第68話 心の中の一番大切なもの・・・
学校からの帰り道。
夕日が差すこの日は風が爽やかで過ごしやすい感じだったが、どことなく寂しい。本当は紗月ちゃんと一緒に帰るのが普通だが、今日は紗月ちゃんが別の用事があるとのことで一人での帰り道。歩道には治安悪化に対処するための見回りの人たちがそこら中で下校する学生たちを見ている。
「こんばんは。律子。今日も学校どうだったかしら?」
「こんばんは、公子さん。いつもの通りで特に変わりはありませんよ」
帰り道途中の本屋の前に彼女がいた。
会うのは1週間ぶりくらいだろうか。葦國公子さんは学校へ向かう通学路の途中で時々私を待ち構えている。公子さんは制服姿であり、彼女自身も下校の途中であることが分かる。パリッとした有名進学校のブレザー姿は、彼女の美貌と凛々しい雰囲気をさらに引き立てていた。
彼女の美貌は同じ女性の私から見ても美しく、長い黒髪がたなびくその姿は正直ドキッとしてしまうほどだ。
一般の人たちとは違う階層の人とは言え、こうして話すと年齢が近い普通の女子高生という感じがする。
「公子さん。いつも私を待ってくれているのは光栄なんですが、いい加減飽きないんですか?私もいろいろと用事で必ずこの時間帯に帰るわけじゃないのに・・・」
「私は律子のことをいつも分かるわよ」
公子は友達を出迎えるような雰囲気で律子の周囲をくるくる回りながら歩く。この光景だけを切り取ったら彼女が世にも恐ろしい殿上人階級の者とは信じられないだろう。それくらい今日の彼女はいつになく自然体で嬉しそう。
「公子さん・・・。私に付きまとっても心は譲り渡しませんよ!」
「フフフ♬ 怖い怖い。それだからこそ攻略のしがいがあるわ」
「それに公子さん。このあたりでは見かけない学校の制服姿で回りに怪しまれたりしないですか?ここは防犯の人たちもところどころにいるんですし・・・」
「全く問題ないわ。周りの人たちから見て私はごく普通の女子高生として見えている。周囲の人々の認識の一部を微妙に改変しているといってもわからないかな」
公子さんは何気に難しそうなことを言う。私なりに意訳すると、どうやら周囲の人にとっては公子さんは周りと同じごく普通の学生として認識されるらしい。いったい殿上人という人はどのような能力を持っているのかとにかく理解しづらい・・・。
一見するとほのぼのとした日常の光景・・・。だが、新世界での一件以来、私の日常は微妙だが確実に歪み始めている。この葦國公子さんとこうして歩いていることも本来ならありえないことなのだ。総理大臣などよりもはるかに権力と財力を持ち、しかも新世界に由来する異能の強大な力を持つ階層の人。昔よくテレビで流れていた上級国民などよりもさらに上にいる存在・・・。そんな人が目の前でルンルン気分で私と下校している光景は私自身現実感が全く感じられない光景なのだ・・・。
それに先日の霞先輩・・・。あの時の先輩は尋常じゃなかった。手首を短剣で切って私に血を飲ませようとするなんて・・・・・・・。
すごく怖かった・・・・・・。いきなり自分の体を切って血を出すなんて・・・。
あのやり方・・・。まるで何かオカルト映画に出てくる黒魔術の儀式みたいな感じだったし・・・・・・。その時の先輩の表情はとてもうれしそうで、何か彷徨とした気持ちよさそうな感じさえしていた・・・・。
「学校の先輩のことを考えているの?律子」
「どっ、どうしてそう思うんですか!?・・・やっぱりお見通し何ですか?」
「それは秘密よ。ただ、律子の雰囲気、間違いなくその先輩のことを考えているなって思ってね」
私が霞先輩のことを公子さんに言うべきかどうか迷っている時、公子さんの口から先に霞先輩の名前が出た。前に言っていたように、この人は人の心が読めるのか!?
