第21話 ホワイトエルフ族の町と部族長
エレーナの腕につかまりながら魔法で移動して、2時間ほど。
ようやくエレーナの住む町が見えてきた。
時空を転移して瞬間的に移動する魔法は体力の消耗が激しいらしく、エルフの支配地域に入ってからは空を飛んで目的地を目指すことになった。
とはいうものの人間が空を飛ぶなんて現実に考えると怖い。
でも私はエレーナさんの手にしがみついて一緒に飛んでいる。
現実にも小型のジェットエンジンを背中に背負って飛ぶ人がいるけど、空を人が生身でとってこんな感じなのか。
最初はとてつもなく怖かった。
でも慣れたら何となく楽しい気がしてきた。
でも下からは見えないと分かっていても、制服のスカートが見えそうになるのはとても恥ずかしい。
町に着いてすぐ、エレーヌの仲間と思われる人たちが彼女に駆け寄ってきた。
「エレーヌ様。ご無事でしたか!偵察に行かれたきり誰一人帰還していなかったので心配致しました。ほかの者たちは?」
エレーヌは黙って首を横に振る。
そして口を開いた。
「私以外の者たち数名は人間どもに殺された。ほかの仲間はどうなったのかわからない・・・・・。私は頭を強打されて意識を失って、気づいたら人間の支配地域にある白い塔に監禁されていた。そうしたら、この方が私を牢屋から助け出してくださったの」
エレーヌの仲間と思われる屈強な男のエルフと、精悍な成人女性の2人がエレーヌの話を神妙な面持ちで聞いている。2人とも腰に長い剣を携え、騎士のような甲冑を身に着けている。空手を習っているから顔つきを見ると何となくわかるが、2人とも相当の武芸の達人と見た。
屈強な男がこちらに挨拶をする。
「初めまして。私はこのホワイトエルフ族カシン氏族の戦士長を務めるレナード。この度はエレーヌ様を救っていただいたことを心から感謝する」
続いて精悍な女性のほうも。
「初めまして。リツコ。私はサラ。レナードとともにホワイトエルフ族カシン氏族の副戦士長を務めています。この度のエレーヌ様の件、なんと感謝を申し上げればいいものか」
「いいえ、お二人とも。私も成り行きでこうなっただけで、何か意図してやったことではありませんし・・・・・」
2人の感謝の言葉の直後、エレーヌは律子に言った。
「リツコ、それでは私の家へ案内するわ」
エレーヌは律子を自分の家へと案内する。
先ほどの2人の態度といい、エレーヌのお父さんがこのエルフの人たちの族長さんだという話は本当らしい。
エレーヌの家は族長の家ということでひときわ立派だ。
その外見は石造りでヨーロッパともアジアとも言えない雰囲気を醸し出している。
「リツコ、こちらの応接間で待っていて。しばらくしたら父を連れてまいります」
とても立派な応接間に律子は息を飲む。
エレーヌさんは相当のお金持ちなのか、調度品も立派で、昔テレビの旅番組で見たスペインのレコンキスタ前のイスラム建築を思わせるエキゾチックなセンスが感じられる。
律子がそれらに見とれてしばらくたったのち、エレーヌは父を連れて応接間にやってきた。
律子はすかさず立ち上がって頭を下げた。
エレーヌとともに現れた老人も深々と律子に頭を下げる。
年齢は人間でいうともう80歳は超えているだろうか?
