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異世界実録路線 少女は魔の現実に立ち向かう  作者: 幻影摩天楼


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第65話 甘美なる毒牙

新世界第84地区ハンフォード。


ここはサトシが自称女神ミーシャにそそのかされて新世界冒険の拠点としていた地区である。現実世界で公開されている新世界の地図では最小限の情報しか明かされていない場合が多い。この地区も例に漏れず現実世界では公式には公表されていない秘密都市のような場所である。この地区はかつて現実世界の1980年代後半から2010年代ごろにかけて流行したロールプレイングゲームの街並みをほぼそのまま再現している。住んでいる住人はすべてゲームの世界観そのままの服装や会話をするこの地区は何も知らない人間が見たらまるで体験型レジャー施設のアトラクションのようにすら思える。


だが、本施設の目的はそのような道楽施設ではない。住人たちはすべて現実世界の職業安定局の研修を修了した者たちばかりであり、彼らは町の生活を本気で過ごしている。本気で過ごしているというのは、彼らは自分たちが生まれ育ったのは紛れもなくこの町であると本気で考えているからである。


この町は現実世界で社会不適合者の烙印を押された者たちに異世界転生や転移などという甘い幻想を植え付けて効率的に察処分する虚構の世界の舞台である。同時にここはまた、新世界の磁場に耐性がなく自我を喪失した者たちに偽の記憶を植え付けて、新世界で生活を送り続けた際の心理の変遷を観察する行動心理実験の施設でもあるのだ。


この新世界におけるストレス下に置かれた人間のとる行動に関するデータの価値はビッグデータに代表されるように大衆の想像を絶する価値を有しており、各国がしのぎを削って収集している分野であり、その中でも現実世界から新世界というある種の原始的な世界に転生・転移したと記憶操作された人間や、そこで生活するよう記憶操作された人間の心理の価値は現実世界では得難いものであり、通常の実験データを凌ぐ価値があるとされている。そして、ここで得られたデータは現実世界における各種洗脳プログラムの構築に活用されるのだ。具体的には、人間が全く異なる価値観や常識にさらされたときにとる行動や心理(魔法やモンスターなどのファンタジーに直面した時など)、近代的な上下水道や家電のない中世世界の生活を現代人が経験した際のストレスデータ収集など。


他にも、この地区の地下ではウラン鉱石を精製してイエローケーキを生産する工場があり、一説では“ストレスコントロールマネジメント”という意識改革プログラムを受講した職業安定局職業訓練修了生も一応防護服を支給されて参加しているとされている。



ハンフォード地区、通称“ハンフォードの町”中心部。女神ミーシャの館内にて。


「皆さん。大魔王ハルコンによって先代の勇者が倒されてしまいました。どうかこの世界を救ってください。まずはバンドール地方に陣取る魔王の手先であるダークエルフたちを倒してください!」


「はい、ミーシャ様!それではバンドール地方のダークエルフたちを倒しに行ってまいります!」


今回もまた現実世界から送り込まれてきた“勇者たち”が“女神”ミーシャに見送られて旅立っていく。彼女は複数の同様の地区を掛け持ちしており、“女神”としての通り名もラーミ、アンドレアス、レミーナなどがあるが、ミーシャが一応本名とされている。


“ケッ、やっと行きやがったかクソガキども。こうも現実って想像を絶するカスの吐きダメなのかい?毎回同じような単細胞バカどものお守をするのはつくづく疲れる”


“にしてもあのサトシとかいうガキ。研究所にぶち込んでデータ収集→お陀仏のコースかと思ったら、研究所を脱出して行方をくらませたとか・・・。私が貸してやった力に依存してただけでほとんど何にもできないはずのガキになんでそんな力が・・・。念のために警戒して定期的に報告書くらいは送るようにしておかないと殿上人の連中に何を言われるかわからないからなあ・・・”


ミーシャが館の玉座で足を組んで考えていた時、突然玉座の後ろの大きな幕の影が光り輝き、その中から一人の男が現れた。


「お仕事ご苦労だね、ミーシャ”」


それは先ほどまで内務省にいた鳩崎秀樹だった。


「こっ、これは鳩崎秀樹様。いかがなさいましたでしょうか」


「“勇者たち”を教え導く崇高なお役割、ご苦労だねミーシャ」


「滅相もございません鳩崎様。例の脱走者の際は演技とはいえ大変ご無礼な発言をしてしまいましたことを改めましてお詫びさせていただき等ございます」


「謝らなくていいよ。サトシのパーティにあえて監視役として入ったのは僕と教主様の考えだったんだし、この新世界は複数の殿上人様たちの手の者たちが入り乱れる場所なんだ。だからあえて僕も現実世界の出来損ないを演じた方が情報収集にとっては無難だし、何よりも他の派閥の殿上人に気づかれないためにも君が僕を下っ端のようにこき使う演技は最高だったよ」


