて低い壁なんだろう。背後の森の木は成長し、こんな風に城壁を登る手助けをできる高さになっている。植樹当初はこれを想定していなかったんだろうか。だとしたらあまりにお粗末だ。月の国の成り立ちは太陽の国との戦いだというのに、攻め込まれない自信があったんだろうか。あるいは身を守る気がハナからないのかもしれない。全ての機能を守護隊に託しているくらいだ。国王は自らの価値をとんでもなく低く見積もっているのかもしれない。
「真白?」
先にてっぺんに辿り着いていた聖に声をかけられ、慌てて城壁を登り切った。いけない、今は集中しなくては。
私たち三人は城壁のてっぺんに辿り着くと、各々鉤縄を回収した。この時点でも見張りは見当たらない。本当に見張りはいないんだろうか。
辺りに注意を払いながら目標の排水口を確認する。絶えず水が流れ出ている。なかなかの水量だ。
「下水じゃからのぅ、幕は厚めに張れよ。」
総隊長にそう言われ、体の周りに厚めに水膜を張る。
「さて、念の為の確認じゃが二人とも水属性、風属性は使えるな?」
「はい。」
「よろしい。ではいくかの。」
そう言って総隊長は眼下の堀目掛けてポンってなると壁を蹴った。それに続いて私と聖も壁を蹴った。
堀まではとんでもない高さだった。こちらが高いから問題ないと踏んでの城壁の低さなんだろうか。このままの勢いで着水すれば怪我は待ったなしだ。私たちは着水するタイミングで風魔法と水魔法を駆使して衝撃を緩和した。無事に着水したのを互い確認すると命綱にしていた蔓を枯らし、目的の排水口の下まで泳いで移動した。ここから見上げると城はまるで湖のど真ん中に建っているかのようだ。
「んじゃ、お先に。」
聖はそう言うと、水を噴射して空中に飛び出した。それを巧みに操り軽々と排水口に到達した。警備に見つかりやしないかと一瞬思ったが、やはりその気配はない。やがて聖の姿が完全に見えなくなった。
「よし、真白。行け。」
「はい。」
私も聖に倣って水を噴射して空中に飛び出した。八雲救出時と違い、川の流れに逆らわなくていいためコントロールが楽だ。とはいえこのまま突入するには穴が小さい。私は鉤も使って穴ににじり寄り、そのまま中に入り込んだ。思ったより水量が多い。まるで穏やかな川だ。進むにつれ私の体は完全に水の中に埋もれてしまった。いくらも進まないうちに水面が明るくなった。光だ。そっと顔を出してみるとそこは外だった。どうやら庭のようだ。
「真白。」
不意に名前を呼ばれてそちらを見ると、聖が岸からこちらを覗き込んでいた。私はすぐに岸に上がった。そして目に飛び込んできた景色に驚いて、私は息を飲んだ。
「すごい……。」
そこは見事な屋上庭園だった。草木は生き生きとし、色とりどりの花が咲き乱れている。今上がってきた水路を目で辿っていくと噴水があり、その先は小さな池に繋がっていた。池には蔦の絡まるガゼボまである。石造りの橋、ガラス張りの温室、無数の石柱。なんて美しいんだろう。まるで天国のようだ。
「見事じゃな。」
驚いて振り返ると丁度総隊長が上がってきたところだった。
「総隊長。」
「無事に入り込めたようじゃな。」
「はい。」
「ここは城の中腹かのぅ……。城内に入るぞ。」
「当てはあるんすか?」
「ここより下は謁見用の広間なんかじゃ。となると上じゃな。」
「なるほど。」
「行くぞ。」
そう言って総隊長は先陣を切って走り出した。私たちはその後を追いかけた。
あの庭園は誰に向けて作られた場所なんだろう。よく手入れされ、人の手がしっかりと加えられた庭だった。けれど……。私は思うところがあった。しかし私は頭を振って雑念を追い払った。……余計なことを考えるのは止めよう。
*
私たちは廊下の一角に腰を下ろした。大半は確認を終えたように思うが、私たちの求める情報は皆無だった。資料室も書庫もあった。だがそれらしいものはなかった。さらに奇妙なのは、人の気配が全くないことだった。
「警備がいないどころの話じゃねぇっすよ、これ……。」
「堂々と歩き回ってやるかのぅ。」
