第16話 潜入
遠目から見ると何かの白い塔に見えた建物。
それは近くで見ると、とても不気味なものだった。
自然豊かでところどころ小さな森が点在する平原が広がる新世界の中に、突然無機質な人工物が姿を現したのだ。
外見は現実世界にある真新しいビルのようなのだが、問題はその外見だ。
このビル、色は真っ白で明らかに周囲の雰囲気から浮いている上、窓らしい窓がほとんど見受けられないのだ。
高さは現実にある高層ビルくらいの高さ。
その高さのビルにほぼ窓がないのだ。一見して異様としか言いようがない
ビルの前にはかなり広い駐車場があって、現実世界でよく見る観光バスが10台前後止まっている。
他にも軍用車や軍用トラックが合わせて5台ほど、警備と思われる兵士も数名見かける。
律子はここにきて思い出した。双眼鏡を持ってきていたことをすっかり忘れていたのだ。
リュックサックの中を探すと、小型の双眼鏡があった。
律子は双眼鏡の度数を調整しながらビルの一つの入り口付近を見てみた。
“第36新世界研修センターA棟”
続いて、駐車場の観光バスの前面にある、行先や団体名が書かれた札を見てみる。
“職業安定局主催 甲種職業訓練課程 新世界国際共同管理区域合同ビジネススキル向上研修 様”
“同盟予備校・大望塾合同開催 新世界難関進学コース強化合宿 様”
間違いない。ナンバープレートも私の家の地域の物だし、あのバスはおそらく私の住んでいる地域から来たものだ。
間違いない!ここは新世界だ!
だとすると、ここは私の住んでいるところから一番近い新世界への公式の出入り口先にある場所なのだろうか?
あのビルは霞先輩が合宿を受けている施設?
霞先輩もあのバスでここに来たのだろうか。
少し安堵した律子だったが、同時にまた別の不安がでてきた。
問題はこれからどうするかだ。
新世界が公式に発見された当初は誰でも新世界に自由に出入りできる部分があった。けれど、風土病に感染したりして精神的にしんどくなる人が多く出たとかで、今では出入り口は世界中で各政府により厳重に管理されている。
確か新世界に来る人には風土病予防のワクチンを打たないといけないという決まりがあるとよく内務省のコマーシャルとかで見たことがある。
私は公式には確認されていないルートでこの世界に来てしまった。
しかもなぜか魔法陣みたいなものが消えてしまって元に戻ることができない。
当然ワクチンなんか摂取していない。
もし見つかれば間違いなく騒ぎになるだろう。
かといってあのビルに行って話をしてまともに話を聞いてもらえるとは思えない。
最悪補導されてしまいかねない。
どうしよう?
荒木先輩は現実世界に残っちゃって私だけここに来ちゃったみたいだし、何とか帰る方法を見つけないと・・・・・。
律子はここで再び冷静に考えた。
私は新世界がどのようなものか調べに来てここに行きついた。どうすれば帰れるかわからない。それならば可能な限りここのことを調べておくべきか。この世界のことを生で見れば霞先輩につながる何かがつかめるかもしれない。でももし見つかったらどうしよう・・・・・。水も食料もそんなにないし・・・・・。
とりあえずあのビルの周囲全体を見てから考えてみよう。
律子はしばらく考えてから見つからないように注意を払いながら、遠回りにビルの裏手へと回ってみた。
するとビルの裏手には裏口のようなドアが1か所、双眼鏡で見て確認できた。
周囲には警備の兵士などの人影は見当たらない。
どうする。
あのビル内部に入ってみるべきか。
すぐ見つかるのではないか。
でも、ここでじっとしていても何も始まらない。
このまま何もせずにいればジリ貧という悪い結果しかない。
行動をしなければ少なくとも良い結果を得ることはできない。
ならば行くしかない!
ふと律子は周囲の風景をもう一度見た。
風もあるし、だんだんと太陽も落ちてきている感じ。
もしかしたらこの世界にも夜があるかもしれない。
もう少し待って、もし夜が来たらあのビルの中に入ってみよう。
夜は目立たなくなる分、チャンスがあるかもしれない。
果たして数時間後、周りは夜になった。
一度ビル正面が見える場所に戻っていた律子は、警備中の兵士が詰所らしき場所に戻っていくのを確認し、ビル裏側の出入り口から一か八かビル内部への潜入を試みることにした。




