7 - 花束
夏がきた。今年も既に茹だるような暑さだ。八雲とはまだ話せていないままだった。きっかけももちろんなかったが、拒絶されたらと思うと怖くて足が竦んだ。
「真白さん。」
隊舎の廊下を歩いていたときだった。私を呼び止めたのは後輩の沙良と夏未だった。三歳年下の彼らはなぜか知り合った当初から私を慕ってくれている。
沙良は第一隊にはあまりいないタイプだ。外見も仕草も知的で大人っぽくてスマートで、一目見た瞬間にこれはモテるなと分かる。夏未は体格の良さも相まって、大型犬のようだなといつも思ってしまう。
「明日は休みだと思うんですが、空いてますか?」
「空いているけど……、どうしたの? 沙良。」
「買い物に付き合っていただけませんか? 知り合いの女性に贈るプレゼントで悩んでまして。」
「……彼女とかではないわよね?」
「そんな無粋なことはしませんよ。」
さすが沙良だ。沙良ならその辺りは心配しなくとも上手くやるだろうと確信できる。とはいえ、確かに異性相手では何を贈っていいか悩むだろう。
「私でよければ付き合うわ。」
「ありがとうございます。」
まさかこれが第一隊の有志が企てた作戦だとは、夢にも思わなかった。私は沙良と待ち合わせの詳細を決めてその場を離れた。
*
翌日、宿舎の前で沙良と合流して市街地に繰り出した。
「てっきり夏未も来るのかと思ってたわ。」
「あいつは先約があるそうで。」
「そうなのね。」
こうして並んで歩いていると沙良の外見の良さに改めて驚く。背は八雲より高いだろうか。八雲も綺麗な顔をしているが、沙良はまたベクトルが違う綺麗な顔をしている。サラサラと靡く髪が彼の美しさをさらに引き立てる。これはやはりモテるだろうな。その手の話にあまり敏感ではない私だが、さすがにそのくらいは分かる。
「それで、何のプレゼントなの? お誕生日とかかしら。」
「明確なイベントではないんです。何だか最近元気がないようなので、元気を出してほしいなと思いまして。」
「さすがね……。」
さすがとしか言いようがない。これがモテる人間なのか。とはいえ、元気を出してほしいときの贈り物か。確かにこれは悩ましい。
「よくあるのはお茶やお菓子だけど、気落ちしているなら食べ物が喉を通らない可能性もあるのかしら……。でも日持ちするものならあまり負担じゃないかしら……?」
うんうん悩みながら首を傾げていると、不意に沙良が吹き出した。
「ははっ。いえ、失礼しました。あまりに真剣に悩んでくださるものだから、つい。」
そう言って笑った。その笑顔に思わず見入ってしまう。沙良が笑うのを見るのはもちろん初めてではない。けれど、こんな風に屈託なく笑う姿を見たのは初めてだ。綺麗だけど、なんて愛らしく笑うんだろう。つい私まで笑顔になってしまう。
「もう少し歩きながら探しましょう。」
そう促されて歩みを進めた。
「その子の好みは分かるの? 何かいい候補はないかしら。」
「好みか……。」
沙良は片眉をくいっと上げ、顎に手をやった。
「彼女、なかなか分かりにくくて……。」
「そうなの?」
「分かりにくいというか、あまりこれといった好みの主張がないんですよね。」
「そう……。」
好みが分からないとなると、難易度はぐっと跳ね上がる。百音なんかは女の子らしい物が大好きなので、非常に分かり易くてありがたい。そんな子が相手なら、きっとなんだって元気の足しになるのに。
「年齢は?」
「僕たちと同年代です。」
「同年代……。」
恋愛関係じゃないとなると、変な物を贈ってもいけない。これは、意外と難易度が非常に高いのでは。相談相手は本当に私でよかったんだろうか。
「ちなみに真白さんは、何をもらったら元気になります?」
「私は……。」
食べ物ならスイーツがいい。甘味は堪らない。あとはなんだろう。やはり言葉や気持ちだろうか。それとも……。
「あ……。」
パッと閃いて思わず笑顔になる。沙良は答えを促すように、笑顔のまま小首を傾げた。
「お花がいいわ。」
「お花……。」
沙良はきょとんとした後、少し吹き出してから優しく笑んだ。
「お花ね、お花。」
「見ているだけで元気にならない?」
「いいですね。食欲がなくても負担にならない。花屋も見に行ってみましょう。」
沙良に促されて、私たちは花屋も見てみることにした。わざわざ見たことはあまりなかったが、こうして見ると花にもいろいろな種類があることに気付かされる。
「プレゼント用ですか?」
店先の花を眺めていると、奥からエプロンをつけた女性が顔を出した。
「ええ。知人の女性に。」
