第54話 禍事の少女・椿
「私はただずっと待っているだけでいい。あなたの心が折れるまで」
「私の心は折れません」
「誠の心を尽くせば必ず相手は答えてくれる。誠の心にあなたは打ち勝てるかしら」
「・・・・・・・」
私は悩む。公子という人は表面上世の中を支配しているとされている政治家などをさらに支配しているという殿上人と呼ばれる存在。一般人の間ではまず聞いたことがなく、何か書いてあったとしてもそれはコンビニの漫画コーナーあたりにある低俗な陰謀論系のネタ本に書いてあるくらいだ。
だが、私は新世界の一件もあって、そんな特権階級の人というのは現実に存在するということを直視せざるを得ない状態になってしまった。新世界には現実世界では公表されていない恐ろしい現実があった。そして、その秘密をすべて知っているとてつもなく恐ろしい人が目の前にいるのだ。表面上は普通にしているつもりだが、心の中では綱渡りをしているような感じだ。神経がきしむ気がする。
でも、その人はなぜか私によく接してくれている。新世界で偶然得てしまった私の能力というものがそんなに重要なのだろうか?
エルフのエルードさんは私の身につけた能力のことを言っていた。相手の洗脳を解く、そして、洗脳の結果から生じたものをすべて無効化すると。魔法などもすべて自己のイメージをそのまま現実にさせるようなもので、要は強烈な自己洗脳によって完成されていて、私はそれを打ち消して無効化できてしまうらしい。
公子さんは私の能力を危険なものとみているらしい。朧気ではあるが、それは殿上人という人達はこの世を洗脳によって支配していますと言っているということではないだろうか?単純にそう考えると公子さんがやたらと私にこだわる理由もなんとなくわかる気がする。
でも、公子さんはそれだけではない。下心はあるかもしれないが、本気で私を案じてくれている誠意も感じなくもない。単なる利用価値のある存在としてみる以外の良心を感じるというのも事実なのだ・・・・・・・。
どうしよう・・・・・・・。霞先輩のことを聞こうと今日出てきたけど、どうも公子さんからいい返事は期待できないと分かったし、かえって現実の世の中の仕組みを突き付けられてしまった・・・・・・。霞先輩の努力と現実における幸せを考えると、私の考えは・・・・・・。
私が公子さんに突き付けられた現実の社会について苦悩しているその時だった!
ドォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
!!!
店の近くで爆発音がした!爆風が店のドアの隙間などから入り込み、ガラスのコップなどを容赦なく床や壁に叩きつける。
「キャー!!」
店の窓ガラスが爆風で派手な音を立てながら割れ、店の調度品なども床にたたきつけられて割れていく音が店内に響き渡る。
何!?事件?事故?それとも?
私が考える間もなく、公子さんがテーブルを乗り越えて私をかばいながら床に伏せた!不意にも公子さんと体が密着してしまい、とても恥ずかしい・・・・・・・。
周囲ではパニックになった人々が一斉に店の外に出ようと殺到している。
公子さんは何かを念じている。何かを調べているようだった。
「放射線・・・・通常値、生物兵器・・・・検知せず、化学兵器・・・・検知せず。しかし、微量な魔力を感知!」
そう言った瞬間、公子さんは私の手を取って走り出した!
「律子!ここを離れるわよ!この爆破の狙いは私たちだわ!早く!!」
「そっ、それってどういうことですか!?私たちが・・・・・・!?」
「詳しい話はあと!!世の中には幼児のないものねだりみたいな動機で派手な事件を起こす輩がいるとだけ今は言っておくわ!」
「本当は爆発の時とかは外に別のメインの爆発物があったりするからすぐに外に出てはいけないんだけれど、魔力の気配からこれは私たちを狙っての犯行ってことがわかるわ!他の人を巻き込まないためにここを離れるわよ」
私は公子さんに手を引かれて店の外に出て走り出した。同時に公子さんは多めのお金を店のレジに勘定書きとともに置いていった。
公子に手を引かれて律子は東京駅から少し離れたビル街の隙間にある細い路地に入った。しばらく歩くと少し広い空間が広がっており、周囲にはゴミ箱が数個置かれ、その上には使用しなくなった古いパソコンなどが3台ほど、野菜などが入っていたであろう段ボール箱が数箱置かれているだけの薄暗いところだった。
公子さんはそこで立ち止まると、大声で叫んだ。
「椿!!あなたなんでしょう!!一般人を巻き込むのは禁止のはずよ!!出てらっしゃい!!」
公子さんの叫び声に呼応するかのように、建物の陰から一人の少女が影から這い出る幽霊のように現れた。
ロリータ風の西洋人形風の服装をした少女はとても可憐であり、年齢は私とほぼ同じくらいだろうか・・・?しかし、この少女、その外見からは想像できない威圧感を同時に放っていた。凍り付くような恐ろしい雰囲気がこの薄暗い空間を覆っていく。
私はこの少女からタダならぬ気配を感じ取っていた。おそらく、この人は公子さんと同じ世界の人だ・・・・・・!
少女は律子の全身を上から下まで何かスキャンでもするかのように見つめる。そして口を開いた。
「初めまして、上総律子さん。私、御船椿と申します。新世界で私の部下がずいぶんとお世話になりました。結構あいつも私の配下の中ではまあ~まあ~の実力者だけど、情緒に不安があるってところがアダになったのかなあ~?」
!!
