第33話 行動心理実験計画 作戦名「パーソンズ」
東京某所・某施設地下。
その施設は日本の中枢に位置する場所に立っていながら、日本人が自由に立ち入ることのできない場所である。いや、より正確には日本の政治家も、果ては政治家を本心では見下す高級官僚ですら許可なくしては決して立ち入ることができない場所である。
何かとよろしくない噂が絶えないこの施設はしかし、内情を探索しようとするものはほとんどいない。日本の政治を実質国会を無視して決めているこの治外法権施設に対し、あらぬ詮索をして生還したものはいないという都市伝説すらある。重厚な建物は一見ホテルを思わせるが、管轄は米軍であり、日本人は許可なくして立ち入ると処罰される。
極度の貧富の格差により一度正規の職から離れると一切の救済がなく待つのは生き地獄しかないこの時代、深淵をのぞき込んで真実を詮索するような勇気を持つ一般市民はいない。せっかく手に入れた正社員や公務員の地位を手放したくはないからだ。
何かを告発などしようものならその告発者に対し、どこからともなく借金や女性スキャンダル、はては身に覚えのない薬物スキャンダルなどが執拗にリークされてバッシングされ、やがてその人は“一身上の都合”により自己都合退職を余儀なくされるからだ。これは一般市民といえども例外ではない。
施設内部のある部署。
その部署には最新のモニターが何台も並び、公務員というより白衣を着た研究者風の男女が数名、中央には背広を着た現場責任者らしき男が一人、ほかの職員や研究者風の男女に何やら指示を出していた。人種は米軍施設ながら日本人が多いが、何名か米国人とみられる男女も確認できる。
「第23班:被験体番号C5621・“CLOWN”の精神状態はどうだ?」
「経過は良好です。精神改変による副作用の症状もなく、順調にミッションを遂行中です」
現場責任者と思しき背広の男の質問に研究者風の白衣を着てタブレット型の電子カルテを手にする女性が簡潔に回答する。
「その他の被験体も同様です。番号H2354・“SUDRA”。番号P9613・“REINCAR”。番号R5807・“BADBOY”。いずれもひそかに投与したワクチンによる改変の拒絶反応はなく、ミッションに従事することに支障のある感情はありません」
「ご苦労。このプロジェクトは我が国がほかの国と合法に争えるステージだからな。現実にこんなスリリングな話はそうそうない。だから簡単におかしくなってもらったら困るんだよ。殿上人様のお力をわざわざ下賜していただいてのものだしな」
責任者らしき男は年は30代後半から40代前半、若手官僚らしい身なりの割には軍人的とも警官的ともいえる眼光を持ち、任務遂行に忠実という雰囲気を全身から漂わせている。
「部長。米国政府も今回のプロジェクトは人間の生産性向上の大変貴重なデータ収集に役立つとのことで大変満足されている様子です。おまけに資源地帯を他国を退けて支配できるのですから」
「それに、他国と合法に争えるって言っても、米国と殿上人様たちの許可があってのことですよ」
切れ者という雰囲気を醸し出すスーツ姿の日本人女性が部長と呼ばれた責任者風の男に説明する。日本人といってもその雰囲気は明らかに通常の日本人ではなく帰国子女か生粋のアメリカ人を感じさせる。
部長と呼ばれた男は日本人らしき外見をしているが、本当に日本人の、それも政府関係者かどうかもわからない。淡々とした口調と雰囲気のほかに周囲からは理解しがたい野心を持っているような眼光と、終始皮肉な笑みを浮かべたような口元はつかみどころのない不気味な人物という印象をさらに引き立てている。
部長は言う。
「彼らは幸せ者だ。落ちこぼれからこんな大義ある任務を仰せつかっているのだからな。まあ、変わりはいくらでもいるがな」
無機質なモニターには、人を人ととらえることのできない人間の自己満足の笑みだけが反射して映っていた。




