第59話 内務省国家公安局
東京、霞が関。その中心に新しく省庁が統合改変される形で作られた内務省が存在する。その建物はおおよそ他の日本の省庁建築とは異質な違和感と圧迫感を放っており、一説では旧ソ連・ロシアのルビャンカを手本に設計されたのではないかとまことしやかにささやかれているほどである。
その内部に存在するのが国家公安局である。本組織は2035年現在、政治から経済、教育や文化、果ては芸術や娯楽に至るまであらゆる分野に隠然たる影響力を持つようになった組織である。警察の公安警察が拡大再編成され、かつ権限を大幅強化する形で作られたこの組織は、強大な治安立法を新世界発見という未知の脅威の扇動と、国際情勢の不安定化、貧富の格差からくる凶悪事件が多発するという不明確な口実を元に国民の不安や反対を押し切って成立させることに成功したことで、旧内務省官僚が果たせずに無念を呑んだ内務省をその戦前の権力とともに復活させることに成功した。
憲法改正による自衛隊の国軍昇格より先に、である。
最近の漫画やアニメでは、国家公安局のイメージは極めてよく描かれている。曰く、内外の脅威から日本を守る正義の組織として、である。日本の有名漫画でもそう描かれているのだ。
しかし、現実は・・・・・・・・。
暗室に大量のモニターが並ぶこの部屋は、新たに建設された内務省の建物の中でも最も地下に位置し、職員の中でもごく一握りの人間しかその存在自体を知らされていない。
「脱走した被験体番号C5621・“CLOWN”の現在位置はまだわからないのか?」
部下と思わしき男女にやや高圧的な口調で問いただす髭ずらの眼光鋭い中年男は、モニターが並ぶ薄暗い部屋のほぼ中央に鎮座していた。
官僚然とした高慢な態度と、現場で実戦経験を重ねてきたであろう老獪な雰囲気を合わせ持つこの男は、態度だけでこの部屋の主であるということを無言のうちに証明していた。
贅肉のない引き締まった肉体にパリッとしたシワ一つないスーツを着こなした中年男は、細長い葉巻を机の上にあるシガーケースから取り出した。そして、懐から年季の入ったジッポーライターを取り出してそれに火をつけた。部屋全体の照明が暗くて見えずらいが、モニターの光に照らされて見える煙は紫色を帯びた強烈な匂いがするものだった。
「第2局長、被験体“CLOWN”の所在は以前不明のままです。現在、他の“勇者パーティ”に捜索をさせておりますが、依然行方不明です」
第2局長と呼ばれたその中年男は、眉間にしわを寄せた不機嫌な顔をして口を開く。
「まったく、まさか被験体が研究所から脱走して行方をくらませるとは・・・。大体被験体は殿上人方から現地教官役を経由して一時的に自我の保持と特殊能力の保持を許可されているだけのただの社会不適合者の集まりだったんじゃなかったのか!?」
「そっ、それが例の被験体“CLOWN”は想定外の潜在能力を持っていたようで、選別石の磁場を突発的に克服したようです」
中年男は自らの机にあった報告書らしきものを一瞥してからそれを再び机にやや乱暴な手ぶりで置いた。
「ウラニウム産出地帯確保までは特段能力数値に変化なし。選別石の間での適性検査の直後、突然能力数値に異常な上昇がみられた・・・か。完全な突然変異体みたいなもんだなこりゃあ」
「で、捜索している被験体グループは大体どれくらい捜索を終えた?新世界は広大だが、あの研修所から奴が逃げた方角から大体の潜伏先は割り出せるはずだ」
「はい、全力を挙げて捜索しております。我々の“勇者パーティR77”が新世界モンスター・エルフ居住地の奥深くにすでに潜入しているとのことです」
部下と思しき若いスーツ姿の女性は淡々とした口調で中年男に報告する。凛とした雰囲気の女性はいかにも仕事ができるキャリアウーマンといった出で立ちで、2035年の現在、社会の女性進出が進んだ証のように表面上思える。
だが、・・・・。
彼女は公務員とは思えないほど不自然な長さのきわどいミニスカートを履いており、しかも胸元を大胆に出している。他の女性職員も全員同じような姿であり、男性職員もいるが皆それを問題視しているように見えない。
