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異世界実録路線 少女は魔の現実に立ち向かう  作者: 幻影摩天楼


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第53話 ささやかな楽園と静かな現実

公子さんと出会ってすぐ、私は彼女の気まぐれに任せて東京駅周辺を歩く。普段綿密な計画とかで追われて疲れているからという理由で、たまには何の計画もなく街中を気ままに回るのが気晴らしにいいらしい。私は治安のことを懸念したが、このあたりのことは熟知していておかしなところには近づかない、と公子さんは言っていた。


天気のいい日とはいえ、人の多い東京のことだ。東京駅周辺に来るといつも時間の流れがとても速く感じる。


八重洲の地下街から高島屋付近にかけてのんびり歩く。土曜とはいえサラリーマン風の人も多く見かける。一見キリっとした雰囲気の人もよく見ると目が笑っていなかったり、精気が感じられない人が多い。どこか自分のことで精いっぱいで他人のことは眼中に入れている余裕がないという雰囲気を醸し出している。特にこの数年でこのような光景は増えた。私が普段電車に乗った時もみんなスマホの画面をのぞき込むことに集中していて周囲の環境を遮断しているように見えるし・・・。


「律子、どうしたの?こんな朝から付き合わせて悪かったかしら?」


「いや、そういうわけではありません。ちょっと戸惑っちゃって・・・。なんか公子さんのような偉い人と2人だけでいるって緊張してしまうというか・・・・・・」


「ふふっ、そう緊張しないで。私はこうして意味もなくごく普通の日常を過ごせることがとても幸せを感じる時間なの。今日は付き合ってくれて感謝するわ、律子」


公子さんの感性は私とどこか似たところがあるのだろうか?でも、一致するところと相いれない所がある気がするようなしないような・・・・・・。


「そうそう、近くにカフェがあるの。まだ朝だしコーヒーでも飲みましょう」


すすめられるままに、近くの高級そうなカフェに入ることになった。


店内はシックな調度品で飾られた落ち着いた雰囲気で、いかにも老舗という風格はチェーン店にはまねできないものを感じた。五感で感じる満足感を来店者に与えてくれる。そんな感じがした。


私と公子さんは大きな木製のテーブルに向かい合わせになる形で座った。椅子は小さめのロングシートのようになっており、落ち着いた暗めの赤色で非常におしゃれな感じがする。小さめといっても詰めれば横に3人は優に座れるゆったりとした席だ。


 公子さんと対面してはっきりと顔を突き合わせる。お互いとりあえずブレンドコーヒー飲み注文して話を始める。


「あら、律子もコーヒー好きなの?」


「はい、よく母が豆を買ってきて、それを自分で挽いています」


偶然だが公子さんも私もコーヒー党であることを今日初めて知った。母がコーヒー好きな関係で私も母が豆を買ってきたときにミルで挽いてよく飲むのだ。公子さんも私と同じく自分で挽く派らしい。


こうして面と向かってみると、公子さんは本当にきれいだ・・・・・・。霞先輩や荒木先輩もきれいな人で憧れているけど、この人は先輩方には失礼だが次元がさらに違う美しさだ・・・・・・。色白で冷たい感じの顔立ちはやや洋風の雰囲気で、目がとても美しい・・・。そして引き締まった口元がさらに顔全体を引き締めている感じ・・・・・・。何よりもその品格の高さが私たち一般人との間に到底超えられない壁を感じてしまう・・・・・。本当に先輩方と同年代の人なのだろうか?そして、どうして私はこんな人と一緒にここに座っているのだろうか・・・・・・。新世界での一件といい自分でもこの場面まで来たいきさつが信じられない。


もし・・・もしこの人に告白なんかされたら同性である私も理性が耐えられる保証はない。そう断言できる・・・・・・できてしまう・・・・・・。


私が公子さんに無意識に見とれてしまっているうちに給仕さんがコーヒーを2つ持ってきた。


「うーん。ここのコーヒーはいいわ。自分で挽く以外のでは5本の指に入るかしら?」


「本当だ。酸味とまろやかさのバランスが取れていて、それでいて味わい深くて妙な癖もない」


かなりいい豆を使っているであろうことは香りですぐわかった。そのせいか、飲んでからも変な胃もたれがしない。有機農法の豆なのだろうか?


