第82話 サトシの狼狽
サトシの指先から右腕全体が光に包まれ、指先から現出した光の剣。某ロボットアニメのビームサーベルを彷彿とさせるそれは指先から脇差ほどの長さがあり、それが手刀の形にした右手から発生している。
「俺はこの世界に来て様々な魔導書を読み込み、自分なりに工夫して技能を磨いてきた!!この世界の磁場は俺に努力すれば通常より大幅に能力を向上する力を俺に与えてくれたのさ!!」
「こいつも魔法剣の技術を応用した俺オリジナルの魔法剣!!魔力で強化された刃は通常の剣圧を数倍に高める!!お前が殿上人だろうと簡単に殺せる技だ!!」
公子はただ黙ってサトシの言っていることを聞いている。というよりも律子から見ると聞き流してまともに頭に入れていない感じがした。
「そんなもので私を斬るつもり・・・・。・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・。」
「何無視して鼻から息はいてんだよ!!!!このアマあああああ!!!!!!!!!!!!!」
サトシは一気に間合いを詰め、公子の首元へ右手を袈裟斬りの要領で振り下ろした!!!太刀筋は確実に人間の首を胴体から切り離す軌道。人外の水準に達したサトシの速さから繰り出される斬撃は通常の人間ならかわすことはまず不可能なレベルのものだ。
通常の人間ならば・・・!
パッ!!!!!!
渾身の力と魔法力を込めた魔法剣を振り下ろしてサトシは言いようのない違和感を感じた。手ごたえがない!?なんと公子が彼の魔法剣を左手で受け止めていた。より正確には左手の親指、人差し指の2本の先だけで魔法剣をつまんで受け止めていた。サトシは精一杯力を込めるが前にも押し切れず、引き抜こうにもびくともしない。
サトシが焦っている最中に、律子は彼の腹に右手のひらを向けた。
「私の親友に対する無礼、そのままお返しするわ」
「メガフレイム!!!!!!」
ボガウアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!
公子の手のひらから瞬間的に火球が出現し、至近距離で放たれた。それはかわす余裕もなく彼の腹部を直撃し、彼を壁際へと吹き飛ばした。
同じ魔法。
だが、彼女のメガフレイムはサトシが放ったものよりもはるかにすさまじいものだった。
魔法の発動時間は溜めの時間を数秒間要するサトシのものとは違い瞬時に放たれたことや、火球の大きさ、炎の色、はたから感じる熱量、発する音、五感で感じるすべてが彼の放ったものを上回っていた。気のせいか、炎の色自体が同じ炎の色でも別格に高熱を帯びているように周囲の者たちは無意識に感じ取っていた。火の色だけで温度が分かる熟練の鍛造鍛冶なら間違いなくそれが通常の火の色とは違うと見抜いていただろう。
「ウゲええっっ!!!!ブっッ・・・ッうううううううう!!!・!!・!!!!・・・・!!」
サトシはまるで食中毒の時の渋り腹の時のようにもだえ苦しんで地面をのたうち回った。見ていたゼル・ファランクスがすぐに回復魔法と、本来攻撃魔法である冷気系魔法を彼に唱える。サトシの体はかなり危険な範囲にやけどを負っていた。本来攻撃魔法である冷気系魔法ですらその熱を和らげることがなかなかできない!!