「いやいやそれはやばいっす。」
「本当に全く人の気配がないですね……。」
「うむ……。儂が登城するときは案内の者がおるんじゃがな……。」
これでは話を聞くこともままならない。
「残りを探しても何も収穫がなければ、今日のところは諦めるか……。」
「あるいは、国王に直談判っすかね。」
総隊長を伺い見ると、総隊長は眉間に深い皺を寄せていた。総隊長はしばらくの沈黙の後、溜め息を一つ吐いて言った。
「……やむ終えんな。」
「決まりっすね。」
私たちは腰を上げると長い廊下を駆け出した。前を走る総隊長と聖の後を追いかける。 不意に壁の肖像画が目に止まり、そのまま足を止めた。
あまりに大きな肖像画だった。長い廊下と釣り合うように作られた高い天井いっぱいの大きさだ。私は思わずその肖像画に見入った。
「どうした? 真白。」
先を行っていた聖が戻って来た。
「あ、ごめんなさい……。この肖像画が何だか気になっちゃって……。」
「ん? ってでっか……! 普通に壁かと思ったわ。」
聖は肖像画に気が付かなかったらしい。あまりに大きくて全体像が把握できなかったようだ。戻って来た総隊長も同様に驚いていた。
描かれていたのは金髪金眼の非常に美しい女性だった。とても優しい笑みを浮かべている。儚げで神秘的な雰囲気だ。あまりに美しくて思わず見惚れてしまう。肖像画を繁々と眺めていた聖が首を傾げた。
「なんか、真白に似てねぇか? 髪……、いや雰囲気か?」
「そうかしら?」
「うむ、ちと分かるのぅ。」
私は改めて肖像画をまじまじと見た。似ているだろうか。こんな美女に似ているなんて畏れ多い。
「まぁいいや、行こうぜ。」
「ええ。」
私たちが再び廊下を駆け出そうとした次の瞬間、暗闇から足音が聞こえてきた。
「!」
私たちは咄嗟に物陰に身を隠した。といっても長い廊下のど真ん中だ。限界がある。どうしようかと考えあぐねている間に、足音の主は肖像画の前で足を止めた。その後ろ姿をそっと伺い見る。
肖像画の女性同様、美しい金髪が腰まで垂れている。後ろ姿だけでも女性と見紛う美しさだが、骨格からして男性だ。そして若い。八雲より少し上といったところだろうか。寝巻きらしいラフな装いだが、城の者だろうか。総隊長を振り返るも、総隊長はまたしても眉間に深い皺を寄せていた。
「出ておいで。」
不意にそう言われて私は思わず息を飲みそうになるのを必死に堪えた。この距離では相手の耳に届いてしまう。
「城に入った段階で私にはバレているよ。」
美しく穏やかで、そして優しい声だった。その人はゆったりとこちらを振り返った。肩から髪が溢れ落ちる様がまた優美で思わず見惚れる。そしてついにその人とバッチリ目が合ってしまった。
美しい茶色の瞳だった。その瞳を縁取る金色の睫毛が窓から差し込む月光を受けて、まるでキラキラと儚い光を宿しているかのようだった。
「仕方あるまい。」
最初に観念したのは総隊長だった。姿を現すと真っ直ぐにその人を見据えた。
「やぁ、足心。やっぱり来たね。」
「お見通しでしたか、国王。」
私は今度こそ堪え切れずに息を飲んだ。この人が国王。てっきり老人とばかり思っていたのに、まさかこんな麗人だったとは。
「そちらは?」
「聖、真白。」
総隊長に促され、私たちは慌てて物陰から飛び出した。聖もかなりの驚きだったらしい。初動が遅れていた。
「守護隊第一隊の真白と、第二隊の聖です。」
ペコリと頭を下げると国王は優しく笑った。
「光属性魔法について調べに来たんだね。けれど残念ながら、お前たちの望む物はどこにもないよ。」
「なぜです。文献の一つくらい……。」
「ないよ。全て僕の頭の中に入っているからね。」
国王は人差し指で自分の頭を指した。
「……左様か。まぁ、それ以外にも尋ねたきことは沢山ありますがな。」
「ふふ、そうだろうね。わざわざ来てくれたんだ、少しは教えてあげよう。せっかくなのにここじゃ味気ないね。庭に移動しよう。」
そう国王に促され、私たちはその場を後にした。