そして、第2局長はその女性の尻を手慣れた手つきで撫でまわしていた。だが、女性は全く抵抗するそぶりも見せず、恥ずかしがる様子もない。より正確には抵抗するそぶりを必死で隠しているように見える。
「局長様・・・。その・・・。続きは後でよろしくお願いいたします・・・・・・」
「いい心がけだ・・・。世の中ってもんの摂理をよく理解している子はかわいいよ。公共の秩序を守るためには女の色気も武器として絶対必要だからなあ~。こいつは潜入捜査の立派なクンレンなんだよお~。あとでいつものホテルで続きと行こうじゃないか♬」
社会はいまだ、忌まわしい忖度をすることが暗黙の了解として生き残り続け、犯罪をそうではないというヤクザ的因習を黙認し続けなければならない状態が続いていた。いや、社会全体の貧富の差の拡大で逃げ場がなくなった今、地位と収入源を維持するために泣き寝入りせざるを得ない悪習はより拡大再生産されていたのだ。
それも、社会正義を守らなければならない警察の腐敗は度を越したものとなり、就中、国民生活全体を監視する強大な権限を獲得した国家公安局の専横を止める者は存在しなくなっていた。極悪非道の犯罪すら平然と行う彼らは防諜の任務より罪のない一般国民を弾圧・迫害する極悪非道の犯罪を公安警察の頃から行っていた。
彼らは自らの予算獲得と権限拡大、組織維持のために罪のない一般市民を凶悪犯、過激活動家、スパイに仕立て上げ、それらをストーカーのように巧妙に追いかけまわして精神的苦痛を与えて自殺や生活破綻に追い込み続け、それをモニター越しに見てはケラケラ笑って楽しんでいた。中には女性への性犯罪を実地研修と称して堂々と行っているという噂まである。公安はまごうことなき国営犯罪者の巣窟だったのだ!
取り締まる?誰が?警察を取り締まる存在など存在しないのだ!国家公認の国営犯罪組織を取り締まる存在はこの世に存在しない!
技術は進歩しても、人間の精神は逆に退化していたのだ・・・・・・。
第2局長は女性部下の体を触り続けながら平然とした声に戻って愚痴をこぼす。
「この脱走被験体は俺らの主人とは別のグループの所管だが、殿上人様方同士が提携関係にあるから俺らの仕事でもある。それに・・・」
「社会不適合の被験体候補を日ごろから盗聴盗撮して選別する業務も主なお仕事ですもんね。第2局長さん」
突然の背後からの声に中年男が驚く。部下の女性からとっさに中年男の手が離れ、女性部下も襟を正して若い男に敬礼する。
背広姿の大学生くらいの男が中年男の背後に立っていた。その姿を見て高慢な態度をしていた中年男の顔色がガラリと変わった。
「これはこれは鳩崎秀樹様!はるばるこのような穴倉みたいな場所にお越しいただきありがとうございます!」
「ああ、挨拶はいいよ。今回の件は僕のミスでもあるから光明家族の教主様にけじめをつけて来いって言われたんでね。だから僕もここで陣頭指揮を執ることになった。よろしく」
「はっ、はい!光明家族の教主様には常日頃から大変お世話になっておりますゆえ、ぜひよろしくお願いいたします!」
中年男は慌てて紫色の強烈な煙を放つ葉巻を灰皿に押し付けて火を消した。同時に室内の換気を全開にして強烈な葉巻のにおいを室外に排出する。
「まあ、大丈夫ですよ局長さん。僕はあいつのことをつぶさに見てきてたんで、多少自我を維持してまあまあの能力を身につけても大したことありませんよ」
鳩崎秀樹と名乗る男は中年男よりはるかに年下だ。だが、中年男は卑しい手振りで彼に媚びを売っていた。いささか滑稽に見えるくらいに・・・。
「鳩崎様、それで・・・、その・・・」
「ああっ、局長の新世界の取り分、ちゃあんと用意しておりますよ」
「はっ!あっありがとうございます!!!何せこの仕事厳しいもんで、割り振られた予算だけじゃだけじゃ心細くて・・・・」
「うんうんわかっているよ。何せ局長のお仕事は正規の予算だけじゃできない仕事だもんね。ちゃあんと新世界特産・魔法のお薬は確保してあるから安心してね」
「あと、番号P9613・“REINCAR”。彼女は選別石には不適合だったけど、ワクチンの効果でより深い深層心理への操作が可能になったから、彼女を強化して脱走被験体の彼にぶつけようとも考えている」
「あの~、鳩崎様。あなた様もたしか新世界行きの際に例のワクチンを打たれたのでは?大丈夫なのでしょうか・・・?」