しかしその眼光はとても鋭く、相当な知性の輝きを放ち、背筋も全く曲がっておらず、現実世界の若者よりはるかに姿勢がいいくらいである。
「律子。紹介するわ。こちらは私の父、エルード・カシンです」
「初めまして。わしはエルード・カシン。ホワイトエルフ族カシン氏族の族長じゃ。さあさあお座りになってください。この度はわしの孫娘のエレーナを救ってくれたことを心から感謝申し上げる。おぬしの名は?」
「初めまして。私は上総律子と申します。文星中学校2年生です。よろしくお願いします!」
「チュウガクセイ?もしや、おぬしは異次元からやってきたのかね。こちらの世界には異次元から妙な乗り物でおぬしと同じような服を着た大勢の若い人間がやってくるのだが」
異次元?そうか、こっちの世界の人から見ると私のいる世界はそういう言い方になるのか。
「そうです。あなた方の世界では異次元と呼んでいる世界が私の住んでいる世界です。分け合ってこの世界に来てしまって・・・・・。それで帰れなくなってしまって困っているんです」
「お父さん。この方の言っていることは多分本当よ。私のことを牢屋から助けてくれのだから」
エルード族長が神妙な顔つきで律子と一連の出来事について話を始めた。
「エレーヌから詳しい話は聞いた。おぬしはただの人間ではないようじゃな」
「おぬしが戦ったという女はおそらく超人族から力を与えられてこの世界の磁場のエネルギーを多少なりとも制御できるようになった者じゃ。しかし、末端とはいえ、あの超人族によって力を与えられた人間と戦って退ける実力を持つとは。わしらでも奴らの力には正面から戦っては苦戦する。しかし、おぬしはその女の魔法を無効化した上に、さらには使えなくしてしまったというではないか?おぬし、何か相当な修行でもされたのかな?」
族長の質問に律子は答える。
「いいえ、私はこの世界の人やあなた方のように魔法とかは使えません。それに私たちの世界ではそもそもこちらの世界には魔法とか超越的な力はないと教えられてきました。だから私には魔法とか、あなたがたのような力とかは一切ないのです。何か心当たりがあるとすれば・・・・・、そういえばあのビルの地下6階にある水晶が埋め込まれたような変な岩みたいなものに触れたとき、電気が走ったような違和感がありました」
「なんと!おぬし、あの岩に触れたというのか?」
「はい、一瞬でしたが・・・・・」
「その岩に触れる前に、何かおぬしは心の中で最も強く望んでいた思いなどはなかったか?」
「望み・・・ですか?」
あの岩みたいなものに触れる前に私が望んでいたもの?
確か元の世界に帰りたいと考えはしてたけど、他には・・・・・?
霞先輩・・・・・?そうだ、私がそもそもこの世界のことを荒木先輩と一緒に調べ始めて、それから偶然とはいえ、この新世界にわざわざ来た理由は霞先輩がおかしくなった原因を探るためだった。私は霞先輩のことが心配になって元の優しい先輩に戻ってほしいと願っていたから・・・。多分一番の望みといえばそれしかない。
「私、この世界に来た理由は、私の知り合いの人を助けたいと思ったからなんです。その方はこの世界で特殊な訓練を受けて私の世界に戻ってきてから人格がおかしくなってしまったのです。前までは誰にでも思いやりのある優しい方だったのに、こちらの世界の磁場を使って人間の能力を上げるという訓練をしてから急激に冷酷になって・・・、自分と同じ組織とかにいる人とそうでない人との間に不自然な線引きを始めた感じがするんです」
エルード族長はしばらく考えたのち、律子の説明に答えた。
「おぬしにわしから今言えることは2つある」
「1つはおぬしの力についてじゃ。おぬしがビルで超人族の手下を退けた際、おぬしに放たれた手下の魔法がなぜか無効化して、おぬしには何一つ効果がなかったうえ、さらに手下は途中から魔法が急に使えなくなってうろたえたとのことじゃな。」
「はい、そうです・・・・・」
「わしの見立てでは、おぬしの力は“洗脳を解除する力”じゃ。」
「“洗脳を解除する力”?どういうことですか?」
「魔法にせよ肉弾戦の技にせよ、それらを会得するには繰り返しの修業が必要なことはおぬしにもわかるじゃろう。それらの修行の本質とは自己催眠、いわば自己洗脳とでもいうべきものなのじゃ」
