6 - 嫉妬?
「随分賑やかになったのぅ。」
総隊長は執務室をぐるりと見回してポツリと言った。今日は私、八雲、進先生の他に百音と聖も参加している。国家機密だというのに、そこそこの大所帯になってしまった。
「すみません……。」
「別に怒っておるわけではない。良い友ができたことを誇れ。」
「……ありがとうございます。」
「さて、本題に入るとするかのぅ。」
総隊長が襟を正すと部屋の空気がピリリと引き締まった。
「百音と聖も真白から話は聞いておるな?」
「はい。」
「うむ。光属性についてじゃが、その詳細は伝わっておらん。」
「……術者が途絶えている以外にも、何か理由がありそうですね。」
「そもそも光属性の使い手が途絶えた時期すら分かっておらんのじゃ。」
これには全員が首を傾げた。総隊長をもってしても、こんなに分からないことだらけなことがあるのだろうか。
「儂も何もかもを知っておるわけではない。」
「何もかもを知ってるのは、国王だけってことですか……。」
進先生がそう言うと、百音が思い出したように「あ」と呟いた。それを聖が静かに睨みつけ、さらにそれを見つけた進先生が眉間に皺を寄せて少し頭をかいた。当の百音はえへへと笑っていた。
月の国には国王がいる。実質的な運営を守護隊が担っているせいで錯覚しそうになるが、長は総隊長ではなく国王だ。
「全ては国王の手中じゃ。」
総隊長は忌々しそうに顔を顰めた。私は正直、驚きを隠せなかった。普段表に出ずひっそりとしている国王が、まさかこんな場面で登場するとは思いもしなかったのだ。
「出生記録から真白の家系を洗ってみたが、光属性の使い手の家系ではなさそうじゃ。といっても、二周目ではという話じゃがな。もちろん儂と八雲も違う。」
「光属性について分かっているのは、時間を止めることができること、理論上戻すことも可能なこと、膨大な生命エネルギーを消費すること……だけですね……。」
「これじゃ埒が明かないな……。一旦他の線から考えた方が良さそうですね。」
「そうじゃな……。」
三人の発言を受けて、百音はおずおずと「あの──」と手を挙げた。異色のメンバーに萎縮しているんだろう。普段よりかなりしおらしい。
「ずっと気になってたんです。そもそもどうして太陽の国に攻め入ったのかなって……。」
以前百音から同様の質問を受けたが、好機と見たのか譲れない何かがあったのか、結局その理由は思い出せずにいた。百音は続けて言った。
「もしかしたら、太陽の国で光属性の使い手が見つかったからじゃないかと思って……。」
「!」
その場にいた全員が息を飲んだ。
「あり得ない話じゃねぇな……。」
「総隊長と八雲さんまで出撃してるとなると、むしろその線はかなり濃厚かもしれませんね……。」
「確かに太陽の国と衝突した時、明らかに消耗していました。なのに進軍した…。相当切羽詰まっていたのかもしれません……。」
私たちは思わず唇を横に引き結んだ。恐らくその場にいた全員が同じことを考えていた。戦況を一転できてしまう光属性の使い手の発見。それはこの戦いが拡大する要因として十二分過ぎる。もし本当にそうなら、太陽の国より早くその使い手を見つけ出さなければならない。
「太陽の国への潜伏は?」
八雲が総隊長に視線を向けて鋭く突っ込んだ。
「第二隊から数人おる。目立った動きがないかの確認目的じゃったが……、光属性の使い手の捜索も行わせよう。」
第二隊はそんな任務まで行っていたのか。聖に目配せすると、聖は黙って頷いた。そんな任務があるなんて、あまり公にはなっていない。
「国内でも進める必要がありますね。」
「そちらは第一隊に行わせよう。」
「はい。」
光属性魔法といい、太陽の国への潜伏といい、今まで公にならなかった事柄が多過ぎる。国を揺るがす事態に向かっていることが手に取るように分かる。自分の発言が端を発していると思うと、恐ろしくて堪らなかった。私は膝の上で両手の拳を強く握り締めた。
*
執務室を出る頃にはすっかり日は暮れていた。私たちは月桂樹の丘に向かうと、飛鳥の墓前で食堂に寄ってもらってきた食べ物を広げた。