「何というすさまじい業火・・・!!わしらの軍勢を万単位で消し炭すら残らずに消滅させた力は健在の様じゃな!!超人族!!!!!」
「これでも一番力を加減してあげたのだけれど・・・。あなたまさか・・・、この程度で私たちに戦いを挑もうなどと考えていたの?」
「うるせえ!!!このヴァッッ、・・かやろう・・・があ・・・」
サトシは瀕死に近い状態になりながら叫ぶ。
「馬鹿者!!喋るでない小僧!!!本気で命が危うくなるぞ!!!」
彼の悪態に近いような叫び声に公子の口調にもさらに殺意がこもり始める。
「そう・・・。本当の力を思い知る必要がありそうね・・・・」
「なんだと!!このクソアマあああああああ!!!!!!!」
「大やけどしながらそれだけの言葉を言えるなんて、一応磁場を潜り抜けた端くれってところかしら。けれどおしゃべりが過ぎるわよ、下民!!!!!!!」
「待ってくれ超人族!!」
ゼル老人が公子に許しを請う。
2人の争いにエルード族長が割って入る。
「お二人ともやめなされ!!ここはわしの館じゃ!!おぬしらの争いの場ではない!!それに今はお互い争っている場合ではなかろう」
エルード族長が止めに入ったことにより、公子は黙って矛を収めた。だが、最後まで彼女の眼はサトシへの明白な殺意を放っていた。
30分ほどゼル老人が身につけている最高位の回復魔法を全開で施したことによりサトシの大やけどは何とか治った。だが、体力は3分の2以上回復できたものの、腹部には皮膚が黒ずんだような火傷の跡が残り、火傷特有の熱のある痛みそのものは完治できていない。ゼル老人は元軍医だけあり、短時間で治療と体力回復ができる最高位クラスの回復魔法が使えるが、それをもってしてもサトシのダメージは余韻がなかなか消えない。そのしつこい痛みはそれ自体が回復した尻から新たなダメージと精神的不快感をサトシに与えるほどであった。
サトシは再び立ち上がって公子につかみかかろうとするが、ゼル老人とロズブーンが止めに入る。
「まて、小僧!!!おぬしの気持ちは分かるが今はそんなことをしておる場合ではないじゃろう!!」
「止めんなおっさん!!!こいつ許せねえ!!!」
「カッカすんなよ!!俺たちがここに来たのはあの超人族の女と戦うためじゃないだろ!!」
「頭を冷やせ!今こやつらと事を構えて何になる!わしらの目的はホワイトエルフと同盟を結ぶことじゃ!」
「ホワイトエルフの連中を見て見ろ!あやつらは自分たちの姫を拉致されたおかげでおまえとおなじくらい怒り狂っておる。奴らと組むためにも今はホワイトエルフに協力することが先決じゃ!」
「いったいどうすれば・・・・・。極秘でわしが現実に赴くのは・・・?」
エルード族長の発言にマシル・ハクスが懸念を伝える。
「エルード族長様!お気持ちはわかりますが、エルード様御自ら超人族の世界にお出向きになられたとあれば更なる混乱は避けられませぬ!もしそのようなことをなさいますとこちらの方が講和を破って超人族の領域に手を出したとして奴らに格好の口実を与えることになりかねません!」
「しかし・・・。それではどうすればよいか!?」
エルード族長は普段周囲に見せたことのない狼狽ぶりを見せた。実の娘が誘拐拉致されたとなれば親として当然の反応と言えば当然だが、普段冷静な知恵者としての顔を持つがゆえにやや側近たちも動揺しているようだと周囲にいた皆がそう思った。
そんなエルード族長を見て、火傷が完全に治らないサトシが口を開く。
「エルード族長さん、俺と取引をしないか?俺があの少女を助け出して取り返す。そうしたら俺たちに協力してくれ」
「君が娘を取り返すと・・・。確かに君は超人族の世界に詳しい立場だが、奴らは並の戦闘力の持ち主ではない。いったいどうやって」
「俺と仲間が何とかして現実世界に行く。そして、奴らの本拠地である小笠原財閥に乗り込んであなたの娘を取り返す。おい!!そこの葦國とかいう殿上人!!」
サトシの呼び捨てに公子は表情を変えず、しかし、これまでにないほど恐ろしい威圧感を全身から発しながらサトシに厳しい口調で言った。
「そこの殿上人とは誰の事かしら下郎。不適合ごときが口を慎め!!!!」
すさまじいプレッシャー!!並の人間やモンスターとかなら間違いなくそれだけで逃げ出すであろう恐怖。心臓が高鳴り、頭の中が明らかにこいつとは戦ってはならないと警告を執拗に出している。だが、俺も死を潜り抜けた人間。ここでひるむ気はない!