「お相手のイメージで選んだり、メッセージを込めるなら花言葉で選ぶのがオススメですよ。」
「そうなんですか……?」
「はい。色や本数で意味合いも変わってくるので、意外とお花を贈るのって奥が深いんですよ。」
知らなかった。知っている花であれば魔法で出せてしまうし、人に花を贈ったことがないものだからそんな考えがなかった。墓前に供える花は、何となく白い花ばかりを選んでいた。そんな私に気づいてか、沙良は柔らかく笑んだ。
「真白さんはどんな花が好みですか?」
「私……?」
好きな花なんて考えたことがなかった。眉間に皺を寄せて首を傾げる。花は全部素敵だし、全部好きだ。
「ははっ、あなたは本当に素直な人だ。感情が全部顔に出ていますよ。」
「えっ……。恥ずかしいわ……。」
「うん、一つ花束をお願いしましょう。真白さん、少し待ってていただけますか?」
「えぇ。」
店先に並んだ花を眺めていると、しばらくして沙良が花束を抱えて店から出てきた。まるで王子様だ。花束は柔らかなピンクやオレンジ、白でまとめられていた。温かくてそれでいて華やかな素敵な花束だ。
「お待たせしました。」
「いいえ。素敵な花束ね。」
「彼女のイメージにぴったりです。」
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか。」
目的は果たした。宿舎に向かおうと踵を返した私を、沙良が呼び止めた。
「もう一件付き合っていただけませんか?」
「もう一件?」
「今日のお礼をさせてください。」
「お礼なんてそんな……。」
「気に入ってるカフェがあるんです。ケーキが美味しいですよ。」
そう言われて私は口を噤んだ。沙良は綺麗に笑うと私を促した。ケーキの誘惑にまんまと負けてしまった。カフェまでの道中、花束を抱えた沙良の隣を歩くわけだが……、周りの女性からの視線が痛い。ただでさえ容姿が目立ちやすいのに、その上花束を抱えていては注目の的だ。
カフェは首都の反対側だった。守護隊関連の施設近辺しか出歩かない私からすると、あまり来たことがない辺りだ。カフェは繁盛していて、私たちはテラス席に案内された。
「この辺り、初めて来たわ。」
「僕と夏未はこの辺りの出身なんです。味は保証しますよ。」
通りで洗練された容姿をしているはずだ。首都にはもちろんいろいろな人が住んでいる。だがこの辺りの土地柄といい、沙良の身なりといい、家柄が良いことは明白だ。
「さぁ、食べましょう。」
運ばれてきたケーキはミルクレープだった。フォークを入れたときの感触がもう堪らない。口に運んで、やっぱり笑顔になってしまった。
「美味しいわね……。」
「ははっ、そんなに幸せそうな真白さん、初めて見ました。」
「ふふ、それだけの魅力があるってことね。」
「お口に合ったようでよかったです。」
ケーキを食べ終え、今度そこ宿舎へと戻った。宿舎まではなかなかの距離だった。帰り着く頃にはすっかり日は傾いていた。
「真白さん。今日はお付き合いいただきありがとうございました。」
「いいえ。こちらこそ、美味しいケーキをありがとう。お花、喜んでもらえるといいわね。」
沙良は一瞬花束に視線を落とした後、優しく微笑んだ。かと思うと顔を上げて真っ直ぐにこちらを見つめ、そして花束を差し出した。
「……え?」
きょとんとする私に笑んで、沙良は「真白さんに。」と言った。
「私……?」
「最近元気がなさそうだったので、元気を出して欲しいなと思いまして。」
「わ、私のことだったの……?」
まんまとケーキまでいただいてしまったことに気がついて、改めてさすが沙良だなと感心する。いや、そうじゃない。
「後輩に気を遣わせるなんて……。」
「それだけ僕らが真白さんを慕っているってことですよ。」
「……ありがとう。」
花束を受け取ると花の良い香りが鼻腔をくすぐる。思わず笑みが溢れた。こんな風に気にかけてくれる人がいるなんて、なんて幸せなんだろう。
改めてお礼を言おうと顔を上げた瞬間、視界の隅に彼の姿が写った。思わずはっと息を飲んだ。沙良が振り返ったのと、彼がこちらに歩いて来たのはほぼ同時だった。どうやら向こうも丁度帰って来たところらしい。
「八雲、さ……。」
自分でも驚くほど掠れた声だった。聞こえなかったのか、八雲はこちらに見向きもせずに私たちの脇を通り抜けて宿舎へと入って行った。……どこから見られていたんだろう。私は花束をギュッと抱いて顔を俯けた。何も悪いことはしていないのに、まるで責められているかのような気分だった。沙良が眉尻を下げたことに、私が気付くことはなかった。