「ああっ、僕が打ったワクチンはただの栄養剤だよ。新世界に入るために他の組織の連中をだますために表向きワクチン接種しましたっていうアリバイのためにさ。“SUDRA”くんもそう。本当にワクチンを打っているのは今回の件では“CLOWN”と“REINCAR”だけだよ。でなきゃあんな危ない洗脳強化剤を打つわけないじゃん。最も、“CLOWN”はそれをもはねのけちゃったけど」
「というわけで早急に“CLOWN”を始末しにかかるよ。あいつは色々危険なことをやらかす気配があるからね」
「了解いたしました!鳩崎様と光明家族様には常にお世話になっております!これからもぜひよろしくお願いいたします!」
第2局長は最後まで卑しい媚びを鳩崎秀樹という若い男に売り続けていた。ここに公務員としての倫理観は存在しない・・・。
そして、鳩崎秀樹は襟を正して大声で叫ぶ。
「すべては全世界を照らす光明家族の下に!」
中年男を含めたその場の職員全員が鳩崎秀樹の言葉を繰り返す。
「すべては全世界を照らす光明家族の下に!!!!!!」
2035年、日本の官庁にはそこに巣くう謎の組織が掲げる特異な教義が法律よりも優先されていた・・・・・・・・・・・・。
「はあ!はあ!はあ!はあ!一体何なんだよ、あいつら!」
新世界にある最果ての町・ナタニエレ。その町から数百キロ離れた森林地帯。
1匹のオークが何者かに追われて森の中をなに振りかまわず走って逃げている。商人特有の前掛けをしたその姿から彼は行商をする旅商人と考えられる出で立ちだ。
数十メートル先には仲間と思われるオークたちが全身血まみれになって横たわっていた。人数は12名くらいだが、全員虫の息状態で、半分以上はこと切れていた。
一人だけ無傷で生き残ったであろう若いオークの男は、全力で逃げ続けていた。そのあとを謎の四人組が追う。
4人組の一人が何かを唱えた。
次の瞬間、先が恐ろしく尖った無数の氷の槍が術者の前に現れ、息を切らしながら必死で逃げるオークの男めがけて飛んでいく。次の瞬間、その氷の槍はオークの男の背中に数本突き刺さり、男は悲鳴を上げてうつぶせに倒れこんだ。
「はーっ!!ウゲッ!」
息も絶え絶えなオークの前に4人組が取り囲むように立った。
「異世界大魔王シルバースタインの下っ端の一人だな!知っていることを全部吐け!!大魔王に寝返った勇者サトシのことを知っているか!?」
4人組のリーダー格と思しき若い男がオークに向かって叫ぶ。
「まっ、待ってくれ!おれはシルバースタインとかサトシなんて名前聞いたこともねえんだよ!!」
西洋風の両刃の剣に兜、鎧、盾というロールプレイング風の姿に身を包んだ若い男は、オークの発言などお構いなしに彼の顔を足で踏みつけながら怒鳴り続ける。
オークは苦しみながらも4人組に向かって必死で叫ぶ。
「お前らなにもんだ!?ここら辺は人間が来る場所じゃねえはずなのに。まさかここ数年俺らの領土を荒らし回っているっていうゴロツキ人間どもか!?」
「ねえイソノ?こいつはホントに大魔王に寝返った勇者サトシのことを知らないみたいよ?どうする?」
先ほど氷の攻撃魔法を放った魔法使いの帽子と杖を持つ少女はイソノと呼ばれる男にオークの処遇を問いただす。
「このあたりはもうとっくにモンスターとエルフの領域深くだし、人間に友好的な街もまず皆無だろう。下手に逃がして救援を呼ばれたら俺らの命が危ない。殺しておこう」
イソノと呼ばれた男よりもより重厚な鎧兜に身を固めた男はそう言うと、両刃の剣をオークの心臓めがけてためらうことなく突き刺した。
「ガッッッ!!!ブエッ!!・・・・・」
オークの男は断末魔の叫びとともに絶命した。
「裏切者勇者サトシを討伐か・・・・。結構サトシってやつ強いって女神さまは言っていたし、勝てるかな・・・」
イソノという男がつぶやくと、魔法使い風の格好をした少女は軽い口調で話す。
「大丈夫だよ。ほら、悪に染まった勇者を倒すってシナリオよくロープレとかアニメにあるじゃん。今回も勝てるし、それにこの大魔王シルバースタインの領土を解放すればモンスターもエルフたちも救われるんだよ。一石二鳥じゃん」
4人組はオークたちの亡骸から水、食糧、金目の物を漁ると森の中を歩きだした。




