第66話 サトシを使役していた殿上人の憂鬱
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茶道部教室で律子が霞先輩に襲われた日の数日前。
都心部近郊県の海岸沿いに位置する高級別荘地。その中でもひときわ目を引く和風建築の2階建ての豪邸がそこにあった。貧富の格差が問題視されるこの時代においても、この豪邸の周囲一帯はまるで空気が異なり、まるで遠い昔に日本が繁栄の絶頂を極めていたバブル期を彷彿とさせる派手な虚構の華やかさがしぶとく生き続けているようだった。
その豪邸の2階、広々としたバルコニーには洒落た木製の机と椅子が置かれ、そこにはハイセンスな服装に身を包んだ女子高校生くらいの年齢の少女が座って優雅に紅茶を飲んでいた。
「私の駒が新世界の研究所から逃げ出して早1か月。あれから彼はどうなったのかしら?彼は飛行系の魔法を用いて研究所を脱出後、モンスター・エルフ居住地域内のさらに奥地にある辺境の町に潜伏している可能性が高いと聞いているけど・・・」
「はっ、先ほど入った報告によりますと3日前、例の被験体が潜伏していると思われる町に光明家族と公安が管轄する“勇者グループ”が襲撃をかけたとのことでございます」
黒い背広姿の長身の男から報告を受ける少女は、落ち着いた様子でカップの中の紅茶に移る自分の顔を憂鬱そうな表情で眺めている。少女というには落ち着き払った彼女のしぐさは学生という感じではない。
「襲撃!?光明の手の者が彼の潜伏先を先に割り出して襲撃したの!?」
「はい、しかしそれを退けたとのことです。光明側は4名を派遣したとのことですが、内2名死亡、1名は逃走、残りの1名は被験体側の捕虜になったとのことです」
少女は顎に手をかけて顔を曇らせる。
「あの少年のパーティには光明家族の手の者もいたわよね。光明家族とはビジネスで提携することはたまにあっても本来私たちとはライバル同士。なぜ入り込んでいたのかのかはおおよそ予想はつくけれど・・・・。それでいて今回、その光明の“勇者一行”が彼の町に襲撃をかけた・・・。いったい何を企んでいるというの?火山院は?」
「申し訳ございません。新世界は現地監督者が複数の殿上人の仕事を請け負うため末端までは完全に我々の思うように動かない時がございます。鳩崎秀樹の存在を知ったのは共同研究所の時でした。あそこは共同管理地域ゆえに我々の独占管轄ではなく手が出せませんでした。鳩崎とかいう者の意図は恐らく我々の利権に関する情報収集のためであると思われます。今回の襲撃の件も我々独自の調査によって判明しております。光明側からの発表などは一切ございません」
「当然ね。同じ殿上人といっても隙あらば蹴落とし合いをする仲。都合の悪いことを漏らそうとしないのは常識よ」
「まさか彼が選別石の磁場まで克服するなんて私にもわからなかったわ。新世界開拓事業に贈られる大多数の“異世界転移系”の一人でしかないと思っていたのに・・・・・・。これまでは私たちに逆らえる者はもはや存在しないと油断していたわ。戯れで呑気にしすぎていたのかしら・・・」
少女は椅子から立ち上がると、海岸が見えるバルコニーの手すりにまで行くと、海を見ながら口を開く。
「私たちにとって懸念する事態は彼が新世界の不満分子を糾合してこちらに歯向かってくること・・・。それに、もし彼がホワイトエルフ族と結託して新世界の資源を採掘する方法を獲得したら本当に厄介なことになるわ・・・。光明の連中もそれを重々承知のはずなのになぜ彼をすぐに仕留めずにいたのかしら?今回も選別石を乗り越えた人間相手にたった4名だけを派遣するなんて明らかに役不足。彼を倒すという本気度が感じられない。まるで彼が力をつけるまでわざと自由に泳がせているようにさえ思えるわ・・・」
「どうであれ、これまでに分析した彼の行動から見えてくる可能性は由々しきものよ。これは我々殿上人全体の権力を脅かしかねない。もはや彼を消す以外解決法はないでしょうね」
「選別石を完璧に克服できる人間なんて私たち以外にはほぼいないはずだと思っていたのに・・・。それに、彼の私たちへの憎悪はおそらく本物。彼の抹殺を。将来の災いを摘み取る方法はそれしかないわ。それから同時にホワイトエルフ族の族長を懐柔する必要があるわ。彼らは物質を精製する技術魔法に長けている一族。基本こちらから危害を加えなければおとなしい種族とはいえ敵に回すと厄介な存在。彼と手を結ぶようなことになるとかなりの大ごとになるわ。策を考えるのに少し手間取りそう・・・」
彼女は再び椅子に戻ると、テーブルの上のカップを手に取り優雅なしぐさで口に運んだ。
部下の男はさらにファイルから書類を取り出し、彼女に報告した。
「それと彼の件に加えてもう一つ重要なことがあります。例の第36研修所での事件の件です」
「何かわかったの?わが小笠原財閥にはちっとも情報が入ってこないから不自然だと思っていたけれど・・・」
背広姿の部下は手に持っていたファイルから写真を1枚取り出して少女に両手でかしこまった態度をとりながら差し出した。写真にはロングヘアの髪のきれいなセーラー服の少女が写っている。
「この写真の少女の名は上総律子。都内にある文星中学校2年生です。各種分析の結果、彼女は1か月前の第36研修所での事件で逃亡していた少女に間違いありません」
部下と思しき男からの報告に、カップを口元に持っていこうとする彼女の手が止まった。
「文星中学校?確か私の部下になることが決まった三好霞のいる高校の付属中学じゃない!?」
「はい、彼女に関する資料の開示を御船様側が拒まれていた関係で分析が遅れておりましたが、この写真の少女があのビルで選別石の磁場を難なく切り抜けたのは間違いありません。彼女に関する情報には不明瞭な点が多いですが、相当な異能の力を習得したのではないかと推測されます」
「彼女の能力に関して新たな情報は?」
「御船様側の情報開示が不十分なため不明な点が多いですが、攻撃魔法を無効化したことだけは確かなようです。それ以外は現在も分析中です」
「それと彼女の下にはあの事件から現実に帰還してすぐに、葦國公子様が頻繁に接触されている様子が確認されております」
「・・・御船が情報の開示を拒否・・・。そして葦國公子・・・。葦國公子は各分野でずば抜けた素質を持つ人間を見つけたらすぐに引き込もうとする性格・・・。それに情報収集もうまくて何より行動が速い・・・。何かあるわこの子。早速三好霞に接触させてみて。契約を強制してもいいよって私が許可したと言っておいて。救済のためなら手段を選ばずに・・・と。」
「了解いたしました」
様々な思惑が交差する現実と異世界。
律子とサトシはそれぞれ違う立場で巨大な戦いへと巻き込まれていく。




