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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第二章

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11 - 帰還

 翌朝、昨晩のうちに連絡を取っていた調査隊と協力して八雲を崖の上へと移動させた。地上に上がると、調査隊の面々は八雲の姿を見て大泣きした。



「八雲さんっ……! 生きててよかった……!」

「すみません、自分たちが油断したばかりに……!」

「申し訳ありませんでした……!」

「いや、俺が油断してたんだ。それより、お前たちが無事でよかった。」

「八雲さん……!」



 それから私たちは調査隊が砦から調達してきてくれた馬車に乗って首都に戻った。帰還してこんなに歓迎されたのは初めてだった。由楽隊長は大泣きしていた。だが八雲の無事を一番喜んでいたのは総隊長だ。少し分かりにくかったが、涙ぐんでいるのを見つけてしまった。それを微笑ましく思って見つめていたら、ばっちりと目が合ってしまった。



「調査隊と八雲捜索隊は各々報告書を作成して提出せよ! よいな。」



 そう言って総隊長はさっさとその場から離れた。私たち四人は顔を見合わせてこっそり笑った。私は三人に向き直ると、居住まいを直して頭を下げた。



「百音、聖、沙良。一緒に来てくれて本当にありがとう。三人がいなかったら、きっと八雲さんを見つけられなかったわ。本当にありがとう。」



 すると今度は三人が顔を見合わせ、そして肩をすくめて笑った。



「私たちがいなくても、きっと真白は一人で見つけちゃったと思う。あんな真白、初めて見たもん。」

「錯乱して突っ込んで行きそうだよな。」

「無茶をするタイプだってことはよく理解しました。」

「ひどい言われようだけど何も否定できないわ……。」



 少ししょんぼりとした私に抱きついた百音は、なぜか嬉しそうに笑った。



「私たちが必要なんだな〜って、ちょっと嬉しくなっちゃった。」

「当たり前じゃない……! いてくれなきゃ困るわ。」

「可愛い〜! このデレが堪らないっ。」

「手綱は俺たちが握っててやるから、真白は安心して好きにやればいーんだよ。」

「そうそう!」

「聖……百音……。」



 改めて、私はなんで幸せなんだろう。こんなにも大切な仲間に囲まれて、迷惑をかけても好きにやれと言ってくれる。これは絶対に当たり前なんかじゃない。無意識に笑みが溢れた。



「ありがとう、大好きよ。」



 百音と聖は一瞬固まった後、盛大に溜め息を吐いた。それにムッとした表情を見せたのは沙良だ。



「さすがにそれはずるいと思います。僕もちゃんと握りますよ? 手綱。」

「ふふ、ありがとう。頼りにしてるわ。」

「そうじゃないんですけど……、まぁ今日のところはよしとします。」

「私たちに並ぼうなんて百年早いのよ! へへーんだ!」



 やいのやいのと盛り上がっている間に、八雲は病院へと搬送されていった。きっとしばらくは入院になるだろうし、守護隊の仕事も復帰しても事務仕事からだろう。合間を見て見舞いに行っても許されるだろうか。そうしたら、少しはゆっくり話せるだろうか。とはいえ期日が迫っている仕事もあるわけだし、ゆっくり見舞う暇なんてあるのだろうか。

 そんな私の心配は早々に否定された。翌日出勤した私に、由楽隊長は泣き腫らした目をして言った。



「お前の仕事? そんなもんとっくに片付けたぞ!」

「え……?」

「緊急事態だったんだ、こっちで巻き取ったに決まってるだろう! なんだぁ? 俺がそんなに薄情な奴だと思ってたのか?」

「そんなことはないです! むしろとても情に熱い方だと……!」

「そうだろうそうだろう! まぁ、これは第一隊皆の総意だ。動けない自分たちの代わりに、我先にと動いてくれたお前らへの感謝だよ。」

「はい……。」

「あと、沙良と百音からお前を訓練に参加させるなと言付かってる。だからお前は今日明日は休みだ。」

「ということは……私は……ええと……。」

「さぁ、帰って休め!」



 そのまま執務室を閉め出された私は、困惑したまま行く宛もなく隊舎を出た。このまま宿舎にこもるのももったいない。空を見上げると、青々とした空が広がっていた。そういえば今日は星送りの日だ。私はふと両手に視線を落とした。お花を買って、八雲を見舞って、街を散策して帰る。……うん、ありだ。そうと決まれば善は急げだ。

 私は隊服から私服へ着替えて、花屋へと向かった。道中街を見回すと星送りの飾り付けがされていた。首都では黄色い花を飾る。街中が黄色い花まみれだ。差し色として使われたオレンジが華やかで可愛らしい。夜には複数の大きな灯籠が街を練り歩くパレードが行われる。灯籠は終着地点である月桂樹の丘の麓で点火され、締めくくりには花火が上がるのが慣わしだ。

