第23話 現実世界への帰還
私、上総律子はひょんなことから新世界に転送されてしまい、三好霞先輩がおかしくなった原因を突き止めるために行動していた。
するとおかしなビルの中で頭のおかしい女と遭遇して戦闘になり、辛くも勝利してそこに捕らえられていたエルフの少女と行動を共にして、今は彼女のお父さんにしてエルフの族長さんの方と話をしている。
ざっと話をまとめてみるだけでも荒唐無稽すぎて頭がおかしくなりそう。
何せ私は突然漫画の世界に出てくる魔法陣のようなもので正規の手続きを経ずに新世界に入ってしまい、しかもそこには現実世界では新世界でも存在しないと報道されていたはずの魔法やエルフなどの異種族が存在したという事実。
目の前に展開されているのが現実なのか夢なのか、正直私には答える自信がない。
私は新世界のビルの中でなぜか囚われていたエルフの女の子を偶然にも助けて、その子の実家にお邪魔させてもらっている。そうしてこの方のお父さんと今お話ししている最中だ。自分でもこの現実がまだよく理解できないでいる。
「リツコ。どうしたの?何か考え事をしているようだけど?」
エレーヌが心配そうな顔で私に話しかけてきた。
「いや、何でもないです。族長さんのお話が少し難しかったから頭の中で整理をしていただけです」
「すまぬな、お嬢さん。異次元で魔法が存在しない世界の人間にとってこの世界のことを即座に理解せよという方が無理というもの」
「じゃがお嬢さん。おぬしが“洗脳を解除する力“を身に着けているということは本当じゃ。そしてこの力はこの先とてつもなく大きな力になりうる」
「それはどういうことなのですか?」
「説明してきたように、洗脳とは魔法力やほかの技能すべての根源ともなるべきもの。それを解除して無効化してしまえるということは、わしらはもちろん、強大なモンスターや、はては超人族とも互角以上に戦える可能性を秘めておる」
「お嬢さんの力は使い方によってまやかしを打ち破り人を導く希望にもなりうるし、ほかの者を破滅へ追いやる悪魔の力ともなりうる。すべてはおぬしの心次第じゃ。わしにはそれだけしか言えぬ」
律子はしばらく考えたのちに口を開いた。
「私の遭遇した出来事のことや、この世界について教えていただいて誠にありがとうございました。ですが、どうすれば元の世界に戻れるか・・・・・。正規の出入り口はまず不可ですし・・・・・」
律子の不安げな口調にエルード族長は答えた。
「元の世界に戻るなら心配はいらん。人一人分くらいの次元の扉なら何とかわしが開くことができる」
「本当なのですか?」
「もちろん。別世界との出入り口は恒久的に開くには莫大な魔法力が必要じゃが、おぬし一人をもとの世界に戻す程度の一時的な出入り口なら可能じゃ」
「ありがとうございます。エルード族長!!私、本当にどうなるのかものすごく心配でした」
律子の表情に安堵が広がっていく。
なにせ、この世界に転送されてからビルに潜入し、ここに来るまで常に緊張し続けていたのだ。疲労の色は隠せない。
「それでは早速其の扉を開く。ついてまいれ」
エルード族長はそう言うと立ち上がり、館の中庭へと向かった。
エレーヌが律子に駆け寄る。
「リツコ。これをあなたに」
エレーヌは律子に翡翠のブローチを渡した。
「これを私に?」
「はい、これは“時の宝玉”といって、この世界で産出される特殊な翡翠で作られています。これを持って行先を念じれば、いつでもこの世界とあなたの世界を行き来することができます」
「え、そんなことができる物なの?どうしてこれを私に与えてくれるのですか?」
「はい、これは元々私の家に伝えられてきた物ですが、リツコは命の恩人ですし、これから先、あなたはこの世界に再び来なければならないことがあると思うからです。これは父には内緒なので黙っておいてください」
「うん、分かったわ。本当にありがとう」
律子はエレーヌに感謝の言葉をかけた。
エレーヌは微笑んだが、どこか不安げな表情が律子には少し気になった。
律子がエレーヌとともに屋敷の中庭に行くと、先に言っていたエルード族長が魔法陣のようなものをすでに展開していた。
見覚えのある魔法陣。
「あっ、それは!」
「お嬢さん、この魔法陣に見覚えがおありかな?これはこの世界のものが異次元世界に行く時に開く転移魔法の一種じゃ。数名しか転送できぬが、おぬし一人なら何とか転送できるはずじゃ」
「私、この魔方陣とそっくりなものを私の世界で偶然見つけたんです。そして、それにうっかり触れてしまってこちらの世界に飛ばされてしまったんです」
律子の発言に族長は驚く。
「おぬしはそちらの世界でこの魔方陣を見たと?確かにこの魔方陣はこちらの世界のものなら一定の実力を身に着ければ使えるが、おぬしの世界に誰かそれを使えるものがいたのか?」
「いいえ、90年以上前に作られた廃墟のなかで偶然見つけたんです」
「最近超人族共が開いた巨大な出入り口と同様、この魔方陣も相当な実力者でなくては恒常的に出現させ続けることはできぬ。おぬしの世界にもやはり超人族がいる可能性は高いな」
エルード族長の説明は律子の疑問への回答であると同時にさらなる疑念を生み出した。
超人族って何なのか?同じ人間ながらこの新世界で誕生して、私たちの世界の人間とは何か異質な存在という感じがする。それが私の住む世界にいるとなるとそれはどういうことを意味するの?
