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チャプター38

〜ドナーガルテンの街 長老の屋敷前〜



 三日後、この日は鍛冶屋と約束した武具の仕上がり日だった。前日のうちから待ちきれないと言った様子の男二人は、夜もあまり寝られなかったようで、朝日が昇るのを待って、真っ先に飛んで行った。そんな時間に行ってもまだ出来ていないかもしれないというのに、そんなエルリッヒの忠告などまるで聞く耳を持たない様子だった。

 一方のエルリッヒはといえば、さすがにそのノリにはついて行くことができず、同行を求められたが断った。

 それならば、普段できない朝の惰眠を貪ったり、旧友に会いに行ったりしたほうが有益である。どのみち、強化された装備品については、夜にでも自慢げに語られるのに違いないのだから。

 バタバタと宿を出て行ったその足音を耳にしながら、今一度布団をかぶり、眠気に身をまかせるのであった。



 そんな朝の一幕から数時間、今いるのはギルドの総本山とも言える、長老の屋敷である。特に目的はないが、長老と昔話がしたくなったのだ。

 竜人族の中にはエルリッヒのことを覚えているものも多く、当然彼らは人間族でないことを知っている。だが、それ以上のことは気にしないのが種族特有のおおらかさでもあった。

 それでも、秘密を知っている数少ない面々と話す時が、一番気兼ねなく振る舞えるのだ。今の時点で秘密を知らないものには、たとえ相手が旧知の仲であったとしても、「街を救った桜色の巨竜」の正体がエルリッヒであるとは、知られてはならない。

 そんな面倒な事情を抱えているため、気兼ねなく話せる存在の一人である長老の元を訪ねていたのだった。

 しかし……

「ダメです」

 この旅二度目の来訪は、入り口の番兵によって阻まれてしまった。今日はこの間とは別の人物、そしてもちろん人間族だ。これは困った。

 この前の人物であれば融通も利くかもしれないが、誰がどう見ても今のシチュエーションは「街の要人に約束なく会いに来た小娘」である。通してくれる道理がない。大階段を前に、頭を抱えることになってしまった。

「どうしても?」

「どうしてもです」

 そして、眉一つ動かさないこの番兵は頑固だ。つまるところ職務に忠実、ということに他ならない。だからこそ、無茶をするわけにも行かなかった。この間のような荒事は、できれば避けたい。

「じゃあ、どうしたら入れてくれるの?」

「えっ。えーと、それはですね……」

 急に番兵がうろたえた。きっと、こういう質問をされることはないのだろう。想定していなかった質問に、必死に答えを探していた。

 こうなってくると、今度はどんな答えが返ってくるのかと楽しみになってくる。思えば、エルリッヒは長老に会うための正式な手順や資格など全く知らない。一体どうすれば文句を言われずに会いに行けるのだろうか。ここを通してもらえるのだろうか。

「まず、ギルドで戦士として登録して、最高ランクまで上がってください。そうすれば、ギルドの運営会議に参加する権利を与えられます。他には、ギルドで本部職員になるか、長老様のお世話係の募集が時々ありますので、お世話係になっていただくのも一つです」

「うへっ」

 戸惑っていた割にはすらすらと言葉が出てくる。きっと、こういう質問への受け答えも練習はしていたのだろう。しかし、大手を振って長老と会うための手段というのは、なんと面倒なのだろうか。これでは滅多なことでは会えないではないか。

「じゃあさ、ギルドの最高ランクって、何人いるの? 年間どれくらい昇格してるの?」

「歴代で十人くらい……だったかな。魔王がいなくなって以来平和になったんで、ここしばらくは昇格者が出ていないようです」

 おそらくはあまり詳しい情報は聞かされていないのだろう。答えが怪しくなってきた。しかし、歴代で十人くらい、ここしばらくは誰も最高ランクに上がっていないと聞かされては、黙ってなどいられない。

「ねえ、それって実質空位ってことじゃないの? どうせ、現役の人なんてみんな竜人族の人たちでしょ? 意味ないじゃん。じゃあ、長老のお世話係ってのはどのくらいの頻度で募集してるの?」

「えーっと、確か、前に募集したのが、十二年前とかそれくらいだと聞いています」

 こちらも予想通りの回答だった。竜人族として長い年月を生きる長老の身の回りを世話するのだ、同じ竜人族の方が勝手がいいに決まっている。そして、仕事内容は想像の域を出ないが、給金は高いはずだ。そうそう頻繁に人が入れ替わるものではない。

「じゃあさ、どうやったら会えるの?」

「ですから、それは今お教えした通りで……」

 これではラチがあかない。長老に会える人物は数限られており、その資格を新たに得るのは現実的ではない。結局のところ、自警団のリーダーのような立場から始まった長老の立場はは、この百年でこれほどまでに大きくなってしまったということなのだろう。嬉しくもあり、寂しくもある事実だった。

