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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第二章

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8 - 長期任務

 馬小屋で荷造りをする背中を見つけて、私はその人に駆け寄った。



「豪さん!」



 声をかけると豪さんは手を止めてこちらを振り返った。



「やぁ、真白ちゃん。」

「もう出発するんですか?」

「うん。もう行くよ。」

「これ、少し早いんですけどお祝いです。奥様によろしくお伝えください。」

「ありがとう!」



 豪さんは顔を綻ばせた。彼はこれから産休と育休のため故郷の村に戻る。お相手は飛鳥のお姉さんだ。彼女は飛鳥の死後まもなく退隊、豪さんと結婚した。首都に住んでいたのだが、今回出産のためにひと足先に里帰りしている。



「真白ちゃん、星送り前後の休みは?」

「分散してという形です。」

「単身者はそうなるよね……。もし日が合ったら遊びにおいで。皆歓迎するよ。」

「ありがとうございます。」



 飛鳥の故郷の村。あれ以来行っていない。今度皆で訪れるのもいいかもしれない。



「……最近、八雲さんとはどう?」

「え……。」

「最近周りがあの手この手で画策してるみたいだけど、気にすることないよ。」



 そう言って豪さんは苦笑しながら肩を竦めた。

 あの日、沙良に謝罪を受けた。あの日の出来事は第一隊の有志によって画策されたものだったらしい。周りが私たちのことを気にかけてくれるのはとてもありがたかった。けれどそれが裏目に出てしまっては意味がないと、彼らは猛烈に反省していた。



「真白ちゃんにもいろいろあるように、八雲さんにもいろいろあるからね。手っ取り早いのは二人が直接話すことだけど、それは周りが強要することじゃない。二人のタイミングでいいと思うよ。」



 そう言いながら豪さんは馬に跨った。



「ありがとうございます……!」

「じゃあまたね。」



 豪さんは片手を上げ、爽やかに去って行った。私たちのタイミング……か……。それはいつなんだろう。

 気づけば私が18になるまで半年を切ってしまった。夏が終われば秋が、そしてすぐに雪の季節がきて、雪が溶ければ……もういつその時がきたっておかしくない。こんなところで躓いている場合じゃないというのに。

 考えを巡らせながら隊舎に戻ると由楽隊長が書類と睨めっこしていた。



「おお、真白! 豪の見送りは終わったのか?」

「はい。お時間ありがとうございました。」

「いいって! あのときちゃんと話しておけばなんて後悔、お前らにはして欲しくないからな!」



 そう言っていつものように豪快に笑った。守護隊はこういった見送りにはとても寛容で、すぐに時間を作ってくれる。それはきっと先人たちが沢山後悔して、そして遺してくれた心遣いなんだろう。



「そうだ。しばらくはこの数値の集計、頼んだ!」



 そう言って渡されたのは隊内で持ち回りで担当している数値集計だ。確か週替わりだったはず。



「今真白以外に担当できるのが全員出払ってるんだ。」

「出払ってるって……。八雲さんもですか?」

「ん? 国境沿いの調査だよ。言ってあったろ?」

「あ……。」



 すっかり忘れていた。今回は定期巡回とは別に、国境沿いを侵されていないか、バレることなく侵入できる場所がないかを探るための調査だ。確か一ヶ月以上の長期任務だったはずだ。



「忘れてたな!? 彼奴らも可哀想に……!」



 あまりに気まずいので泣き真似をする由楽隊長を無視して自分の机についた。一ヶ月以上か……。理由ができてホッとしたような、複雑な気分だ。八雲が帰って来る頃には、きっと夏は残暑か初秋に変わっているだろう。その頃には八雲に向き合えるようになっているだろうか。

 ふと窓から見えた中庭のベンチが寂しげに見えた。もう久しくあそこにも座れていない。何をしているんだろう、私は。時間は刻一刻と過ぎていくというのに。……いけない。考え事をしていると、どうしてもネガティブになってしまう。私は慌てて由楽隊長から頼まれた書類に向き合った。


 その晩、夢を見た。懐かしくて、優しい夢だった。私はいつものように中庭のベンチでうとうとしていて、木の枝に八雲が座っている。いつものように花が降り注いで、顔を上げると八雲と目が合う。陽光を受けて輝く、緑の瞳とお揃いのピアス。そして優しい笑み。