 花屋の店先は黄色い花でいっぱいだった。オレンジや白も混じっている。書き入れ時でとても忙しそうだ。花の相談をしようかと思ったが、とてもそんな余裕はなさそうだ。ふと店の中に置かれた淡いピンクの花と緑色の花が視界に入った。私は迷うことなくその花に決めた。



「こんにちは。あのピンクの花と、緑色の花で小さな花束をお願いできますか?」

「はーい! お待ちくださいね!」



 八雲から花やプレゼントをもらうときは決まってピンクいろのものだったことを思い出したのだ。可愛いものをと思ってのことだったのだろうが、いつの間にかそれは八雲のイメージにも繋がってしまっていた。そして緑は私と八雲に共通する大切な色だ。



「お待たせしましたー!」

「ありがとうございます。」



 受け取った花束はとても爽やかで、けれどとても愛らしかった。思わず笑みが溢れた。花を供えたことは沢山あるが、贈るのは初めてだ。こんなに優しい気持ちになるなんて知らなかった。八雲はたびたび花をくれた。八雲もこんな気持ちだったんだろうか。花束を抱く手に微かに力がこもった。見舞いに行って何をどう話していいか分からなかったが、やっと私なりの答えを見つけた。病院へと向かう私の足取りは先程までと打って変わって軽やかだった。

 八雲の病室の扉をノックすると「どーぞ」と返事があった。ノックまでは頑張れたのに、扉を開ける手が震えた。何度も深呼吸したのに、とんでもない緊張だ。そっと扉を開けて顔を覗かせると、途端に八雲と目が合ってしまった。ノックをしたのだ、扉に注目するのは至極当然だ。



「真白……。」



 八雲は大きく目を見開いた。私は諦めて部屋へと入った。腹を括ってしまえばこちらのものだ。ベッドのそばに立つと、八雲は読んでいたらしい本を閉じてベッド脇の棚に置いた。



「具合、どうですか?」



 恐ろしく緊張する。やたらと口が渇いて上手く言えたかどうか分からない。手汗が滲んで、瞼が震える。目を見るのが怖くて、私は八雲の手元に視線を落とした。



「一週間入院だってさ。大袈裟じゃない?」

「頭も打ってるし、診察まで三、四日空いてるんです。妥当だと思いますけど……。」



 ポツポツと文句を垂れると、八雲がふっと笑う気配がした。やっと目を上げると、優しく笑った八雲と目が合った。が、すぐに逸らしてしまった。八雲は「ふふ」と笑って言った。



「昨日からいろんな人が見舞いに来てくれるんだけどさ、泣いて喜んでくれたかと思いきや、皆怒るんだよね。総隊長にあんなに怒られたの久しぶりだったなぁ。」

「総隊長が……?」

「そ。何をやっとるか! 親より先に死ぬなんて許さんぞ! この親不孝(モン)が! ってさ。」

「ふふ、言いそうですね。」

「勘弁して欲しいよね。こんなに親孝行なのに。」

「ふふ。」

「そのお花、お見舞い?」



 笑い合っていると手の中の花束に話題が向いた。いつの間にか緊張は解れていた。



「はい。」

「ありがとう。」



 花束を渡す際、八雲は私の手に視線を向けた。慌てて隠したが、バレバレだろう。



「……お前は、何ともなかった?」

「……手の怪我が、深くて……。しばらく実務はお休みです……。」

「何やってんのも〜。」



 だって、崖を降下するのになりふり構ってられなかった。つけていた手袋は摩擦で焼き切れ、手の平の肉も持って行かれた。正直、かなりひどい状態だ。

 ベッド脇の椅子に座るよう促され、腰掛けると今度は手を出すよう要求された。恐る恐る出した手を八雲は躊躇うことなく捕まえ、そして観察した。包帯をぐるぐるに巻かれているが、それでも怪我の酷さはバレてしまう。