 番兵はしつこく食いさがるエルリッヒに半ば呆れた様子で質問を投げかけてきた。

「大体、長老様はこの街とギルドの、ひいてはこの国の要人なんです、あなたみたいな娘さんがどんな用事だというんですか」

「どんな用事って、お茶でもすすりながら昔話に花を咲かせるんだけど」

 そう言ったエルリッヒの顔があまりに自然だったからか、番兵は驚きを隠せないでいた。どこからどう見ても、長老に縁のある人物には見えない。だが、口ぶりからは顔見知りであり旧交を暖めに来たということがわかる。当然、そのような話を鵜呑みにすることはできず、信用することもできない。

 よしんばそれが事実であったとしても、資格なき者を通さないのが仕事なので通すわけにはいかないのだが。

「娘さん、ちょっといいでしょうか。そのような話を信じろと言われても信じられないですし、資格を持ち得ていないことは事実ですよね? そうなりますと、どうしてもお通しすることはできないんです。残念ですが、お引き取り願えませんか?」

「これだけ説明してもダメなの? ケチ臭いこと言わないで、通してくれてもいいじゃん。なんなら丸腰なのを確認する?」

 両腕を天に向けて伸ばし、くるりとその場で回ってみせる。確かに丸腰なのは伝わるのだが、これで屋敷に入る資格が得られるわけではない。何の意味もないことは、エルリッヒ自信が一番よくわかっていた。

「あなたが長老様に危害を加える気がないのはわかってますから。それでも、これは決まりですし、一存で通すわけにはいかないこと、どうかご理解ください」

「じゃ、じゃあ、中で通してもいいか聞いてきてくれたら? それなら直々に許可されるかもよ?」

 と、提案しておいて、それでは短時間でも職務放棄をさせてしまうことに気がついて、ついつい口を手で押さえてしまった。無茶を承知ではあったが、これでは確実に却下されてしまうだろう。

「ですから、ここを離れるわけにはいか……!」

 そう言いかけたその瞬間だった。突如として辺りに轟音が響いた。

「なっ!」

「何がっ!」

 二人は揃って音のした方を向く。すると、商店の連なる一角から煙が上がっていた。爆発だろうか、嫌な予感がする。この街に錬金術士はいない。不審者なのか他国の侵攻なのかはわからないが、一刻も早く行かなくては。逸る気持ちが湧き上がってくる。

「ちょっと、行ってくるから! 長老がいたら私のことを伝えといて!」

「あ、ちょっと!」

 番兵は長老の警護があるためにこの場を動くことはできない。ましてこのような時にはなおさらである。それを汲んで番兵の分まで気持ちを背負って現場へ駆け出そうとするエルリッヒの足を止めるような声が響き渡った。

「長老! お待ちください! 何も自ら出向かれなくても!」

 この声は大臣だ。そして、長老? 長老がここにいるというのか。ならば、渡りに船だ。駆け出したい衝動を抑え、事態を見守る。

「ええい、離さんか! 何が起こっているのかわからぬ以上、有事も想定せねばならんのだ!」

「なればこそでございます! 御身に何かあってからでは遅いのです! どうかお戻りください!」

 長老が大臣の制止を振り切って降りてきた。かつての勢いそのままに、あの大階段を駆けている。右手に握られた剣も、かつて多くの魔物を屠ってきた逸品だ。年を取ってもその姿が放つ心強さは変わらない。

「このような時に街の長がのうのうと玉座に座っておられるか! おい、そこの番兵!」

「は、はい!」

 大階段を降り、目に飛び込んできた番兵に声をかける。突然のことに番兵の声は上ずっていた。一介の兵士が長老に声をかけられることなど、ありえないからだ。ギルドに勤める者にとって、これだけでも大変な栄誉だった。

「そなた不審者がいたら遠慮なく捕縛せよ! それから、逃げ惑う者がいたら遠慮なく正殿を解放せよ! 民を守るのだ!」

「は、はい!」

 これが長老という人物だった。自ら前線に飛び込み、魔物と戦うのは、戦士としての本分というだけではない。街を守るのはライフワークみたいなものだった。

「それとそこの娘、危ないから……エ、エルリッヒ様!」

「い、今気づいたの?」

 気を張っているからか、目の前にいるエルリッヒに気づかなかった。だからか、目の前の娘がただの小娘ではないと気づいた時、その驚きは何倍にもなった。

「な、なんでこのような場所に!」

「いや、長老に会いに来たんだけどそこの職務熱心な番兵さんに止められちゃって」

「ほ、本当に長老様のお知り合いだったんですか! こ、これは失礼しました!」

 それ自体は職務熱心なことの証だから咎める理由にはならないが、心配になってしまうのは無理からぬことだった。

 こんな緊急事態だというのに、つい足が固まってしまう。

「そんなこと、今はいいから! 街の人たちのこと、お願いだよ! 長老も、気づかなかったことなんか今はどうでもいいから、早く行こう!」

「そうでしたな。それじゃあ、頼んだぞ!」

 話は道すがらすればいい。あまりに図体の違う二人は、それでも足並みを揃え、煙の立ち上る場所へと駆けて行った。




〜つづく〜

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