・・・隠していても仕方がない。そう思って私は意を決してことを公子さんに言ってみた。
「実は先日・・・、私の先輩である三好霞さんが部活の部室で待ち構えていたんです。前にも言ったと思いますが、以前の先輩はとてもやさしい方で勉強を人一倍努力されている方でした。それが予備校の新世界への合宿に行ってから何かおかしくなってしまって・・・・・・」
「ああっ、前に言っていた三好霞という方のことね。彼女のことは知っているわよ。確か小笠原財閥の小笠原冥の配下に入ったはずよ」
公子さんの発言に私は動揺した。
「霞先輩はその小笠原という人のところに所属しているんですか!?」
「ええ、殿上人の配下に入った人間は大方知っているわ。お互いがどのような戦力を従えているか知るのは当たり前だもの。霞さんという人、あなたの言う通りものすごい努力家って評判よ。冥のところもなかなかいい人材を入れているわね」
私はもう一度先輩を何とか助けたいと思うということ、そして先輩の主人であるという小笠原という人のことについて公子さんに尋ねようとした。
だが、何も言えなかった。前にも霞先輩のことを公子さんに言ったものの物別れに終わったからだ。どうも派閥や組織は違うようだが、結局公子さんも霞先輩をおかしくしてしまった原因の中に入る存在なのだ。私が霞先輩のことを案じながら、先輩をおかしくした元凶の中の人とこうして仲良くしていることに矛盾と後ろめたさを感じている・・・。だが、この人に逆らってもまず勝てる相手ではない。純粋な喧嘩なら文字通り跡形もなくこの世から消滅させられてしまうことは確実だし、社会的にもまず確実に抹殺されてしまうだろう。
だが、その人が私の新世界での一件で得た能力のことでこちらに興味を持ってくれているのだ。先輩のこと、もっと言うと私のささやかな願いであるごく普通の日常を取り戻すカギを持っている存在もまた、それだけの権力を持つこの人しかいない・・・。だから現状では何か問題解決の糸口を見つけるまでこの人と付き合い続けることが現実的だと思って割り切っている自分がいる。この人は私のことを買ってくれているし、現実問題としてこれだけ荒廃した世の中で女である私が生き生きと生きていく方法は限られているのも事実。ささやかな日常や、その中の霞先輩を取り戻すのは正直可能性として低いということは直感的に感じざるを得ない。そんな中、この人は私にものすごいチャンスをもたらしてくれているのも霞先輩の言う通りだ。・・・なんだろう・・・。自分の中で矛盾する望みが共存している感じだ・・・。
でも・・・、本当にこれでいいのだろうか・・・。一番大事なものを渡しなさい・・・。要は自我の事・・・。それを譲れば人がうらやむ地位が手に入る。なぜそれに応じないの?宝くじが自分から歩いてきてくれているのに?って他の人から見たら多分言われるだろう。でも自分の心の一番大切なものを譲り渡すことに本能的恐怖を感じるのだ。私の祖父が言っていたことだが、昔の日本では何も言わなくてもお互いのことを察して配慮してくれる無形の文化があったらしい。要は言葉に出さずとも相手の雰囲気だけで相手の心理がわかる的な感じの何かが・・・。でも今の時代にそれは全くない。言葉に出して主張しないと分からない外国と同じようになっている。ひょっとすると私の心の一番大事なものはその無形の何かに近い何かなのかもしれない・・・。私の心の中の一番大切なものは何なのか?と問われても言葉では表現しがたい。自分でも分かっていないのではない。でもそれは言葉では表現できない何かなのはわかる。それをもし渡してしまったら・・・・・・・。
私が考えていたら公子さんが誘惑するような口調で私の目を見て言う。
「前にも言ったことだけど、こうしてごく普通にあなたと会い続けていることがあなたの心を得られる確実な方法よ」
「脅したりして無理やり引き込む必要はない。ただ誠意をもって接していればいい。あなたが私を人として魅力的に思ってくれて、最終的に私についていきたいと思ってくれた時、あなたは自分から心の中の一番大切なものを私にささげてくれるわ」
「こうして私と逢瀬を重ねているだけでも、あなたの心は私に確実に近づいているのよ」
「おっ、おっ逢瀬ってっっっ!!!まっっ、待ってください!!!!私は女性に気があるわけじゃあああ!!!」
公子さんはニヤニヤしながら私の反応を楽しんでいる。とてもうれしそうで演技でやっているわけではないようだ。何といえばいいのだろうか・・・・・・・。
交差点に差し掛かって公子さんは私に振り返って言った。
「また来週もよろしくね、律子。あっ、気が向いたらいつでも私のところに来てね♬」
今日の公子さんは最後まで普通の女子高生のノリで私に挨拶をして別れた。
そして、私は家に向かい始めてしばらくして住宅地の入り口に差し掛かった。
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「ターゲットA確認。ターゲット自宅への帰宅途中と考えられる」
公子と別れて自宅へ向かう住宅街の入り口に差し掛かった律子のいるところから200メートルほど先のビル。そこで彼女を望遠鏡で監視する者がいた。