「お前これ……相当無茶したでしょ。」

「いや、その……。」

「今日明日の休みは妥当だな。」

「えっ、知ってたんですか?」

「沙良と夏未が働くな、真白を働かせるなって言って帰って行ったよ。」

「二人ったら……。」



 手を引っ込めようとするも、私の手を握る八雲にそれを制止されてしまった。傷に触れないよう慎重に、けれどしっかりと手を握られた。



「八雲さん……?」



 緊張と驚きで一気に手汗が吹き出す。困惑する私の目を真っ直ぐに見つめて、八雲は静かに言った。



「改めて、本当にありがとう。」

「っ……。」

「さすがに何回か嫌な想像をした。だけどその度に、帰りたい場所が思い浮かんで……頑張れた。」

「帰りたい場所……?」



 八雲はそっと目を閉じ、柔らかい笑みを携えて言った。



「隊舎の中庭の、あの桜の木の特等席。」

「ふふ、そんな所でいいんですか?」

「あそこがいい。そして──」



 八雲はゆっくりと瞼を持ち上げた。そして真っ直ぐに私を見て優しく笑った。まるで愛しいものを見るかのように。



「花を降らせる。」



 ベンチに降り注ぐ木漏れ日。上から降ってくる花。そして、優しい八雲の笑顔。すべてが懐かしく思えて、目尻に涙が滲んだ。



「八雲さん。」



 私は握られたままだった手に少し力を入れて、八雲の手を握り返した。



「前に言いましたよね。私が好きなのは『八雲隊長』なのかって。私にとっては一周目の八雲隊長も、二周目の八雲さんも、同じ『八雲』という一人の人物です。全部ひっくるめて好きです。……でも、それをあなたに押し付けるのは違うと思いました。だってあなたは八雲隊長を別人と認識している。なのに八雲隊長も好きな私を、丸ごと愛してほしいなんて暴論です。……全部決着がついたら、私はきっと八雲隊長をやっと過去の存在にできるんだと思います。八雲さんだけが残ったときに、あなたを好きかどうかやっと分かるんじゃないかって、思ったんです。だから全部が終わったら、また伝えさせてください。」

「……そうきたか。」

「それで、それまでの間にお願いしたいことができました。」

「何?」

「私にもっと八雲さんのことを教えてください。八雲さん自身のこと、過去のこと、これからのこと、もっと知りたいです。」

「……ふふ。」



 八雲は顔をくしゃくしゃにして笑った。今まで見たどの笑顔よりも優しい笑顔だった。それに何だか嬉しそうだ。八雲は握った私の手を親指でゆるりと撫でた。



「いいよ。何でも教える。俺も真白に、俺のこと知ってほしい。」

「ありがとうございます。」



 きっと今、私はとてもいい笑顔で笑っている。心の底からホッとした。涙が滲んでしまいそうなくらいだ。



「……俺にも、真白のこと教えて。」

「私のこと……ですか?」

「うん。」

「でも私、教えられるほど昔のことを覚えていません……。」

「そういうんじゃなくて、何を考えてるとか、何を感じてるとか、何に悩んでるとか、内面的なこと。」

「そんなことでいいんですか……?」

「そんなことがいいの。」



 首を傾げる私に八雲は柔らかく笑った。私が「分かりました」と言うと八雲はようやく握っていた手を離した。離れた熱が寂しいような、緊張から解放されてホッとしたような不思議な感覚だった。



「……じゃあ、早速いいですか?」

「どうぞ。」

「ここから星送りの日の花火を見て帰ってもいいですか?」

「俺は構わないけど……、約束してないの? 進とか沙良とか……。」

「してません。」



 なぜそこで進先生と沙良が出てくるんだ。首を傾げた私に、八雲はやれやれと肩をすくめて苦笑した。



「睡蓮に許可取っておいで。さすがに面会時間過ぎるだろうし。」

「あ……。」

「ま、今日くらいは許してくれるでしょ。」



 そう言って悪戯っ子のように笑った。睡蓮さんのもとに相談に行くと、二つ返事で許可をくれた。星送りの日は例年規則が少し緩くなるらしい。大切な人と過ごすための日だから、と言っていた。締めくくりの花火が終わるまで、私たちはこの数ヶ月の間にあったことを沢山話した。まるで、離れていた時間を取り戻すように。



 *



 一週間後、無事に退院した八雲は翌日から復帰した。といってももちろん事務仕事からだ。それは私も同様なわけで、皮肉にも当分は一緒に過ごす時間が確保できるということだった。

 桜の木の下、定位置のベンチに腰掛けて空を仰いだ。空が高くなっている。秋特有の空にいつの間にか移り変わり始めていた。そして隣には、松葉杖を手にした八雲が腰掛けていた。



「ふふ、八雲さんが隣にいると変な感じがしますね。」

「しょーがないでしょ、さすがに骨折れてちゃ枝に座れないんだから。」

「代わりに私が座ろうかしら。たまには私がお花を降らせるのもいいかもしれませんね。」



 そう言うと八雲に腕を掴まれた。驚いて振り返ると、八雲は少し拗ねたような顔をして「ダメ」と言った。さすがにそれはずるいんじゃないだろうか。思わず笑みが溢れた。腕を掴む手はすぐに離れたが、八雲は微かにムッとしたままだった。



「冗談です。言ったじゃないですか、ずっと側にいるって。私から離れることはありませんよ。」



 その日から桜の下のベンチは新しい私たちの定位置となった。


挿絵(By みてみん)

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