第96話 小笠原冥
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エンペラーホテル・スイートルーム。
かつて日本が経済的に世界の覇者となったバブル期を思い出させる豪華絢爛なホテル。
その最上階に位置するVIP専用の部屋は、特別な階級の人間以外は立ち入ることさえ許されていない空間である。
VIPルームのリビング。
その中央に、質素なようで上品なドレスに身を包んだ少女が椅子に座って静かに佇んでいた。
周囲には彼女の他にもう一人、制服姿の女子中学生の姿があった。
「霞。こちらへ」
「はい」
凡そ高校生とは思えぬ知性と胆力を兼ね備えた雰囲気を醸し出す少女・三好霞は、彼女の主であろう威厳のある少女の前へと進み出る。
胸のワッペンには小笠原の紋章が刻印された漆黒のブレザーは、明らかに通常の学生とは異なる特別な空気を身につける者に与えていた。
それを身につけるということが許された上級人間・三好霞は、まるで中世の騎士が主君の目の前でする作法のごとく、ドレス姿の少女の目前でひざまずいた。
「ご機嫌麗しゅうございます、唯一無二の小笠原様。わたくしめに何なりとご命令を」
「ごきげんよう、霞。先般、私の臣下に加わったばかりですが、あなたの力は大したものです」
「あなたは自らの努力により、わたくしの世界へと入ることが許された身です。その努力、新世界の磁場をものにしたたぐいまれな才能、選ばれた者のみが潜り抜けられる魂の浄化を経たあなたはわたくしの臣下にふさわしい。期待していますよ」
「霞、こちらへ」
小笠原冥は手招きするしぐさをすると、霞をすぐそばまで来させた。
「あなたの努力とわたくしへの確かな忠誠心を称え、少し早いかもしれませんが、この場を借りて“盟約の儀”を授けます」
冥は自らの手首をもう片方の指でなぞる。
すると、なぞったところから鮮血が流れ出た。
それを自らの口に含む。
小笠原冥は椅子から立ち上がり、霞の元へと寄り添い、霞の顎に手を添えた。
次の瞬間、冥は霞に口づけをし、自らの血を彼女に飲ませた。
それからゆっくりと、冥は霞から唇を離していく。
直後、冥は手首の傷を再び上からもう片手でなぞった。
すると、傷は跡形もなく消え、出血も一瞬で止まった。
「これであなたは完全なるわたくしのもの。これからはわたくしを名前で呼ぶことを許します」
「あっ、ありがとうございます!!!冥様!!!!」
ただでさえ異様な自信を瞳に秘めた少女の表情は見る見るうちに歓びへと変わり、赤く染まった頬を歓喜の涙で濡らしていった。
同時に、彼女は一瞬で少女らしからぬ大人の色気を醸し出すようになった。
それからしばらく間をかけて、冥はやや重い口調で霞に語り掛け始めた。
「・・・少し前に新世界での一件はあなたにも説明したことがありますね?」
冷たい雰囲気で厳かに話す冥の言葉に、霞ははっきりと、かしこまった口調で答える。
「はい、新世界で処理される予定だった“駒”1名が現地研究施設より脱走。その後、行方をくらましたという一件ですね」
「その通り。あなたにはそこまでしか説明していませんでしたが、その“駒”とは我が小笠原財閥が管理していた人物です」
「そして、その“駒”だった“勇者”、いや、“少年”がどうも新世界で力を蓄え、この世界に帰還した可能性があります」
冷静沈着な霞の顔にわずかだが困惑の表情が浮かぶ。
「それはどういうことなのでしょうか?」
「数時間前、新世界から3回にわたり、何者かが数名、この世界に転移してきた痕跡があると報告がありました。一回目に来たのは正体不明のグループ数名で、認識疎外の術を駆使していたので正体はわかりません。2回目に来たのは2名で、こちらも同様に何らかの魔術を駆使していたため正体はわかりません。そして、問題なのは3回目に転移してきた者」
「・・・まさか!」
「そうです、“彼”がこの世界に帰ってきたのです」
「あの“少年”はもともと引きこもりの身で家族からも見放されておりました。故に、この世界での価値なき存在とみなされ、新世界での役割を与えたうえで我々の役に立つという名誉を与えられたのです」
「“彼”は新世界での開拓で成果を上げてくれました。ただ、余計なことを知ってしまったりしたので、現地監督者の判断により、“生まれ変わりの門”を潜らせることになりました」
「・・・が、“彼”は“幸せな世界へと転生する直前の最終調査”で選別石に触れた際、自らに眠っていた力を覚醒させたようなのです。最近までこの事件は一部の殿上人以外には情報開示がなく、分析に時間がかかっていましたが、数日前にようやく実態を解明できました」
「大変遺憾ですが、“彼”は我々に準ずるくらいの力を手に入れたようなのです」
「それは大変なことです!しかし、小笠原様、いえ、冥様直ちにそやつを始末しなければ」
「いいえ、それほど気を張る必要はありません。“彼”の戦闘能力はまだまだ未熟。我々に及ぶ性質のものではありません」
「ただ、わたくしは感じるのです。“彼”は私に復讐をしに来ると・・・。それも、おそらく今日の式典会場で」
「小笠原様、いえ、冥様!どのようなことがあっても、わたくしめがあなたをお守りいたします!!」
「わたくしのことは心配ありません。ですが、“彼”がどれほどの成長を遂げたかは不明確な部分があります。万が一のことを常に考えておくようにしてくださいね」
「御意に。唯一無二の冥様」
跪き、深々と臣下の礼をとる三好霞。
“新世界で成り上がった処分予定品。下等な分際で冥様の宸襟を悩ますなんて許せない!!!もしこの神聖な空間に足を踏み入れたなら・・・・。必ず!!!!!”
これから来るであろう侵入者への憎悪をあらわにする霞。
その表の表情はいたって冷静、そして、すべての苦痛から解放された恍惚に満ち溢れていた。




