第94話 山手線車内
夜の東京。
俺はひたすら上野公園内を足早に歩いて上野駅へと急ぐ。
さっきみたいな変なのとまた遭遇するのは正直骨が折れる。
早いとこ小笠原のいるホテルへ行かないと・・・。
人通りは少ない。
俺は知らないが、この東京もここ20年間で変わったという話を小学校の時からちょくちょく聞いていた。
親もそうだったが、要は自由気ままにできる金がないのだ。
引きこもり中だったころの俺も夜中にこっそりコンビニに行くくらいのことはしていて、たまに街中に行くこともあったが、そのころから首都であるにも関わらず、人通りはまばらになっていることが多かった。
みんなまっすぐ家に帰り、夜に飲みに行ったりする人は少なくなったとか掲示板でよく見た。
金は飢えと孤独から自由にしてくれる。
そうではないと建前論を主張する宗教家こそがそれを証明している。
信者にはお布施だので大金を巻き上げ、自らは銀座や祇園で豪遊三昧。
信者が苦しみを訴えても肝心な時に理不尽に追い返す傲岸不遜さ。
救ってほしけりゃ金払えと言わんばかりのカルトの悪逆非道の態度。
この世は金がすべてであるということ、金こそが人を自由にしてくれる唯一の存在であることは宗教家とかカルトの連中の存在がまざまざと証明している。
そんなことを考えているうちに上野駅に着いた。
俺は懐に小さく折りたたんだ状態の袋にうまく手を突っ込んで念じながら、日本円の小銭を取り出す。
実のところ、この袋はクソ女神ミーシャに与えられたものではあるが、正確にはスペアである。
冒険で使ってたやつはいつの間にか無くなっていた。
あの時・・・、アミさんを助けようと回復系のアイテムを袋から取り出そうとした時、いつも袋を入れてあるポケットからそれは無くなっていた。
どこで失くしたかは分からない。
どこかに落としてしまったのかもしれないが、あの2名、カズオとヒデキ。
あの二人が俺の気づかぬうちに取りやがった可能性も考えられる。
そんなこんなでなくしたと思っていた袋は、実は空のやつがもう一つあることを忘れていた。
たしか、スペアとして袋は2つ渡されていたことを思い出したのはダークゴブリンの老人宅に着いて以降だった。
こいつは腰のベルトに付けた革製の簡易ポーチの底に折りたたんで入れておいたため、ずっと忘れていたのだ。
まあ、不幸中の幸いとでもいうべきか、これはかなり役立ってはいるのだ。
だが、決して感謝はしない。
してたまるか!!!!!
アミさんは今頃どうしているのか・・・・・・。
恐らく囚われの身か、あるいはあの研究所の雰囲気やそこにいた妙なジジイどもの発言から、口外できないような実験の材料にされている可能性が高いと、思いたくもなくても頭の中で推測が自動的になされてしまう。
必ず助け出さないと・・・・。
でも彼女が今どこにいるのかは当然ながら分からない。
あの研究所にそのまま囚われている可能性が最も高いが、もしかしたらこっちの世界へと戻されているかもしれない・・・。
もう何でもありの世界のことだ。
想像すればするほど頭がおかしくなりそうで、今まで常識と思っていたことがすべて覆されていくから、時に常識の範囲でものを捉えるのが難しくなってしまう。
上野駅構内に入る前に、念のため、電子機器に音声と姿が録画されない魔法を自分にかける。
本来は気配を消して弱いモンスターが近づいてこないようにする魔法と、姿を消す魔法をブレンドしてアレンジし、無機質な機械にも視認及び音声の録音ができないようにしたのだ。
防犯カメラに記録されると厄介だからな。
もっとも、すでにバレている可能性が高いから意味はないだろうが、気づいた今からでも少しはリスクをヘッジしないとな。
俺が頻繁に使う既存の魔法を混ぜてアレンジするやり方は、ダークゴブリンの老人宅で俺が学んだ魔導書に書かれてあった。
この魔法はレアな古代魔法らしく、単体、または複数の呪文を融合させたりして、既存の魔法を自分の思うようにカスタマイズできるものだった。
最も、通常よりもより豊かな想像力が要求され、習得のハードルが高かったが何とかギリギリできるようになった。
磁場のおかげで努力し続ける能力はとても向上し、復讐心からくる気力と相成って魔法の覚えは我ながら驚くほど速くなった。
研究所で実銃を向けられたことも自分を成長させたのかもしれない。
あの時は我を忘れて脱出できたが、あの後正直とてつもない恐怖で冷汗が出たのを忘れることはできない。
何せ本物のライフル銃が自分に向けられ、明らかに殺意が込められた銃弾がこちらに放たれてきたのだ。
