第27話 黒い華は事実を語りだす
上総家応接間。
和風の一戸建てである上総家の中に作られた応接間は洋風の作りで非常に落ち着いた雰囲気を持ち、昭和の頃の上品さを2035年の今にも伝えている風格のある作りになっている。
その中央にあるテーブルの両側には左右それぞれ2脚ずつ、合計4脚設置されている。
テーブルの中央には来客用の大理石製の大型の灰皿が置かれている。
壁の棚には古いトロフィーなどが置かれており、中には戦前に作られたフランス人形もある。そのフランス人形にはなぜか着物が着せられており、上総家に伝えられたところ、昭和戦前期に女学校でフランス人形に着物を着せるのが流行ったそうで、大叔母が作ったものとされている。
その椅子のうちの一つに、上品でかつ年齢不相応な大人の雰囲気を漂わせた女子高生が座っていた。
律子は台所で緑茶を入れている。
なにせ急な来客、それも招かれざる客が来ているのだ。
“どうしよう。一応家に上げざるを得なかったけど・・・・・。年が近い人とはいえ、あの人ただものじゃない。私の手に負えるような人じゃない感じだし・・・・・”
律子の胸中には明らかに動揺が広がっていた。
自分が新世界に行ったことを知っている人間がわざわざ自分の家に訪ねてきた。それも両親のいない時間帯に。しかも、自分の考えていることをことごとく見透かしているようなそぶりを見せている。こちらのことを知っているかに見せかける詐欺師の使うような心理トリックの線も考えてみたが、どうも話の内容が具体的すぎる。やはりあのビルに監視カメラがあったのか・・・・・。しかし、警察とか政府関係者ではなく、一女子高生が訪ねてくるとはどういうこと?
しかもあの女子高生、どう見てもただものではない。
見たところ霞先輩や荒木先輩とほぼ同い年くらいの人だと思うが、外見とは明らかに釣り合わない風格が感じられる。美貌や知的な雰囲気に加えてあの圧倒的な威圧感。わかっていても従わざるを得ないような雰囲気を一瞬で作り出す、場を支配する力とでもいうべきもの。それは独裁者、それも相当の最高権力者・専制君主が持っているであろう雰囲気があの女子高生からは感じられる。律子は当然一度もそんな人とは出会ったことはない。だが、人間の始原的本能とでもいうべき直感は、律子にこの人物はそういう危険すぎる人であるということを律子自身に教えていた。
お湯が沸いてお茶を急須に入れ、少ししてから来客用の湯飲みに入れる。
先ほどあの来客が持参した菓子折りも一応備えておく。見たところ、京都に本店のある和菓子店のもので、かなりの高級品のようだ。
それらをお盆にのせて、律子は応接間へと恐る恐る向かった。
応接間には来客が礼儀正しく椅子に座って待っていた。
その姿は見ているだけで美しく、しぐさ振る舞いからも彼女が相当な教養を身に着けた人物だと分かる。一瞬だが正直見とれてしまった。この光景を見るだけでは、とても人の家の鍵を勝手に開けて押しかけてきた泥棒まがいの人物には見えない。
それに、いったいどうやってピッキング対策の施された我が家の玄関のドアを簡単に開けられたのか?
この女性がプロの泥棒のようなピッキング技術を持っているようにはとても思えない。それとも意外とそういった技術を持っているという、人は見かけによらないというパターンなのか?
一瞬そう考えながら、律子は公子の前にお茶を置いた。そして、応接間の椅子に座っている女子高生の丁度テーブルを挟んで向かい側の椅子に律子は座った。
女子高生側から話を切り出す。
「改めましてご挨拶をさせていただきます。私、葦國公子と申します」
「は、はじめまして。私、上総律子と申します」
戸惑いながら律子は公子に挨拶をする。
それから律子は公子に質問を始めた。
「それで、ご用件は何でしょうか?葦國公子さん」
律子は最大限の勇気を振り絞って毅然と質問する。
「公子でいいわよ、律子」
「でもあなたは一応年上ですし・・・・・」
「それじゃあ公子さんでいいわ」
葦國公子はとても余裕をもって受け答えをする。
とても一方的に人の家に侵入してきた人間とは思えない優雅ささえ感じさせる。
「どうやって私の家に入ってきたんですか?」
「ああ、あれなら鍵の解除魔法で簡単に開いたわ。ピッキング対策を入念にしていたみたいだったけど、大したことはなかったわ。魔法による対策が施してあったらまた話は別だったかもしれないけど、それだったとしても私には問題ないわ」
「新世界でのあなたの活躍、見せてもらったわ。エージェント6の閃光魔法を無効化して、彼女自身の力の根源まで解除しちゃうなんてそうそう出来ることじゃない」
エージェント6?もしかして新世界のビルで私に襲い掛かってきたあの頭のおかしい女のこと?
公子の発言に律子は言う。
「あなたは一体何者なのですか?」
公子は間髪入れず答えた。
「私は葦國公子。葦國財団を実質的に率いている者です」
葦國財団。聞いたことがある。
戦前からの旧財閥の流れをくむ日本を代表する巨大慈善団体にして、日本一にして世界でも屈指の非政府組織。しかし、表面上は慈善事業を展開しているがその内実は非公開の部分が多く、謎めいた部分の多さからしばしば政治評論系の本などで陰謀論の対象とされていると、父の所有する政治関係の本を読んでいた時に書かれていた記憶がある。
「もしかして・・・・・」
いうべきかどうか、一瞬考えたのち、律子は思い切って新世界のビルの女のことを言った。
「新世界の白いビルにいたあの頭のおかしい女。あれはあなたの部下か何かですか?」
律子のこわばった声に公子は即答する。
「違うわ。あのビルの管理は各国共同でやっていて、あの教官は私とは別の派閥の人間よ。殿上人も世界各国にいるし、日本国内でも多くの派閥に分かれているの。最も、私たちの祖先はすべて元は新世界からやってきたんだけどね」
殿上人?たしかあのビルの女もそんなことを言っていた気がする。いったい何のことなの?
私はあの女が殿上人という言葉を口にしていた事実は伏せて公子という人に質問した。
「殿上人?それは何のことですか?初めて聞きますが?」
「殿上人とは、今この世界のすべてと新世界の半分以上を支配する私たち支配階級の一族全体の名称です」
!!!
律子は一体どう返事をすればいいかわからなくなった。
よく世界はごく一部の人間が支配しているとかいう話は父の政治関係の本で読んだことはあるものの、いわゆる陰謀論と呼ばれるオカルトまがいの作り話の類で、コンビニの俗悪な都市伝説系の漫画本の題材でしかないと思っていた。
それが目の前にいる。
ただのハッタリ屋か?
いや、違う。
根拠はないが、今まで武道をしてきた直感がこの人はハッタリをかますような人間ではないと教えている。
何の根拠もない中で、今の私はただ、自分のこの直感を信じるしかなかった。
それだけのプレッシャーを感じるのだ。ただの催眠術などではない何かを。
律子が必死で公子の無言の圧力に耐えている時、公子は口を開いて落ち着き払った声で言った。
「律子、私の部下にならない?」




