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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第二章

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14 - 裏切り者

「真白。」



 中庭のベンチでのんびりしていたときだった。不意に名前を呼ばれた。珍しい客だ。



「聖。」



 驚いて名前を呼ぶと、聖は応えるように片手を上げた。聖はそのまま空いていた隣に腰掛けた。隊舎に他の隊の人間がいるなんて珍しい。会議でもあったんだろうか。



「どうしたの?」

「八雲さんは?」

「今日は非番なの。」

「そうか……。」



 聖は背もたれに寄りかかると、着ていた隊服のローブで口元を隠した。唇の動きで会話内容を読まれないようにするためだ。折り入った話らしい。私も背もたれに寄りかかり、聖の声に耳を傾けた。



「今朝方、第一隊の男が太陽の国の内通者として拘束された。」

「!」

「沙良の直属だった奴だ。」



 すぐにその人の顔が浮かんだ。死にたくないをモットーにのらりくらりと躱しながら生きることが上手いその人は、八雲とはまた違ったタイプの飄々とした性格をしている。

 先日沙良と出かけた一件は彼らが画策したと聞く。私はあまり関わりがないが、沙良や夏未はしっかりと交流があったはずだ。



「沙良と夏未も聴取の対象だ。」

「っ……!」



 思わず振り返ってしまった私に対し、聖は表情を変えることなく続けた。



「拷問はねぇけど、奴が口を割るまで解放されねぇかもな。」

「……。」



 すでに沙良と夏未も拘束されているに違いない。だがこればかりはどうしようもない。私は目を閉じてそっと俯いた。自分の無力が憎い。私には二人を助けることができない。



「お前の気持ちは分かるけど、そもそも沙良と夏未が白っていう保証も現時点ではねぇ。当然の措置だ。」

「分かっているわ……。」



 それでも、私は自分の目で見てきた沙良と夏未を信じたかった。二人のことは入隊当初から知っている。二人ともとても真っ直ぐで、とても月の国を裏切るようには思えなかった。



「……真白が考えてることはなんとなく分かるけど……、裏切りっつーのは、意外とこんなモンだ。」



 心臓が嫌な音を立てた。


 ──裏切り。


 月の国も太陽の国に潜伏している。いつでも互いに裏切り裏切られる、そんな状況にいるんだ。こんなことでダメージを受けている場合じゃないのに。それでも涙を堪えるあまり、眉間にギュッと強く皺が寄った。そんな私を見て、聖は軽く溜め息を吐いた。



「八雲さんにも俺から伝えておく。早く泣き止め。心が持たねぇぞ。」



 聖はぶっきらぼうにそう言った。涙は辛うじて溢れなかった。けれどなかなか気持ちは落ち着かなくて、聖は私が落ち着くまで隣にいてくれた。



 *



 その晩、私たちは総隊長の執務室に集まっていた。



「聞いての通りじゃ。第一隊の隊員を内通者として拘束した。近しい者も嫌疑が晴れるまで拘束しておる。」

「で、口は割ったの?」




 八雲に目で促された聖は首を横に振った。



「捨て駒っぽいっすね。重要なことは何も知らされてなさそうです。本人はいつもと変わらず飄々としてますね。」

「彼奴が捨て駒……ねぇ……。」



 普段の彼を知っている側からするととても考えられない。少しでも危険から遠ざかることをモットーにしていたのに。……いや、却ってしっくりきたかもしれない。自分が捨て駒だと分かっていたのなら、生き永らえようと必死だったと言われれば納得できる。皆その考えに至ったのか、部屋には重苦しい沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは聖だった。