「律子」


突然、公子は律子と向かい合わせに座っていた席を立ち、ゆっくりと律子の隣に座る。


「律子。後ろ向いて」


公子は細い腕を伸ばし、彫刻のようなきれいな指を律子に伸ばすと、律子の長い髪に触れた。


「ひゃあ!」


律子の髪を公子は愛でていた。少し振り返って見てみると、気のせいか公子さんの顔も少し赤くなっている気がした。


「律子。あなたは私のことをきれいって言ってくれるけど、あなたもとてもきれいな顔をしているわよ。自信を持ちなさい。そして、あなたの髪の毛も絹のようにきれいよ」


私は一応髪の毛の手入れには気を使っている。紗月ちゃんもよく私の髪の毛を褒めてくれるし、私は凛々しいって言ってくれたりする。素直にとてもうれしいけど、恐縮してしまう。まして、公子さんにそんなことを言われるとなんていえばいいのか思考が硬直して動かなくなってしまう・・・・・・。


「きっ、公子さん。はっ恥ずかしいです。私、あまり髪の手入れとか得意ではないので・・・・・・」


「あなたからは自分で気づいていないだけで、とても強い意志を感じるわ」


「そんな・・・・・・。私はあなたのような全てを兼ね備えた人ではありません。」


「いいえ、あなたは自信を持つべきよ。持たないと駄目よ。徹底した自己の肯定こそが過酷な世の中を勝ち抜いていく原動力なのよ。こちらに劣等感を植え付けて有利に立とうとする卑しい人間が世の中には想像以上に多いのよ。そういう低級種から自分を守る方法は自信を持ち自分を強く信じることだけよ。自分に劣等感を植え付けようとする愚か者は誰であれ叩きのめしなさい。私はあなたのことを肯定するわ。どこまでも・・・・・・・」


強い意志・・・。私は自分の意志が強いと言えるのか正直分からない。ただ霞先輩との・・・、紗月ちゃんやみんなとのごく普通の日常を守りたいだけ・・・・・・。

私はは意を決して霞先輩のことを公子さんに話してみることにした。


「それでは公子さんに相談したいことがあります」


「なに?私に相談なの?何でもいいから言って?」


「私の学校の先輩に三好霞さんという方がいます。その方はとても努力家で、難関大学への合格を目指して新世界での合宿に参加してトップレベルの実力者になりました。でも、霞先輩はそれから性格がおかしくなってしまった。その前は思いやりのあるとてもやさしい方だったのに新世界での合宿に行ってからだんだんと性格がおかしくなっていったんです。冷酷になったというか、人を区別するようになったというか・・・・・・」



律子の説明に公子は間髪入れずに返答する。


「新世界の磁場によって思考能力が向上した方のようね。あなたの話を聞く限りその人は新世界での合宿に選抜されるくらいだから優秀で多少の自我は残っている方だとは思うわ。でも磁場の影響で頭脳が極端に向上した代わりに、人が内に秘めている支配欲が同時に極大化しているパターンね」


「どういうことなのですか?」


「あなたは確か新世界に行ったとき、あの研修所ビルに捕らえられていたエルフの少女と一緒に脱出したでしょう。そしてホワイトエルフの長老から新世界の大まかな実態は聞いているでしょうから新世界の磁場のことは多少ご存じでしょう?」


「そんなところまで私の行動を把握していたんですか?」


「言ったじゃない。新世界にも専用の衛星があって、大抵の人間の監視はできるようになっているの。当然この現実世界はなおさらよ」


カップに入ったコーヒーを一口飲んで、公子は続ける。


「新世界の磁場はそれを克服したものに超越的な力を与える。それを手にできるのはごく少数で、大半は自我を失って程度の差はあれ奴隷労働力として奉仕することになる。ただ、その中でも一部分だけずば抜けて能力を向上させつつ少しの自我が残る人もいるのよ。現実世界で選抜されて新世界に研修として送り込まれた予備校生は意志強固でかなり自我を保つ基である信念を持っている人が多いからそれに該当する人材が多いわ」