『八雲さん。』

『ん?』

『どうしていつもお花を降らせるんですか?』

『内緒。』



 拗ねた顔をする私に、八雲はさらに優しく笑った。そんな何気ない、懐かしい日常の夢だった。翌朝、目を覚ますと頬が涙で濡れていた。



「限界……かしら……。」



 私は起き上がるとそのまま膝を抱えた。もう数ヶ月、仕事以外でまともに八雲と話せていない。寂しい。八雲が帰って来たら、きちんと話をしよう。そう心に決めて涙を拭った。



 *



 その報せが飛び込んで来たのは、帰り支度をしていたときだった。



「たっ、大変です!!!」

「!?」



 事務室のドアを破る勢いで開けたのは夏未だった。手には何やら紙切れが握り込まれている。驚いてその場にいた全員が咄嗟に立ち上がった。



「何事だ!」

「八雲さんが!」



 喉がひゅっと鳴った。心臓が途端に嫌な音を立てる。八雲は先日の長期任務から戻っていない。よりによって行っているのは国境最前線だ。



「八雲が何だ!」



 慌てて席を立った由楽隊長が夏未の肩を掴んで先を促した。



「本日昼過ぎ、野生の獣と揉み合いになって奈落の底に落ちたと……!」

「っ……!」



 ぐらりと眩暈がして思わずその場にしゃがみ込んだ。太陽の国との間には国境存在するが、物理的な線が引かれているわけではない。それは覗き込んでも底が見えないほど深い深い谷だという。それこそ、奈落と呼んでも過言ではないほどの。



「何を騒いでんだ! 意識がありゃ魔法を使えただろう!」

「それが、八雲さんは気絶していたそうで……!」



 胸の辺りをギュッと握り締めた。気絶していたら魔法は使えない。精神エネルギーと魔力を掛け合わせられないからだ。最悪な想像が一気に頭の中を駆け巡る。私はそのままキツく目を瞑った。

 八雲が死んでしまったらどうしよう。私のいないところで、手の届かないところで死んでしまったらどうしよう。私はきっとどこかで高をくくってたんだ。その場面(・・・・)まで八雲が死ぬことはない、と。



「っ……! 現地隊員は一時調査中止、捜索を主とするようにと伝令を飛ばせ! 緊急会議だ!」



 由楽隊長は大慌てで事務室を飛び出して行った。これから関係各所と相談して八雲捜索隊を結成、すぐ現地に派遣する流れになるだろう。私も早く会議に行かなければと思うものの、体の震えがひどくて上手く力が入らない。



「真白さん!? 大丈夫ですか。」



 異変に気づいてくれたのは沙良だった。



「沙、良っ……。」

「過呼吸になりかけているな。ちょっと触りますね。」



 私のすぐ側にしゃがみ込んだ沙良は軽く私を抱き寄せると、規則正しいリズムで背中を撫でてくれた。



「大丈夫ですよ。びっくりしましたね。そう、息を吐いて。上手です。そう……吐く方に集中して。」



 数分してようやく呼吸が落ち着いた。



「ごめんなさい……、ありがとう……。」

「いいえ。それより、早く僕たちも会議に合流しましょう。」

「ええっ……。」



 沙良に支えてもらいながら移動した会議室では怒号が飛び交っていた。総隊長もいるのが見えた。主に由楽隊長がヒートアップしているのが原因のようだ。

 どうやら八雲捜索隊を派遣するか否かで揉めているらしい。とにかく墜落場所が悪い。生きている保証がない上、もし八雲が対岸に渡ってしまっていたらそれはもう太陽の国の領地だ。



「今はなるべく太陽の国を刺激しとうない。」



 総隊長は顔を歪ませてそう言った。光属性のことがあるからだろう。でも八雲が死んでしまったら何の意味もない……! 私はヤケクソで叫んだ。



「私が八雲さんを捜索しに行きます!」

「!」



 その場にいた全員がこちらを振り返った。



「近頃は事務仕事が多く振られています。巻けば期日には間に合います。」

「メンバーはどうするんじゃ。」

「っ……。」



 言い淀んだ私の肩を叩く二人の手があった。



「僭越ながら、第二隊から聖と──」

「第四隊から百音が参加します。」

「聖……、百音……!」



 なぜここにという疑問を飲み込んで、私は総隊長に向き直った。



「ならん。一組四人が原則じゃ。」

「では僕が加われば完璧ですね。ね、総隊長。」



 沙良が私の隣に立って言った。



「沙良……。」

「第四隊もいるし、第二隊もいる。十分じゃないでしょうか?」



 そう綺麗に笑って見せるものだから、総隊長はやれやれと首を振った。



「期限は本日から三日じゃ! 見つからなければ打ち切りにして帰って来い。判断に迷えば、現地の調査隊に判断を仰ぐように。以上じゃ!」



 総隊長はそう言い放つと颯爽と会議室を出て行ってしまった。私は慌ててその背中を追いかけた。



「総隊長……!」



 総隊長は足を止めてもこちらを振り返ることはなかった。代わりに握り締められた拳が、微かに震えているのが見えた。そして総隊長は掠れた声で言った。



「八雲を頼む。」



 鼻がツンと痛んだ。親子同然の二人だ。総隊長だって何もかも放り出して今すぐ現地に向かいたいに決まってる。



「はいっ……!」



 私が必ず八雲を見つけて帰って来ます。そんな思いを込めて返事を返した。総隊長は振り返ることなくそのままその場を離れた。


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