「魔法を使う場合、術者は自らの内面に現実に発現させたいイメージを描き、それを現実に相手にダメージを与えるレベルにまで具現化させて相手を攻撃する手法が魔法と呼ばれるものじゃ。剣術なども同様に自己の内面のイメージを現実に体で繰り出せるまで反復継続する。いわば自我を保ったまま自らに強烈な洗脳をかけてイメージを現実に引き出すという行為。故に、頭のイメージを具現化するのには一定以上の修業が必要になってくるのじゃ」
「おぬしはその自己洗脳を含めた洗脳という要素から生まれるすべての結果をもとの状態に戻す、いわば解除してしまう能力を持つに至っておる。これが手下の魔法がおぬしの手前で消滅しておぬしには傷一つつかなかった、または手下の魔法が途中から使えなくなった理由じゃ。おそらく手下は自己洗脳のほかに超人族から魔法を使えるようになるための洗脳を受けていた可能性もある」
「おぬしはおそらくその霞という知り合いの人間の心のまやかしを打ち破って、その者の本来の心を取り戻したいと強く思い続けておったのじゃろう。その心に磁場を出す岩が反応してその気持ちをかなえる力をおぬしに与えたとわしは見ておる」
「付け加えると、今言った岩のようにこの世界には強大なエネルギーを放出する磁場というものが存在する。それがいつ頃から存在するのかはわしにもわからぬが、少なくともわしらの遠い祖先の頃からこの世界に存在したことは確かじゃ。この磁場から発する巨大なエネルギーは生物に肉体的、精神的な力を与えてくれる性質がある。先ほど説明した魔法を使う際、この世界の磁場はまさに心の中のイメージを現実に発現さやすくするエネルギーになる。つまり、この世界の磁場は魔法力の原動力となるものでもあるのじゃ」
「しかし、同時にこの磁場は我々生物の思考をあいまいにし、いわば自我が持ちにくい状態にしてしまう性質があるのじゃ。これは同時に他人からの洗脳を受けやすい状態になってしまうということでもある」
「わしらエルフ族やほかの諸種族、あるいはモンスターたちはこの磁場を何万年もの時を重ねて克服し、もともと自我を持たなかったものは自我を持つように進化し、あるいは磁場の中でも自我を保ったまま磁場から得られるエネルギーを使った力を自在に操れるようになったのじゃ」
エルード族長はより神妙な顔つきになって続ける。
「ところが数千年前、この世界に突如おぬしらと同じような人間が誕生した。そ奴らは最初この世界の磁場を克服するすべを持たず、そのため自我というものを持たないでひっそりと村落で身を寄せ合って共同生活をするか、もしくはしばしばモンスターなどの奴隷として扱われていたのじゃ」
「しかし、その後しばらくして、その中から磁場を克服して自我を持つ人間が現れ始めた。そしてさらには生まれた時から磁場の力を我が物として最初から強固な自我を持った人間が誕生するようになった」
「やがてその人間たちは自我を保持したまま磁場のエネルギーを活用した自己洗脳をして力を身につけるという矛盾する難題を克服し、この世界の磁場の力を土台とした強大な異能の力を手に入れ、これまで狩られる側だったのが一変、今度は狩る側になり、自分たちを虐げ続けたモンスターたちと何百年もの戦争を開始した。その結果、モンスターたちを駆逐して辺境へと追いやっていった」
「彼らはその戦争に勝利したことにより事実上この世界の半分以上を手中に納めた。ただ、モンスターの中でも強大な力を持つ者がいたことや、わしらのような大半のエルフ族は強大な魔力を持ちかつ中立の立場であったことから、それらを滅ぼすことは不可能と見た彼らはモンスターの指導者層やわしらの祖先と講和を結び、お互いの支配地域には手を出さないという不可侵条約を結んだのじゃ」
「彼らこの世界の人間は自ら磁場による自我の喪失を克服して力と自我を得た。それによって同時にやつらは神の理不尽な仕打ちを自ら克服して自ら進化した選ばれた生命だという異常なまでの選民思想を持つようになった。わしらの祖先はそれ以来、彼らを磁場から得る超越的力を手にした種族“超人族”と呼ぶようになった」