「うるせえ!!俺を使い捨て品にして殺そうとした奴らに礼儀なんぞしてやる義理はねえ!!さっきお前、俺を現実世界で管理してやがったのは小笠原のとことか言ってたな。それはさっきの連中を雇ってたやつじゃないのか?たしかあのクソ女神ミーシャの野郎は小笠原冥とかいう奴にやとわれてあのエルード族長さんの娘さんを拉致するとかほざいてたし」
サトシの質問に公子は冷酷な表情のまま軽くあしらうように言い放つ。
「あなたに教えてあげることなど何もない。自分で考えなさい」
公子との話し合いが不可能と判断したサトシは、彼女とともに来た少女に話かけることにした。セーラー服の少女はとても可憐で、恋愛経験のないサトシにとって同年代の女子には興味があった。
「あの・・、君?名前は確か・・・」
「私は上総律子と申します」
「君はなんか・・ブローチの力か何かでこの世界に来たって本当なの?あのホワイトエルフの少女と知り合いなんだろ?現実世界に戻れるって本当か?」
サトシが律子に近づいた瞬間、公子が腕を律子の前に伸ばして前に立ちふさがった。
「律子!!こんな不適合者の言うことなど聞いてはダメよ!!」
律子はサトシに質問する。
「あなたはなぜ現実世界に戻ろうというのですか?」
「俺はニートだった。いうなりゃ今現実にいる下層の出身だ。お前みたいな何一つ不自由したことのない奴に俺の気持ちはわからねえだろう。お前より苦労している奴らは現実に多く・・・」
ドグシャッ!!!!!!!!!!!!!ドンッッ!!!!!!!
サトシの体が再び宙に舞い壁に激突した。公子が左手のひらをサトシに向けていた。おそらく闘気弾を放ったのだろう。
「律子。これが現実というものよ。人は身分・階級によって立場が違うの。あなたはみんなが漠然と公平に扱われる共同体を普通だと思い込んでいる。昔の日本人らしいわ」
「だが、それは大きな間違いよ!こういう下層の連中は虐げられているかもしれない。でも虐げられているからといって正しい人間とは限らない。それどころか自分の立場を逆手にとって利己的な欲望、他人を虐げる不当なことを関係のない他人に押し付ける輩が実に多い。今もあなたにいわれのない言いがかり的な劣等感を植え付けて有利な立場に立ち、あなたを支配しようとした。私はこういう劣等感を相手に植え付けて人の可能性をつぶす輩が大嫌いなの」
「人には無限の可能性がある。それをつぶしにかかって自分が優位に立とうとするこういう輩は通常の人間とは区別するべきなの!」
「さっきから人をやりたい放題吹き飛ばしやがって!!!!やっぱてめえは殺す!!!!」
「あら、あなたの方こそ自分を特別とか考えているのではなくて?」
「なあ、律子さんって言ったよな。そのブローチで現実に戻るとき、俺も連れて行ってくれないか?」
公子はより不快感をあらわにした口調で叫ぶ。
「そんな提案に協力するわけにはいかないわ!!律子!現実に戻るわよ!あの連中、小笠原冥の命令であの少女を拉致したと言っていたけれど、どうも腑に落ちないの」
「どういうことですか?」
「ここでは詳しく言えないわ。現実へ早く帰還して冥に事実関係を確認しないと!」
公子は律子の手を握ると、エルード族長に言う。
「エルード族長。あなたのご息女は私たちが取り戻します。今回は私にとっても利害関係のある相手。急な件で失礼ですが現実世界に戻ります」
「エルードさん。必ずエレーヌさんは私たちが助け出します!!しばらく待っていてください!」
「頼みましたぞ、カズサリツコ殿!そして、超人族のアシクニキミコ殿。恩に着る」
「どういたしまして」
公子はエルード族長に軽く会釈する。そして、律子はブローチに念じた。すると、律子と彼女の手を握る公子の体が光始めた。
サトシは焦りながら叫ぶ。
「おい!!まて殿上人!!!現実世界へ帰るなら俺もついでに連れて言ってくれてもいいじゃねえか!!!」
「寝ぼけるのもほどほどにしなさい。私たちは忙しいの。あなたは近いうちにこの世界で生涯を終えることになるわ。せいぜい自己満足の“修行”に勤しみなさい」
律子と公子はブローチから出る光に包まれた直後、消えてしまった。
「ちくしょおおおお!!!!!!」
その場に残されたサトシの慟哭が荒れ果てた第一応接間に響き渡った。