「真白、大丈夫?」
百音の問いに顔を上げる。百音は私をジッと見つめていた。首を傾げると、百音は軽く溜め息を吐いて眉尻を下げた。
「顔色悪いよ。」
「……目の前で事が大きくなっていくのが怖くて。分かっていたはずなんだけど、いざとなると……。」
「うん……。なんていうか、急に実感わいてくるっていうか……。」
「自分たちが首を突っ込んだことがまさかっつーのはあるよな……。」
総隊長は光属性について情報を開示するよう国王に掛け合うと言っていた。それに関連する情報が他にないか確認するとも。
私たちだけで頭を悩ませていたときより、遥かにマシのような気がする。だけど問題は解決するどころかさらに深刻さを増している。私は本当に守りたいものを守り切れるんだろうか。ふと飛鳥の墓標に目を向けた。飛鳥がここにいたら何て言うだろう。
──『大丈夫や! 真白は独りやない。俺らもおるしな!』
そう言ってニカッと笑ってくれただろう。あれから何年も経つのに、容易く想像できてしまう。胸が温かくなって、思わず笑みが溢れた。そんな私に気付いてか、百音と聖は顔を見合わせると肩をすくめて笑った。
「うちの元気印には敵わなねぇな。」
「本当、イマジナリーでも人を笑顔にできるってすごすぎ!」
「何言ってるの、二人も側に居てくれるでしょう? ずっと側に居てね。」
「ったり前だろ。」
「もう、真白ったら可愛いんだから!」
三人でワイワイしていると訓練所時代に戻ったようで安心する。私をぎゅうぎゅうと抱き締めていた百音がふと体を離した。
「ってそうじゃなくて! 八雲さんのこと!」
体がびくっと反応してしまった。
「さっきもお互い気にしてるの丸分かりなのに、何か雰囲気変だし! ……第四隊でも噂になってる。何かあったの?」
「第二隊でも。」
思わず顔を俯けた。あれからなかなか時間を作れなくて、二人にはまだ話せていなかった。顔を上げれば暗闇の中、丘の上の月桂樹とベンチが見えた。あれから二ヶ月も経ってしまった。
「八雲さんに……お前が好きなのは『一周目のときの八雲隊長』なんじゃないかって、言われたの。」
「……。」
「……。」
思い出したら泣いてしまいそうだ。そんな私をよそに、二人は顔を見合わせた後、盛大に溜め息を吐いた。
「もう何それ!? 真白はなんて答えたの!?」
「上手く……答えられなくて……。」
「上手くなんて答えなくていいのに! そのまんま言ったらいいだけよ!」
「そのまんま……?」
確かに私は八雲が好きだと伝えたはずだ。この想いをありのまま渡してしまえたらと、そう思っていた。けれど八雲は『俺に関係ある?』と言ったのだ。振られたも同然だ。
「それって、八雲さんは八雲隊長を別人だと認識してるから八雲隊長に嫉妬してるだけだろ。」
百音がその通りだと言わんばかりに全力で首を縦に振る。嫉妬……? あの八雲が……?
「真白が好きなのは確かに八雲隊長なのかもしれない。でも八雲隊長だけが好きなわけじゃないでしょ?」
「私……。」
二周目の八雲との思い出だって沢山ある。築いてきた絆があると信じてる。
「私、八雲隊長も八雲さんも好き。だって一周目の私も二周目の私も、全部引っくるめて私の想いだもの。」
「うん!」
「さっさと告白すりゃ済む話だろ。」
「あんたはまた!」
「ったく、痴話喧嘩じゃねぇか。」
聖は肩をすくめて食べ物を口に運んだ。
「早く仲直り……でいいのかな。できるといいね!」
「……ええ。」
正直、二人に背中を押してもらっても気分が晴れることはなかった。だがいつまでも暗い顔をしているわけにもいかない。私はやっと食べ物を口に運び始めた。そんな私を横目に、百音は聖に小声で声をかけた。
「この感じだと八雲さん、真白が先に進先生に相談したことにも嫉妬してそうじゃない?」
「ぶっちゃけしてると思う。」
「焦ったいなぁ〜もう!」
しかし八雲と会話するきっかけが掴めないまま、さらに数日が経過してしまった。いつの間にか梅雨は開け、本格的な夏が近づいていた。