「そして数千年前、不可侵条約が結ばれた直後に彼らは突如としてこの世界とは別の世界を発見したなどと言って、防衛に必要な最低限の兵力を残してこの世界から忽然と姿を消したのじゃ」
「もしかしてその人たちは、私の方の世界に移り住んだということですか?」
律子の質問にエルード族長は首を横に振った。
「奴らが移り住んだ世界が具体的にどこなのかはわしにもわからぬ。おぬしの住んでいる世界やもしれぬし、別の次元の世界やもしれぬ。どうやったのかは知らぬが、奴らはこれ以上の領土獲得と征服が不可能に近いとみるや、別の次元の世界を征服しに行ったようなのじゃ。それ以降数千年間、奴らとこちらの世界のつながりは一部を除いてほとんど確認されておらんかった」
「ところが数百年前より超人族共が突如再びこちらの世界に頻繁に干渉してくるようになった。奴らが移り住んだ先の世界で何があったのかは知らぬが、奴らの性格上、何か権力を維持することに関する問題が生じたからとしか考えられぬ」
「おぬしの侵入した巨大な白い建物の地下にあった岩。それこそがこの世界の磁場の発生源の一つなのじゃ。奴らは最近、こちらに再び戻ってきては磁場の発生源の上に奇妙な建物を立てて、そこでなぜかおぬしらの世界に住んでいる人間を大量に送り込んできてはそこで何かを教え込んで、またおぬしらの世界へ送り返しているようなのじゃ。それゆえ、超人族共が移り住んだ先の世界がおぬしの住む世界なのかまでは分からぬが、少なくとも超人族共がおぬしの住む世界と何か関係があることだけは確かだと考えられるのじゃ」
「他にも奇怪なことがある。ここ最近になって正体不明の人間どもが、わしらエルフ族やモンスター共の支配地域の直前の国境地帯に街をつくって、おぬしとは違う風変わりな格好をして武器を携えた者共がその街を拠点にしてこちらの支配地域にしばしば侵入してくるようになった。超人族とは大昔に不可侵条約を締結して以来お互いの支配地域に侵入することは不可とされていることや、侵入してくる人間やそのほかの正体不明の連中がどうも超人族とは違う人間ではないかと考えられるから、いったい何の意図をもって我々の領土に散発的に攻め込んできているのかわしにも分からぬ」
「エレーナもその奇妙な一味が暴れた後にやってきた正体不明の人間の一味に拉致された。そしてなぜか超人族共の支配する建物の中に囚われていて、おぬしがそれを助けたというわけじゃ。わしにも何が何やらまったくもって理解できん」
「そして2つ目。おぬしが磁場に由来する強大な力を得ながら自我を保っているということ。これは事実上奇跡に近いことじゃ」
「説明したように、この世界の磁場は強大な力を与えてくれる分、自ら思考する力、己を己たらしめる自我を失わせる負の側面がある。モンスターやわしらエルフ族ですら数万年の時をかけてそれらを克服したが、超人族の連中はそれを千年弱でやってのけた」
「それほどのことを磁場に対する耐性のないはずの異次元出身のおぬしが自我を持ちつつそれだけの力を得るとは・・・・・。ひょっとしておぬしは超人族の一族なのか?」
「いいえ、違います。私は超人族なんて名称は今日初めて知りました。第一、私を含めた私の住む世界の大半の人間はこちらの世界のことをくわしく教えられていませんし、歴史書などの資料もほとんどありません。ましてその超人族などという名称の人間が私たちの世界にいるということは全く知りません」
「そうか、そうじゃろうな。奴らにとってこちらの世界のことを詳しく知られると自らの権力基盤が揺らぐ恐れがあるからじゃろうな」
「あともう一つ言い忘れておった。超人族は一応普通の人間に自らの力の一部を与えることもできると聞いている。おぬしと戦った手下ももとは普通の人間で、超人族の洗脳で力を使えるようになりつつ、多少の自我を持っているといったところじゃろう。普通の人間といってもこの世界の磁場を受けて一応の適性のようなものがあると見込まれた者か、あるいは完全に本人の自我そのものが本人に巧妙に似せた人格に上書きされて本人が自覚しないまま別人格に改造された場合じゃが・・・。いずれにせよそれらの場合は副作用がじゃな・・・・・」
エルード族長は急に黙ってしまった。