疑問はあるが、もうここを去らねばならない。荒木先輩や両親に心配をかけたくないし。
「エルード族長様、そしてエレーヌ。本当にありがとうございました」
「礼には及ばぬ。気を付けて」
「リツコ。私からも助けてくれたことをあらためて感謝いたします。本当にありがとう」
「それじゃあまた会えるかもしれない日を願って」
律子は魔法陣の中に入ると、一瞬のうちに現実世界へと転送されていった。
「エレーヌ。あの子に“時の宝玉”は渡せたのか」
「はい、お父様。リツコは私の命の恩人です。でもなぜ、我が家の家宝をあの方に渡すことにしたのですか?」
「遠くない未来において、この世界とあの子の世界の両方を巻き込む災いが来る。わしにはそんな気がしてならん。その時、あの子は想像を絶する災いに巻き込まれていくじゃろう」
「それはリツコの力のせいですか?」
「わしはあの子の前ではあえて言わなかったが、あの子の“洗脳を解除する力”。あの力の真価は魔法などを無効化できる戦闘スキルにとどまるような陳腐なものではない」
「その本質は人々に支配者がかけたまやかしを打ち破る力じゃ。組織の上に立つ者はなにがしか洗脳的な手口で他のものを従える必要がある。あの子の力は支配者にとって将来とてつもない脅威となりうる。あれはエルフでもモンスターでも相当の上位のものしか習得できない性質のもの。超人族共もそれを習得しているものは相当の上位の連中だけのはずじゃ。あの子の力の政治的価値は想像よりもはるかに大きい」
「彼女の身に何かあったとき、いつでもこちらに逃げられるようにしておくことは娘を助けてくれたわしなりのあの子への感謝の気持ちじゃ」
「それにあの子とのつながりは今後、我々ホワイトエルフにとっても超人族共などがちょっかいを出してこないようにするための切り札になりうる」
族長の話にエレーヌは表情を暗くした。
「それはつまるところ、われらの危機の際にリツコを利用すると・・・・・」
族長は目をつむり、嘆息しながら答える。
「現実とはどの世界でも同じものじゃ。生きるということはな」
「わしもあのような純真な子を利用したくない。じゃが、超人族共の恐ろしさを知る者として、わしは氏族を率いるものとしての務めを果たさねばならん。わしがあの子にわが一族の家宝を与えたのはいざという時のための布石のためじゃ」
エルード族長は深いため息をつきながら、自分の執務室へと消えていった。
日曜日夕方、旧陸軍研究所跡地前。
夕日が照らす中、空き地に魔法陣が現れ、律子は無事現実世界への到着した。
研究所跡地前。よかった!私、現実世界に帰ってこれたんだ。
そうだ!荒木先輩は?あれからどうなったの?もう帰っちゃったのかな?
周囲を見渡すと、荒木先輩らしき姿はない。
日時は私がこの世界から姿を消した翌日の日曜日の夕方。こっちの世界でも丸一日経ってしまっているし、荒木先輩も一旦家に帰っちゃったのかな?
こんな辺鄙で不気味なところにいつまでもいるわけないし・・・・・。
その時だった。
建物内から荒木先輩が出てきたのだ。
荒木先輩はこちらを確認すると、走ってこちらに来た。
「律子!よかった!どこへ行っていたのよ!心配したんだから!けがはない?病気とかは?何か変なのに会って変なことされなかった!?」
荒木先輩は私に駆け寄って強く抱きしめた。
「私、あなたがあの変な魔法陣みたいなのに吸い込まれて一瞬で消えちゃって。本気でパニックになったのよ。まるでマジックを見せられているみたいで最初信じられずに建物中をもう一度全部探したの。でも律子の姿がなくて・・・・・」
「それでどこに行っていたの?もしかして新世界に行っていたの?」
律子は悩んだ。
新世界に行っていたことは事実だが、あそこでの出来事をそのまま荒木先輩に言うべきだろうか?あそこで私が体験したことは現実世界で一切知らされていない事柄が多すぎる。これを知っているのはおそらくエリート層の人以外は私くらいなのかもしれない。
もしこれを口外すると大変なことになるだろう。私自身が何か気がおかしくなったって言われてしまう可能性もあるし、荒木先輩も巻き込む危険性がある。もしかしたら、あの郷土史家の方と同じような危害が加えられる事態になる可能性がある。
だから今は荒木先輩にも黙っておくのが得策だろう。当面は私の心の中でしまっておくことにしよう。
「はい、私はあれから魔法陣でどこかに飛ばされて、気が付いたら新世界にいました。でも、私が付いたところは広大な森とか平原が広がっているだけで、こっちで報道されていることと何も変わりのない世界でした。それで歩き回っていたら偶然またあの魔方陣と同じ門を見つけて一か八かまたその中に入ったらこうして戻ってこれたんです」
私の説明に荒木先輩は穏やかに答える。
「そうだったんだ。新世界には霞のことに関して何か手掛かりがあると思ってたけど、今回は手掛かりなしか・・・・・。でも律子が無事だっただけでも良かった」
「霞のことを調べる方法はほかにもあるはず。今回のことは失敗だったけど、めげずにやっていきましょう」
「はい」
いつもの光景に戻ってきて、あの世界での出来事が急に現実感のないもののように思えてきた。一瞬の夢を見ていたように。いや、本当に夢だったのかもしれない・・・・・。あの出来事は私の心にしまっておくことにしよう。
慎重に行動すれば、霞先輩のことも解決するはずだからと信じて・・・・・。