もしあの時、磁場に適合する覚醒が偶然起こらなかったとしたら、とっくに俺はこの世にいなかっただろう。
人間は死の境界を潜り抜けると、案外誰でもなにがしかの特殊能力を習得できてしまえるものなのかもしれない。
自分でも分かりにくいことを分からないまま考えつつ、切符を買って上野駅の改札を通り、ホームに降りる。
ホームに降りても周囲の人は驚くほどまばら・・・・・・。
本当にここは東京か?と思うほど人は少なく、立って電車を待つ人の表情も生気が感じられない。
これなら、新世界のナタニエレの町の方がまだにぎやかだったと、ふと思った。
あの町も汚く貧しかったし、うつろで生気がないモンスター、またはすさんだモンスターが多かったが、反面なんというか、野生のたくましさと、現実をしぶとく生き延びようとするある種野蛮な活力はまだあった気がするのだ。
こっちに帰ってきてからはそれがないとはっきりわかる。
同じ生気がないにしてもこちらには本能的な活力がないのだ・・・。
外国を知った日本人は母国に違和感を感じるようになることがあると聞いたことがあるが、それはまさにこんな感じなのだろうと妙に納得した。
山手線の電車が来た。
最後尾の車両に乗ることにする。
一体電車に乗るのは何日ぶりか?
電車に乗るのにわくわくしたのは小学校まで。
それ以降はいい思い出がない。
思い出したくもない。
俺が電車に乗ろうとした直前、言いようのない違和感が響くような不快感とともに俺の神経に走った!
!!
何だ
俺は反射的に懐の袋に手を突っ込み、例の魔力探知水晶を取り出して思念を集中し、魔力を探知する。
手のひらに乗るサイズの水晶は、瞬く間に真っ赤に染まった。
間違いなく目の前の電車、これには何か魔力で細工されている!
周囲を見渡す。
!
おかしい!!
電車を待っている人は少しだがいる。
だが、目の前に山手線が到着しているのにもかかわらず、サラリーマン風の人たちはホームに突っ立ったままスマホをいじり続けていて、まるで目の前に電車が来ているということに気づいている様子がない!
そして、車内。
まがいなりにもこの時間帯にはそれなりに混雑はしているはずの車内には人っ子一人見当たらない。
これは間違いなく罠。
・・・おもしろい。
現実でもスリリングなゲームを味合わせてくれるなら結構。
罠にはまってやるのも酔狂ってもんだ。
俺は迷うことなく、東京方面行の山手線に乗った。
誰も乗っていない貸し切り状態の車内。
不自然なまでにがら空きなロングシートの出入り口近くに座る。
まあ、一応何かあったらすぐ逃げられるようにするためだ。
何気なく乗ったが、やはりこの車両も隣の車両も見た限り、俺以外は誰も乗っていないし、乗ってきた形跡がなかった。
プシュッ!!
ゴトンゴトン!!
山手線のドアが閉まり、何事もないように動き出す。
車掌も見える距離にガラス窓越しに見えるが、彼は何も気づいている様子はない。
認識かく乱の呪文でもしているのか!?
コッ!コッ!コッ!コッ!コッ!
俺の耳にわざと聞かせるようなわざとらしい靴音。
水晶が真っ赤に光る!
何か魔力を持つ者がこっちに向かって近づいている。
2名の男らしき奴らが隣の車両からこっちに向かって歩いてくるのがガラス窓越しに見えた。
そいつらはのっそりのっそり、わざとらしささえ感じる、人を小バカにしたようなガニ股でゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
一人はアメリカ国旗が背中に入った所々しわと補修の後がある年代物の黒の革ジャンにサングラス、髪型は短いアフロにジーンズ、汚れたスニーカーという出で立ちから、凡そ一般市民とはいいがたい風を吹かせている。
もう一人はくたびれた茶色いチューリップハットにカーキのジャケット、一応男だろうが女性と見間違うような茶髪のショートヘアに長い口髭と顎髭を生やし、穴の開いたジーンズに黒いブーツスタイルというタイムマシンでやってきたヒッピー風の出で立ち。
いずれも20世紀的な風貌の奴らだ。
表向きは一応人間。
だが、本物の人間かどうかは分からない。
かすかだが魔法力を奴らからは感じるからだ。
俺はシートに座ったまま動かずにいる。
2人組は無言のまま、1名が俺の目の前、もう1名は車両の連結ドア付近に陣取った。
目の前のくたびれた黒い革ジャンの野郎が懐に右手を入れた
男が右手を抜くとそれに付随して懐から光る長い物が出てきたのが一瞬見えた直後、俺めがけてそれを突き刺してきた!