「ただ一言……『敵は俺だけじゃない』。そう言ってました。」



 その場にいた全員が息を飲んだ。ただ一人、総隊長を除いて。総隊長はただ沈黙を守った。その様子を見て、八雲が眉間に深く皺を寄せた。



「何か思うところがありそうですね?」

「……あの実地演習で捕まえた侵入者も同じことを言うとった。」



 私たちは再び息を飲んだ。そんな昔の話と今になって繋がるだなんて。



「確か自殺でしたよね、その侵入者……。」

「うむ。自殺する直前に言い遺して逝きおった。」

「示し合わせたように同じ言葉を……。嫌らしいですね……。」



 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。地獄の演習から六年。こんなにも長い間、平穏を満喫できたことを幸運に思うべきか。



「……考えたって答えは出ない! まずは私たちにできることをしなきゃ! ですよね!」



 百音は両手をグッと握り締めてそう言った。気丈に振る舞っているだけなのは一目瞭然だ。このメンツの中でそんな発言をすること自体、百音にはとても勇気が必要だったはずだ。私は精一杯の笑顔で百音に同意した。



「──では侵入するのは儂と聖、そして真白でよいな。」



 長い話し合いの末、私たちは頷いた。城内の構造を多少知る者として総隊長が、一周目の記憶が何かヒントになるかもしれないからと私が。そして第二隊の人間である聖に決まった。八雲はまだ怪我が癒えていないため留守番だ。普段四人一組に重きを置いていることから今回もその案が出たが、四人では人数が多いからと最終的に三人になった。詳細は後日取り決めることにして、その日は解散になった。

 私はその足で第二隊隊舎へと向かった。考えを読んでいたらしい聖も一緒だ。



「百音は?」

「今日は帰らせた。あんまり気持ちのいいモンでもねぇからな。」

「そうね……。」



 第二隊の隊舎で面会を申し入れると、すんなりと承諾された。聖は受付で待ってると言い、適当にベンチに腰を下ろした。そこからは初対面の隊員が案内してくれた。

 彼らは地下の独房にいた。独房といっても廊下と部屋を隔てる物は鉄格子だけで、その気になれば脱走できてしまうような作りだ。



「夏未。」



 目当ての人を見つけ廊下から声をかけると、彼はこちらを振り向いた。私に気がつくと一気に表情が晴れやかになった。



「真白さん……!」



 勢い良く鉄格子に飛びついたものだからガシャンと大きな音が鳴る。



「あまりはしゃがないでください。」



 私を案内してくれた隊員にそう注意され、夏未は少し小さくなった。思わず笑みが溢れた。思ったより元気そうだ。



「夏未、大丈夫? 酷い目に遭ってはいない?」

「大丈夫です! 俺は嫌疑を晴らすため堂々としてるだけなんで!」

「ふ、ふふっ。そうね。」



 どうやら魔封石の錠もつけられていない。一月も大人しくしていれば釈放されるだろう。



「今は少し、我慢のときね。」



 そう笑った私に、夏未も笑って頷いた。定期的にこうしたことは起きる。疑わしきは罰せずだと皆心得ているのだ。そしてこうした措置が彼らの名誉を傷つけることもない。



「お菓子とお花を持って来たわ。第二隊の方に渡してあるから、検疫の後になると思うけれど、よかったら食べてね。」

「ありがとうございます!」

「真白さん、僕の分はないんですか?」



 不意に声をかけられた。隣の房でいつものように沙良が笑っていた。



「もちろんあなたの分もあるわ。」

「よかった。娯楽がなくて退屈していたんです。」

「囚われの身なのに贅沢ね。」

「魔法も使わずじっとしているんです、褒めてほしいですね。」

「ふふ、それもそうね。」



 なんていつもの調子でやり取りを交わす。理不尽に突然独房に入れられたというのにこの余裕だ。多少病んだって不思議はないのに。きっと今頃内通者として捕まった彼は窓一つない部屋に監禁され、魔封石の手錠をつけられているに違いない。

 私は沙良と夏未の手を順番に握り、祈るように額をつけた。無罪放免で釈放されますようにという願いと、信じているというメッセージを込めて。


後日、内通者として捕まった彼の右腰から太陽の国紋章が見つかったとの報せが回った。まだ何も情報は得られていなかった。


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