「私めごときにはもったいないお言葉でございます。これは私に課せられた仕事ゆえ、喜んでやらせていただいておりますゆえ全く問題はございません」


「でも現実世界で指定された不適合者をうまく丸め込んでそれを使役するのってしんどいでしょ?おまけに社会不適合者たちはそれぞれ異なる殿上人様やセレブ様の配下に実質的に所属している形になっているし、各殿上人様やセレブ様たちの利権獲得のための先兵としてこの新世界で“冒険”をするんだし。所属する胴元の派閥や組織が違う“勇者”達を利害調整しながら支援する仕事って僕が考えても神経をすり減らす行為だよ。最も“勇者たち”本人は自分がどの派閥のご主人様の飼い犬になっているのかは一生知ることはできないけどね。君も地区を掛け持ちして複数の名前と外見を使い分けてるくらいだし。君はとてもよくやっているさ。僕が認めてあげるよ」


「そんな・・・。ありがたき幸せでございます」


「それで今回なぜここまで僕が来たかって言うと、君にちょっとやってもらいたい案件があるんだ」


「私にできることであれば何でも達成してご覧に入れます」


ミーシャがそう言った直後、鳩崎秀樹はポケットから一枚の写真を取り出した。


「君にしてもらいたい仕事は2つ。まずこの写真に写っている中学生をこの世から消すこと」


ミーシャは鳩崎から写真を受け取る。そこには一人の髪の長いセーラー服の女子中学生が映っていた。


「彼女の名は上総律子。文星中学校2年生」


「私にこの女を抹殺せよと・・・。差支えなければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「彼女は2ヶ月くらい前、この新世界に正規ではないルートで侵入し、第36研修所地下の選別石に触れた。そして、御船椿様のところの教官を倒して逃走し、その後のいきさつははっきりしないけど現実世界に無事帰還した」


「選別石に触れた・・・!?それでいて戦闘能力のある教官を倒して逃げた・・・!?そんなはずはありません!第一現実世界から来た人間はほぼすべてこの世界の磁場の影響により半ば自我のない木偶の棒のようになって我々の思うようにプログラムされるのが常識のはず・・・!?」


「彼女はこの世界の磁場にさらされても自我を保ち続けた。そして、選別石に触れても自我を全く失うことなく、それでいて磁場に起因する異能の力を手にすることに成功したんだ」


「今何と!!そんなことができるのは鳩崎様のような殿上人の方々と、または私のような元からこの世界に生まれて磁場の中で生活してきた者の中の一部だけのはず・・・。いずれにせよ人間の中ではごく少数しか存在しないはず。それ以外で磁場を克服したのはこの世界のモンスターとエルフのみ・・・。いったいこの少女は何者なのですか!?」


「僕にもはっきりとは分からない。でもこの少女は心理的に解析した結果、見かけからは到底想像できないくらい強い意志を持っている。それも純粋な、無毒できれいな山奥の湧水のような美しいものがあるんだ。目的とかはわからないけどそれがこの少女をとても強く美しくしている」


鳩崎秀樹はやや顔をしかめる。


「ところがだ。彼女の下にはすでに目障りな葦國財団の葦國公子が我先にと彼女に接触してしまっている。先を越されたんだ。今のところ上総律子は葦國の陣営に入ることをためらっているようだがすでにあの女は頻繁に彼女を自陣営に引き入れようと画策し続けている。上総律子はごく普通の中間層の出身。陥落するのはそう遠くはないだろう」


「本題はここから。上総律子の能力は我々殿上人の支配体制そのものを根底から覆しかねない危ないものだ」


「それは‥といいますと?」


「彼女の能力、それは“洗脳を解除する能力”だ。知っての通り僕たち殿上人はこの新世界の磁場を克服して強大な力を手に入れてここまでの地位を築き上げた。その根幹をなすものは新世界の磁場の力を独占すること。そして、磁場を克服できない大多数の愚民どもを洗脳してコントロールすることだ。洗脳が支配の要であることは僕ら殿上人自身が太古の昔、まだ磁場を克服できていなかった時にモンスターやエルフに好きなように洗脳されて奴隷として扱われていたことで身に染みてわかっているからねえ」


「僕らの祖先が太古にここから移住した地球という現実世界にはこの新世界のような磁場はない。けれど現実世界の人間は僕らとは比べ物にならないくらい単純な生き物だった。昔は宗教とかオカルト話を混ぜることで現実世界の人間どもは簡単にだまして洗脳することができた。わざわざこの新世界の磁場を用いる必要はなかったってわけさ。ところが、科学技術の進歩によって現実世界の人間どもは大衆レベルで妙に知識を持ち始めた。それによりこれまでのオカルトや宗教のハッタリでは大衆を洗脳しにくくなってしまった」