ガッ!!
ドッッッ!!!!
一直線に伸ばされた腕の先には古代ローマのグラディウス型の剣を参考に設計されたファイティングナイフの古典、ガーバーマーク2サヴァイヴァルナイフ。
人を仕留めるためだけに作られた鋭利な切っ先が山手線社内のロングシートに突き刺さっていた。
刺さっていたのは俺の丁度心臓のあった位置。
おまけに人間離れした突きの速度。
そのまま喰らっていたら確実に死んでいただろう。
俺は直前に体術を駆使して横に移動し、体操選手さながらにバク転を決めながら車両の中心に位置する。
「クヒヒヒヒヒッッッ!!おむごとでござんす、勇者サトシ様!」
70年代犯罪映画の悪役と言った感じの野郎は、耳障りな笑い声をあげてこちらを嘗め回すように笑いながらにらんでくる。
実際にナイフを舌で嘗め回しながら不快度数1000%の笑い声をあげている。
生理的に無理な野郎だ。
男はさらに右手に持ったマーク2に対して、左手で何かを唱えた。
直後、マーク2は見る見るうちに凍り付き、脇差くらいの長さの氷の刃へと変貌を遂げた。
「何者だ?そのちんけな手品と言い、この世界の人間ではないな?」
「ご名答!あんたには1千万ドルの賞金がかかっていてね。こんなぼろい話めったにねえのさ!!!」
「誰に頼まれた?」
「あのお~。守秘義務ってわかります?てなわけで死ねやクソガキ!!!!!!!」
男はマーク2氷の刃仕様をこちらに振り回しながら間合いを詰めてくる!
バスッ!!パスッ!!キンッ!!ズカッ!!
金属の鈍い音と弾力性のあるものが切れる音と、刃を振り回したときのビュン!!という音が交差する。
奴が通った後に車内のつり革が床に切り落とされて落ち、金属製の手すりは居合道の巻き藁のようにきれいに切断されている。
俺は寸でのところで奴の刃をかわす。
ジャケットがかすかに切れるが体には傷はない。
そこそこの練度はあるが、さっきの豚野郎ほどではない。
“こんな雑魚に厄介になっている余裕はない”
「この電車は全車両に認識誤認の呪術をかけてある!!お前のような魔力のある人間しか認識できないから、一般の人間どもには目の前に到着しても認識できん!!これにわざわざ乗るとはとんだ間抜けちゃん!!」
目の前の野郎は寒気のする刃を振り回しながらなめた口調でわめく。
ウザイと思っていると、別の車両との連結ドア付近に陣取るチューリップハットがいら立った口調で怒鳴る。
「おい!早く片付けろよ!!呪文で人間どもに気づかれないようにしてても、人間のにおいは臭くてかなわん!!」
チューリップの髭男はそう叫ぶと、車内で口にくわえた煙草に火をつけた。
車内の修羅の光景を外の華やかな電光掲示板が代わる代わる照らしていく。
外に見えるビルには誰かもわからぬサラリーマンや、スマホに興じる若者の姿が一瞬サトシの目に入った。
一般人は何も知らないのが大半。
サトシたちの戦いなど知る由はない。
魔法の結界のせいで一般人はサトシや刺客の戦闘に気づくことはない。
いや、そんなもの見たくない。
たとえサトシたちの戦いに気づいても、絶対に見て見ぬふりを決め込むだろう。
少し前の時代からそうだ。
近くに命がけの戦いをする者がいても、自分に関係なければどうでもいいのだ。
関心を持ちたくない。
聞きたくない。
関心を持てばとんだボロくじを自分が引かされる。
自分が責任を取らされて生贄にされる。
だから誰も知らぬ存ぜぬの世界へと引きこもる。
そう・・・、引きこもりはサトシだけではなかったのだ。
皆、働いてはいても心は引きこもらなければ生きてはいけぬ世界にいつの間にかなっていたのだ。
電車はそのまま東京駅目指して何事もないように走り続ける。