新世界って!?まさかこの人も公子さんみたいに私のことを知っている!?
律子は警戒しつつ平静を装って受け返す。
「あっ、あの何か人違いではないでしょうか?私は新世界に行ったことなんて・・・・・」
「り~つこ?あんたのことは全部調査済み!ごまかし方下手よ!!研修所で教官役してた私の飼い犬を叩きのめしたでしょう?今日はお礼を言いに来たってわけ!」
まずい!この人公子さんと同じで私のことを知っている!
私は反射的に弁明する。
「待ってください!私は偶然新世界に飛ばされちゃっただけで、あの施設での出来事もあの女の方から私に攻撃してきたんです!私は自衛をしただけです!」
意を決して言うと、御船と名乗る少女は意外な言葉を口にした。
「自衛かあ~。まっ、こっちとしてはそんなことは本当のとこ、どうでもいいの。肝心なのは強ければいいってこと。ヘマやらかした馬鹿の尻ぬぐいなんて鼻からする気ないし。実はさ、今日はあんたに選択肢をあげようってわざわざあんたのとこまで足運んだの」
少女は左手を腰に当てて右手は伸ばし、右手の手のひらを広げて勝ち誇ったかのようなそぶりをしながら律子に対して上目遣いになりながら言い放った。
「新世界の件、黙っててほしかったら私に無条件で従いなさい、律子!これは命令よ!さもなくばこの場であなたと家族、そして友人もろとも全員消すわよ!!」
消す!?つまり殺すということ!?何なのこの人?出会うなりいきなり私を脅迫するなんて・・・・・。もしやこの人も公子さんと同じ殿上人の!?
律子は身構えて口が震えながら質問する。
「あなたは・・・・、いったい何者なのですか?」
「あっ、言い忘れてた。私は御船財団の理事をしてるの。あんたが新世界で第36研修所に行ったときってさ~、たまたま私のとこのセミナーやっててさ~、その時警備と講師も私んとこが担当だったの。そこにあんたが入り込んできてあれこれ引っ掻き回してくれちゃったってわけ」
御船財団?確か公子さんの葦國財団と同じくらいの規模で、慈善事業を展開しているとは聞いたけど・・・・・・・。世界の貧しい国とか貧困家庭への支援ということはたまにテレビや新聞、ネットの広告で聞くけれど、実はあまり詳しい事業内容はわからない。昔、小学校で募金運動か何かで初めてその名前を知ったけれど、HPを見てもありきたりのことしか書いてなくて、あまり印象に残らなかった記憶しかない。
椿と名乗る少女は独特の飄々とした態度をとりながら、表情を露骨に不機嫌にして言い放った。
「それにさあ~。何でよりによってあんた葦國なんかと一緒にくつろいでるわけ?妙に葦國の最近の行動を傍受できなくなっててよもやと思ったけどやっぱり抜け駆け?いつものことだけどすました顔して先に獲物を篭絡するのやめてくれる、公子!」
「あら、誰を引き込もうと私の勝手でしょ、椿?あなたこそいろいろ阿漕なことしているじゃない?少なくとも私は認めた相手には誠意を尽くして扱っているわよ」
公子はさらに畳みかける。
「第一、今あなたがやったことはルール違反よ。現実世界ではやみくもに超常の力は使ってはいけない取り決めのはずよ。度を超すとさすがに隠蔽できなくなるし、何かあったらどう責任を取るつもりなの?椿!!」
公子の詰問口調を聞くと一瞬、邪魔くさいと言わんばかりのけだるそうな表情をした。
「ルール?馬鹿じゃないの?倫理とかルールなんてあってないようなもの。違法といえばこの世の出来事の大抵は違法。それをうまく相対化して違法を違法じゃないと演出してるだけよ。世の中権力を持っている人間に本当の善人なんて存在しない。善人に見える者は悪さをしていても、表面上は違法なことをしていませんと大衆に思い込ませる演出力に長けているだけ。それに、何かあったところでマスコミが私たちのことを報道なんか絶対にしないしね。どんなことをしても事故ってことで終わるのよ」
「相変わらず私たちは話がかみ合わないようね。いい加減にしてほしいわ」
私は2人のやり取りを呆然と見ていることしかできなかった。どうやらあのロリータ服の人は公子さんと顔見知りのようだ。会話からライバル関係にあるのか、少なくとも良好な関係ではないことが窺える。
でもあの子は怖い気がする。年齢は私と同じくらいだけど、何か危ういものを感じるのだ。公子さんも怖いけれど、それとはまた違う。話の節々を聞く限りだが、どうもあの人からは公子さんにある思慮深さがない。端的に行って、直情的に自分の欲を何振りかまわず突き付けてくる幼児性を感じるのだ。
両手をやれやれという仕草をした直後、ただでさえ緊迫していた椿という少女の周囲がさらに異常な空気に包まれた。空気そのものに質量があるかのような苦しみが生ずる感じ。例えるなら湿度の多い蒸し暑い日の空気の重さに、京都などの盆地特有の肌を刺すような痛みのある真冬の寒さを合わせたような神経に重しがのしかかってくるような空気が迫ってきたのだ。
少女は飄々とした先ほどの態度から一変、年齢不相応の殺意に満ちた目つきに変貌した。
「あんたと話してるとホントろくなことがない。シンプルに力比べと行きましょ、公子!!!」




