第84話 すべてが真っ白などこか
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すべてが真っ白などこか。
ここはどこ?
私は何をしているの?
周りには何も見えない。
今私がしていることが思い出せない。
思考にプロテクトがかかったかのように記憶が思い出せないのだ。
そんな中、一つの光景だけを思い出せた。それと同時に昔私が見た光景が目の前に広がっていく。
昔、亡くなった祖父母と父母全員で実家の近くの神社の盆踊りに行った時の光景だ。祖父母は途中から私の家で亡くなるまで一緒に暮らしていたが、私が小さい頃はまだ田舎の実家で暮らしていたのだ。
スピーカーから流れる音頭にあわせて何も考えることなく憂いのない世界を楽しんでいた記憶だけがある。
両親、祖父母、さらに祖父母からは曾祖母のこと、昔のことをよく聞かされて育った。
のどかで何気ない田舎の光景。
憂いのない喧騒と夜の中の明るさは、今の時代から消え失せてしまったものだと小学生のころから私は感じていた。
そこには人を疑う必要がないのだ。
ドアは開けっ放しにしていても泥棒は入ってこない、それ自体が異空間だった。
祭りの前のウキウキするときにも、時々近所の人が世間話に来る。それに意味はない。だからこそ意味がある何かがそこにあった。
富山の薬売りの人が置き薬の木箱を置いていく。使った分だけ後で支払うシステムだった。
顔をすべて覆うわらかごのような帽子をかぶって笛を吹く虚無僧がやってきたこともある。
今から考えると、私が新世界の異質なファンタジー的要素に直面してもある程度対処ができたのは、現代でありながら現代とはあきらかに異質な何か、昔の日本の光景の残滓を田舎で体験していたからかもしれない。
その光景はやや薄暗い記憶しかないが、もう戻って来ない光景であるという気がした。具体的根拠はない。でもわかるのだ。もう私は、いや、世の中は憂いのない世界に戻ることはできないのだと・・・。
新世界には私たちには明かされていない秘密があった。私はそれを嫌が応なしに知ってしまった。それどころか現実においても常識の範囲外のことを突き付けられた。
その神社はもうない・・・。
いや、建物は今も存在している。
が、そこに心はもうないのだ・・・。
そこは祖父母が実家を引き払って私たちと同居する直前、丁度私が小学校の3年生くらいの時を境に急激に薄気味悪くなった。
理由ははっきりとは分からない。
でも、管理する神職の人が変わってから急激に変な人間が出入りするようになり、新興宗教のセミナーのようなものが頻繁に開かれて問題が起き始めたと亡くなる寸前の祖父母から聞いた。
他にも風の噂では、霊感商法などで問題がある新興宗教団体の関係者がなぜかそこの神職と一緒にいるのが頻繁に目撃されているらしい。
最後に外から神社を見たのは今から2年前。私は我ながらとても驚いたのを記憶している。
そこに私が知る昔の神社の面影はなかった。
一応神社の建物であることはあるが、建物が不自然なまでに豪華になり、人工的であたかも新興宗教の施設のようになっていたのに衝撃を受けたのをはっきりと覚えている。
知り合いの近所の人たちに聞いてみても、皆なぜか口をつぐんでいた。そして高齢ということで継承者がないという理由で氏子会も解散したと聞いた。
しかし、それでいて氏子会の中の責任役員という神社の運営をする権限を持つ人の一部がなぜか今の神社の宮司を支持して新しい氏子会を作ったという。古くからの氏子の人がみな脱退して神社と関わらないようになったにも関わらず・・だ。
そして、現在日本の与党として長年過半数を維持し続ける政党・自由友愛党。そこに所属する市議会議員がなぜか同じように神社をおかしくしている疑惑のある宮司と新興宗教の関係者いずれとも関係があるとネット上で指摘されているのを見たことがある。
変な人物が宮司になって以降、その神社には行っていない。
私が知る素朴で何も考えずに安らげる場所。それが表面上はそのままに中身がいつの間にか全く異質な気味の悪いものに変質させられていっている気がしてならない・・・・・・。
・つこ・・律・・子。
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。誰?
「律子!律子!!」
聞き覚えのある声にはっとした。夢を見ていてたたき起こされたときのような、ぼーっとした感じがする。
「律子!よかった。気づいたのね。どうしたの?もう私たちの世界に戻ってきたのよ。こっちへ戻ってきてから気を失ったみたいになって心配したわ」
「どれくらいですか?」
「五分ほどね。どうしたの?こっちの世界に戻ってくるなり気を失って私焦ったのよ」
目の前に広がっているのは見慣れた東京の都心部によくあるビル街の光景。
私は学校の帰りに変な集団に襲撃されて・・・、それから公子さんが助けてくれてからまだそれほど時間が経っていない感じだ。
さっき見た光景は夢だったのか・・・?昔のことをこんな時に思い出すとは我ながらよくわからない。
先ほどまで私は公子さんと新世界へ行っていた。そこでエルードさんたちと再会できたところまではよかった。でも、せっかく再会できたエレーヌさんが私たちを襲ったのと同じような集団に拉致された。
あの集団は公子さんが言うにはなぜか現実世界に逃亡したらしい。だからブローチの力でこうして現実に戻ってきたのだ。
早くエレーヌさんを何とかして助け出さないといけない。
それにあの奇妙な少年とモンスターたちは何だったの?
