第49話 殿上人は律子と戯れる
殿上人・葦國公子が突然上総律子の家に襲来した翌週月曜日の朝、律子は登校する準備を終えて学校へ行く準備をしていた。
時刻は7時30分。徒歩で行ける距離だからだいぶ余裕がある計算だ。
外からは鳥の心地よい鳴き声が時々聞こえてきて、朝日が差し込む朝をさらに爽やかなものにしていた。
いつものように紗月ちゃんがいつものところで待ってくれているだろう。いつもの光景にしかし律子はあの日の夜のことを思い出していた。
先週、突然我が家にやってきた少し年上の高校生の人。女性である自分が見てもつい惚れてしまいそうなたぐいまれな美貌と年齢不相応な知性と意志を兼ね備えた人。葦國公子さん。殿上人と呼ばれる日本はおろか世界全体を支配するという特権階級の人。ただの大金持ちだけでなく、圧倒的なカリスマ性と人を引き付ける魅力、統率力、そして想像を絶する何か恐ろしい力を秘めた人。そんな人が突然我が家に不法侵入してきたのだ。
両親にはとても言えなかった。言ったところで気がおかしくなったんじゃないかって言われてしまうのがオチだ。総理大臣などよりも上の階級の人が家のカギを魔法で開けて入ってきた。そんなおとぎ話のような話をして信じてもらえるわけがない・・・。
たしか、あの人は私が新世界に行っていたことを知っていた。そして私が新世界で身に付けた力に興味があるって言っていた。
“あなたの力は魔法を無効化するとかそんな陳腐なものじゃない。私たちの支配に支障をきたす性質のものよ。”
一体どういうことなのか、いま一つ分からない。あの人たちはそこまでして何かを解除されることを恐れているというのだろうか?もし、私が新世界に勝手に行ったことがばれたら大変なことになる・・・・・。そのことが心配で私はどうも落ち着かないのだ。
「おはよー!律子!元気?」
朝にいきなり私に向けられる無垢な笑顔。上品なブレザーの上下を着こなした女子高生が律子の通学路の途中に立っていた。先日は緊張してじっくり考えられなかったがこの人の髪の毛は本当にきれいだ・・・。見とれてしまいそう・・・・・。彼女は速足で律子に近づいて目の前に立った。
私は速足でその場を離れる。後ろから同じ速度で私を追いかけてくるのがいる!!
「ちょっと!ちょっと!いきなり逃げなくてもいいじゃない!律子!!」
私は全力で走る!走る!朝っぱらからなんであの人がいるの!?堂々と通学路にいるってどういうこと!?たしかあの人の制服の学校は別の地区のはずなのに!?
心臓が痛くなるほど走りながら律子の脳裏に様々なことが思い浮かぶ。だが、背後から迫ってくる人気がどんどん間合いを詰めてくるのが分かる。
「もう!人を見るなりいきなり退却するなんてひどいじゃない!律子!」
彼女は私の目の前に回り込んだ!足の速さはかなりのものだ。
「あっ、葦國公子さん!なんで私の登校中にあなたが出てくるんですか!?」
「あなたと仲良くしようと思って待っていたの。いいでしょ?」
!?
なぜそんなに屈託のない笑顔ができる!?先日のすごみは何だったのか?
「律子。先日いきなり押しかけて威圧的に接したことは謝るわ。でも私はあなたのことを本気で買っているのよ。だからこれからあなたと頻繁に交流してあなたに心変わりしてもらおうと思ったの」
「こっ、心変わりって・・・。どういうことですか・・・?」
「私のところへ来た時のすばらしさを味わうことで、あなたに憂いなく自分の意志でこっちに来てもらうっていうこと。要は根比べね」
「どうして・・・ですか?」
「何?」
「あなたなら無理やり私を連れていくとか、新世界でのことをバラすとか言って脅迫することもできるはず。何になぜ私が本心からあなたのもとに行くって言わせようとするんですか」
「私の信念だからよ」
「無理やり従えた部下なんて必ずどこかで反逆される。危機の時なんて特にそうなるわ。私が部下にする者は危機の時にも私とともに戦ってくれる心から信頼できる人。だから私はそれぞれの人に応じた自分のすばらしさを相手に見せつけることで相手が自ら私に従うようにしてきたの。おかげでみんな私に本気で心酔してくれているわ」
彼女は自分に酔っているかのように見えてかなり自信を持った態度をしている。話を聞いていても、やはり軽い話をしているようで所々人並外れた自信を感じる。正直、私もこの人の下に従いたいかと言われて、いいえ、と本心から言うことはできないだろう。
ブレザー姿の彼女と、セーラー服姿の私は違う学校だとはたから見てすぐに分かるが、違う学校の者同士が話をする機会って意外とないから、突発的なこととは言え私は不思議な満足感もあった。
今この人を見るとすごく気さくで人のいい感じ。今見る限り威厳よりも親しみやすさが勝っている感じで、ごく普通の女子高生そのものだ。朗らかな感じはここだけを見る限り霞先輩や荒木先輩にも通じる穏やかさすら感じる。
私と公子さんは途中まで一緒に歩く。彼女は常に笑顔で私を気遣ってくれる。年下なの荷こんなことしてもらっていいのかなって自問するくらい・・・。歩き方も普通のようで優雅。女子高生というより大人だ。それでいて年下の私にあわせた砕けた感じの話もしてくれる。霞先輩とも荒木先輩とも違う魅力がある・・・。すごい美貌にきれいな髪の毛・・・・・。あこがれる・・・・・。
・・・何だろう・・・、私、女なのにこの人に惚れてしまいそう・・・・・・。
・・・・・・・・・。はっ!!まずい!!なんか公子さんのペースに乗っちゃっている!!
確かにこの人はとてつもなく魅力的だ。だが!私はこの人の提案を受け入れるわけにはいかない!
“あなたの心の中の一番大切なものを私に差し出しなさい”
私の心の中の一番大切なもの、それが具体的になんなのかまでは言ってこなかった。でも、私には絶対的に受け入れられないものだと感じた。
私の学校の正門前まで来て、公子さんは私の手を取るとはっきりこう述べた。
「律子。私はあなたの味方よ。この先何かまずいことがあっても、私はあなたを理不尽な目に遭わせたりしない。それだけは覚えておいて」
「それではまたお会いしましょう。律子!」
そういうと公子さんは長い髪を優雅になびかせて颯爽と行ってしまった。
ずるい!この人は人の心がもっとも望むものを提示して心の中心を自ら差し出すよう仕向けてくる。耐えないと・・・・!耐えなければ・・・!!うっかり誘いに乗ってこの人の深淵を覗けば魂を取られる!!
律子の苦悩はこの先も続くのだった。