「けれど、一部だけ能力が驚異的に向上して自我も少しは残る反面、人間の持つ自由になりたいという欲望の中で最も強い部分が肥大化しちゃう副作用があるのよ。それは支配欲。人よりもはるかに上の存在になれる切符を得られたという達成感が新世界の磁場の影響で同時に増大して、結果、一種の選民思想を持つようになるのよ。それにより他人を支配すること、意のままに操ることに喜びを感じる支配欲に目覚めてしまうことが多いというわけなの。他人よりも優位に立てる。この強烈すぎる快感を伴う欲望に抗える者はまずいないわ」


「その人たちは現実世界における望んでも得られない殿上人に次ぐ地位が約束されて、私たちのために働く高級奴隷になるの」


「公子さんならすべてご存じだと察していましたが、それだけ状況を把握されているなら話は早いです。公子さん、お願いします!霞先輩を元に戻してください」


「元に戻してどうするのかしら?」


「えっ!?」


「彼女が元に戻ったところで、彼女はそれを喜ぶかしら?律子、彼女がそのような選択をしたのはわかっていると思うけど世の中で生き抜いていくために当然支払わないといけない代償なのよ。今の、そしてこれからの世の中を勝ち抜いていくためにはそれくらいのことは当然よ」


「霞さんという方は本当にあなたの言う元の霞さんに戻ることをお望みなのかしら?現実を見てごらんなさい。あなた一人が日常を守りたいといっても、いずれあなたたちは学校を卒業して社会に出ていかなければならない。社会に出れば最後、以前では常識と表面上されていた穏やかな日常なんて存在しないわよ。昔は1つの会社でまじめに働き続ければ将来設計できたなんて時代は大昔の話。大企業でもずば抜けた専門知識とAIロボットを凌駕するハイレベルなマルチタスク能力なしには若い正社員でもリストラされてしまうのよ。おまけに女性は現実問題男性より地位は低いままなのが現状よ」


「でも唯一の例外は私たち殿上人とそれに使える選抜された者たち。この階級は完全実力社会で男女の差別は一切ない。女性でも多くの男性を従えて堂々と胸を張っていける日本では例外的な世界なの。最もそこには入れるのはとても低いけれど。おそらく霞さんはそこまで見越して覚悟を決めておられたのだと思うわ。あなたがそれを元に戻そうとするのはそれこそあなたのエゴじゃないの?それで霞さんは喜ばれるかしら?現実は絵本の中のような勧善懲悪では図ることのできないことばかりなのよ、律子」


律子は声を出すことができなくなった。私も霞先輩がそこまで覚悟をされていることくらいは分かっているつもりだったが、社会の現実を知る公子さんの口からそう言われると、それは違います、とは言えなかった。


「そんな中、選別石に触れて能力を向上させながら自我を元の通り完全に維持し続けているあなたは、私たち殿上人と同じところに立っている存在なのよ。それはめったにあることじゃない。だから私はこうしてあなたがこちらに来るのを待とうって思っているの」


「“あなたの心の中の一番大切なものを渡しなさい”ですか・・・・・・」


「その通り。前にも話した通りよ。あなたが私にそれを渡します、って一言いうだけであなたの人生は一切の憂いから解放されることになるのよ」


「でも、それは渡せません」


「目の前に宝くじよりもすごいものが手に届く距離にあるのに、あなたは割と頑固ね。なぜあなたがそこまでこだわるのかしら?でも、それがまたいい。それでこそ手に入れる価値があるというものね」


公子さんはさらに満足げな笑みを浮かべて私の目をまっすぐに見つめてくる。とてつもなく美しい目。同時にそれは獲物に狙いを定めた野生の肉食獣の目を兼ねている凄みがあって恐ろしい!



律子と公子が平穏と緊迫が入り混じった会話をしている時、その光景を高層ビルの上から眺める一人の少女がいた。


黒を基調としたロリータ風の服装をしたこの少女は、距離がかなりあるにもかかわらず、肉眼のみで律子と公子の姿をとらえ、かつその会話を理解している様子だった。彼女はなにか気に入らないという表情で律子と公子を見ている。少女は口をへの字に曲げて指を打ち鳴らすと、彼女の影の中から6人ほどの人型の何かが出てきた。


「新世界の研修所でいたあの中学生・・・。なんでよりによって葦國と一緒にいるわけ?あいつら気に入らない。あなたたち。ちょっと焼きを入れてきて頂戴!」


「御意に」


黒い何か達は少女の命令を聞いた瞬間、了解の返事とともにその場から消えた。



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