たしかサトシという名で呼ばれていたけれど、新世界のホワイトエルフさんたちがいるところになんであの男の子はいたんだろう?研修所とかはあの場所からはるかに離れているはずだし、何がなんだかわけがわからない。
それに、あの子は公子さんのことをとにかく憎んでいた。そして、公子さんも彼のことを知っているような感じだった。新世界の特異な実態といい、何か大きな闇を感じる気がする。
私は右手で自分の髪を触ってから公子さんの方を向いた。
「公子さん」
「どうしたの律子?」
先ほどから公子さんは腕を組んで何かを考えている。
「さっき新世界で会ったあの男の子・・・。あの子のこと、公子さんは何かご存じなのですか?」
「・・・それは律子が知らない方がいいわ」
公子さんは数秒の沈黙の後、やや苦い表情で簡潔に答えた。
私はセーラー服のスカーフを無意識に左手で正した。
「・・・・・・。私が知ってはいけないことがあるのですか?」
「・・・律子。前にも同じようなことを言ったけど、あなたは世の中の本当のことを知らない。そして知る必要はない。ただ、あなたは憂いのない世界へ行けばそれでいいのよ」
私に視線を向けずに公子さんはややこちらを遠ざけるような感じで述べた。
「・・・。私には難しいことはわかりません。けど、あの男の子は何かを企んでいる気がした。私には何かそれがこの現実のこととリンクしている気がします」
公子さんは私の方を向かず答えない。
「律子。今はあの少年のことを考えている場合じゃない。あの集団を追うのが先決よ」
「あのホワイトエルフの少女をさらった一味は魔力の痕跡から見て間違いなく現実のこの世界に来ているはずよ。あなたはあの少女と知り合いなのでしょう?」
「はい、エレーヌさんとは私と研修所で出会ってから一緒に行動していましたから。それとあの変な集団を束ねていた女性。あれは公子さんの階級の仕事を新世界で請け負っているとか言ってましたが、どういうこと何ですか?」
「私とあの女のやり取りを聞いているからこの際説明しておくわ。あのテロリストグループを指揮していたリーダー格の女。あれは私たち殿上人の仕事を請け負う下請け的な存在。それがなぜか不可解な行動をしていたっていうこと。これは何か裏があるわ」
「あのミーシャという下請けは小笠原冥の指令で今回の行動をしていると言っていた。でも、私の直感では違うと思うの。なにか裏で糸を引いている者がいる気がしてならないの」
あたりがほとんど暗くなろうとしている都会の片隅で、2人の少女は真剣に方針を決めようとしている。
東京都心の裏路地。
そこに突然、雷に似た電気が発生し大きな風を起こした。
周囲に散らばっている空き缶や古新聞が勢いよく軽い竜巻が起きたかのように空を舞っていく。
瞬間。
ブーーーー―――――――――ンンン!!!!!
グワァァァァァッァッッ!!!!!!!!
ドシャン!!!!!
「イッツ~!!!!!!もう少しましな転送の仕方ってないのかよ~」
雷のような電気が集中した中心部から異空間からの入り口が開き、中から一人の少年が出てきた。が、入り口が少し地面から2メートルほど上空に出現したため、少年は勢いよく地面に叩きつけられてしまった。
「ここどこだよ?俺、東京に戻って来れたのかよ?」
その少年、サトシは周囲を見回す。建物に付けられていた台東区の表記を見て、彼はそこが東京であることを悟った。
「帰ってきちまったか・・・・。複雑だな」
サトシは付近の建物のコンクリート製の壁を思い切り殴りつける。
ドゴッッ!!!!!
壁は見事に粉砕され、大きな穴が開いた。一部、中の鉄筋がむき出しになって見えている。
続いて右手人差し指の先に魔力を集中する。
指先にバスケットボール大の火球が現れた。
「・・・夢幻じゃなかったんだな・・・。俺はとりえのない人間じゃねえ!!力を手にして戻ってきたんだ!!!!」
「とにかくあのクソ女神を叩きのめさないと!手掛かりは小笠原とかいう殿上人。どこから探すか?」
虚勢ではない。
リアルな根拠がある力が自らに宿っている事実に満足した少年は魔力を集中するのをやめて火球を消した。
彼は一歩一歩前進する。
野獣の牙を得た元ニートの少年が、欲望の不夜城・東京の夜へと進み始めた。