「それに加えて地球の人口は多くなりすぎて、これまでの洗脳の手口ではいよいよ洗脳しきれなくなってきたんだ。それに地球の資源にも商売の市場にも限りが出てきたしね」


「だから殿上人は合議の末、僕らの生まれ故郷であるこの新世界への出入り口を再び開くことにしたのさ。偶然を装ってね」


秀樹はさらに続ける。


「上総律子の“洗脳を解除する能力”。すべての異能の力は自己洗脳か他人・他方からの何らかの洗脳で成り立っているが、彼女の力はそれらあらゆる特殊能力・異能の力を解除・無効化してしまう恐るべき能力だ。洗脳を完璧に解いて、それに基づく能力自体を無効化してしまうなんて殿上人層でも相当上位ランクのごく少数しかいない。だから彼女には一切の攻撃魔法も洗脳系の魔法も通用しない。そんな危険な能力をなぜ一介の女子中学生が身につけられたのか僕にも今だ理解できていない」


「まだ彼女は自分の力をフルに使いこなせてはいない。そしてよりにもよって葦國はそれを自陣営にあえて取り込んでしまうことで他の陣営より圧倒的に有利な立場を得ようと画策している。葦國は優れた人材をすかさず取り込む度量の広さで有名だけど、殿上人にとってリスクがありすぎる彼女を取り込もうなんて半分ばくちみたいなものだ」


「だが、僕と教主様の意見は葦國とは違う。教主様の答えは“直ちに抹殺せよ”だ。能力自体が我々の脅威になりうるものであるうえ、彼女の強い心は教主様の最高位の呪力をもってしても洗脳できないと判断された。何せ教主様御自ら彼女に護摩を焚いてもまるで彼女には効かなかった。彼女の洗脳を解除する力は想像以上に危険だということで、将来に禍根を残す前に芽を摘み取っておく算段だ」


ミーシャは口元をやや震わせる。


「たしかに私も第36研修所で御船様のところの教官が攻撃魔法を消されて倒されたとは聞きました。まさかこの小娘がそんなことを・・・。しかし、それほどの強敵ならば私のみでやるというのは正直なところ・・・」


「大丈夫。僕も君と一緒にやるよ。君一人にこういう汚い仕事を押し付けるのは何だからね」



さらに鳩崎秀樹はもう一枚の写真をポケットから取り出してミーシャに渡す。


「もう一つはこの写真に写っているホワイトエルフの少女を現実世界にさらってくること。但し、その際に君はただこのエルフの少女をさらってきてはいけない。あくまで“小笠原冥”の命令で実行したという風にするんだ」


「君は殿上人様たちの部下ではあるけれど、特定の主人がいない。いわば複数の殿上人様のお仕事を派閥に関係なく請け負っている中立的というか・・まあ要はあいまいな立場だ。あいまいな立場の君だからこそ、こういうお仕事を引き受けてもらえるのにぴったりだと思ったんだよ」


「小笠原冥様の指図でしたと言えというのですか!!しかし、私は汚い仕事とはいえ新世界のこの仕事の利益を頂ける特権を与えられた立場です。そしてそれはいかなる殿上人様にも盾突かないと約束したから得られた立場でございます。いくら鳩崎様のご命令とはいえ、そんな嘘を言えば小笠原冥様に盾突くことになり大変なことになり・・」


「ミーシャ!光明家族の正式な一員になりたくないのかい?」


「!!そっ・・、それは・・・」


秀樹はミーシャのそばに近づくと、彼女の顎に手を当ててささやきかけるように言う。


「哀れなミーシャ・・・。君は太古の昔、僕たち殿上人には同行せずに新世界に残った一族とエルフの間に生まれた存在。僕たちの世界とこの世界が再び交流するようになって君は喜んだが、ハーフということで殿上人のクラスには入れてもらえなかった。僕はそんな哀れな君を救いたいんだよ・・・」


「君は細かいことは知らなくていい・・・。僕の言う通りにやればそれでいいんだ。すべての責任は僕と光明家族が持つ。教主様も了解済みだ。光明家族の一員になれば、君は晴れて殿上人の中に正式に入る道が間違いなく開かれる。こんなところでクズどものお守をする惨めな役割から解放されるんだよ・・・」


「秀樹様・・・」


2人はそのまま目を閉じて唇を重ねていた・・・。


こうして秘密都市の一角で人知れず、現実世界と新世界にまたがる大事件の計画が実行に移されようとしていた。


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