第13話 真実を知る選択
荒木先輩とともに郷土史家の人の家へ新世界に関する話を聞きに行ってから約1週間後の金曜日の放課後。
夕暮れ時の放課後は人もまばらで、体育会系のクラブの声は遠くから聞こえてくるものの、文系クラブの棟は週末ということもあり人はまばらでひっそりとしている。
私、上総律子はそんな静かな茶道部の部室にて荒木唯先輩と先日の件について2人きりで話をしている。
「荒木先輩はどのようにお考えですか?先日の倉富さんのお話のこと?」
私は先日のことを荒木先輩に尋ねてみた。
すると荒木先輩は冷静な分析のもとに自分なりの答えを出したであろう表情で答えた。
「倉富氏の言っていることは本当だと思う。私の父から聞いた話でもあの人は嘘をつく人間ではないと聞いている。問題は倉富氏が昨日言っていた昔の陸軍の飛行場に隣接していたという研究所のことね」
「律子さんと同じく、私も新世界についてのことは公表されていることしか知らない。それならあの人の言う通り、その研究所跡地を探索してみる必要がありそうね」
荒木先輩が話し終えると、私は何かもどかしさと一抹の不安を感じていた。
霞先輩のことを助けたいと思って荒木先輩と一緒に新世界のことを調べてみたまではよかった。
でも何か怖い。
とてつもなく大きな、私なんかでは到底手におえないことを探り当ててしましそうな、それを一度でも知れば二度と元の平穏に戻れないような気がしてならないのだ。
このまま荒木先輩と一緒に新世界への手がかりを調べていくべきか?
それとも今なら引き返せるからやめておくべきか?
霞先輩もこの過酷な世の中で奇跡ともいうべき成功の切符を勝ち取ったのだ。多少性格が変わってもおかしいかとまでは言い切れないかもしれないし、それくらいのエリートの人たちと付き合う関係上、そういう態度になってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
これ以上の探索は私たちのカバーできる範囲を超えてしまうかもしれないのだ・・・・・。
私は荒木先輩にそのままのことを話してみた。
「荒木先輩。今回は霞先輩のことで新世界のことを調べる気になって、偶然先輩も同じことを考えていて一緒にこうして調べてみましたが・・・・・」
「どうしたの?律子。何か不安そうな声だけど?」
「正直、悩むんです。新世界のことを調べれば調べるほど、これって私たちの手におえるような性質のものではないのではないかって思ってしまうんです。新世界が公式に確認されたのは2025年。でも倉富さんはそれよりもはるか昔からもしかしたら新世界への出入り口が密かに発見されていて、それも昔の陸軍って、これって国単位の問題じゃないですか。しかも、倉富さんはそれがおそらく原因で今も変な人たちに人権弾圧を受けているなんて・・・・・。なんていえばいいのか・・・・・、このまま私たちが調べていくと、歴史の闇に埋もれた出来事、掘り返しちゃいけないことに行き当たっちゃうんじゃないかってふと考えてしまうんです」
「それに加えて、霞先輩は普通じゃ到底得られない成功への切符を手に入れられた。霞先輩はご両親のこと、経済的なこと、それに私の将来のことまで人一倍気遣ってくれた方なんです。霞先輩がエリートの仲間入りができるんだったら、私たちが口を挟まないほうが良いのではないかと・・・・・」
しかし、そのような私の考えを覆す発言を荒木先輩は口にした。
「律子さん。今回は確かにみんなが知らないことを調べていくものだから、もしかしたら危険なことに行き当たってしまう可能性はあるわ。世の中には知らないほうがいいこともあることは事実だから」
「でも私はあえてできるところまで調べてみる。なぜなら、知るということは私たちが人間らしく生きる上で必要不可欠のことだから、思考停止に陥っちゃいけないの。考えることこそが人間を人間たらしめる、あるいは人間が人間らしく生きられる最も重要なことなの。もし、人間が考えることを止めて、得体のしれない宗教とか力のある組織とかの言っていることに唯々諾々と従うようになったら、それはみんなが最終的に奴隷のような存在になって、人間らしく生きることがみんなできなくなっちゃうの。だから絶対思考停止になってはいけないの。それに、私の感じる限り、霞の態度は私の知っている霞から急速に離れていっているのよ」
「どういうことですか?」
「霞が以前とは違ってきたとはすでに言ったと思う。でももっと正確に言えば、そんなレベルの話じゃない。霞から急激に人間らしい感情がなくなってきているのよ」
「私なりの言い方を使って表現すると、“”私は私、あなたはあなた“が通用しない。一見するとみんなを公平に扱っているように見えて、少しでも価値観が違うとみると突然冷たくなったりするようになったの。それは一見すると表面上分かりにくいの。なんといえばいいのか、以前の霞と同じように見えて、内面が気づきにくいところで変質していっているような感じなの。だから気づけるようで気づきにくい。自分で言うのはなんだけど、付き合いが長い私はなんとかそのわずかな変化に気が付けたの」
荒木先輩は自分なりに感じた霞先輩の異変の本質を説明してくれた。
「だからさっそくだけど明日、私は倉富さんが言っていた旧陸軍の飛行場に付属していたっていう研究所の跡地に行ってみようと思うの。幸いどこにあったのかを示す資料はネット上にあったわ。ここから南に3駅くらい言ったところなの。調べてみたら今回はバスで行かないといけないところだわ」
「それでね律子さん。今回は私一人で行こうと思っているの」
「えっ、どうしてですか?」
「律子さんがさっき言ったように、今回のことは政治的な何かが絡んでくる感じがするの。だから律子さんを巻き込むわけにはいかないわ。でないとあなたの将来が危うくなりかねないから」
「でも、それじゃ荒木先輩も同じじゃないですか?」
「私は今回の霞のことでおかしいと感じたの。私、昔からお父さんに仕事の話を聞くのが好きで、そこから世の中ってどんなものなのか考えてきたの。そうしたらテレビとかでは見えてこないいびつな何かをいつも感じていたの。何か人が選別されていくような構図に今の世の中はなっているんじゃないかって思うのよ」
「今回の霞のこともそんな文脈で起こった気がしてならない。そして、それの原因となっていると思しき新世界のことをあれだけメディアが称賛しているのもおかしいわ」
「メディアもネットも新世界の磁場で人間の能力が向上するとか、それでこれからの時代に必要なスキルが速成で身につけられるとか、ありとあらゆる形で新世界での訓練を称賛する報道があふれかえっているけれど、人間ってそんなに簡単にスキルを身につけられたり、能力向上ができる存在ではないと私は思うの。よくビジネス誌の新世界での研修の特集記事を見ても、まるで何かの製品をプログラムするかのように将来の人間が身につけるべきスキル獲得の秘訣は新世界にありとか言っているし」
「私は特定のイデオロギーとか宗教的価値観とかではない、一切の特定の価値観を抜きにして今の世の中の本質を直視しないと霞のことを助け出すことはできないと思うの」
私は荒木先輩の話を聞いてハッとした。
私たちは知らず知らずのうちに人としての大事な何かを段階的になくしていくように巧妙に仕向けられているのではないか?
霞先輩の件もその文脈でとらえないといけないのではないか?
「私も荒木先輩と一緒に新世界のことを調べに行きます。研究所跡地に」
私は頭で考える前に言葉が先に出ていた。
荒木先輩についていこうと思った理由は自分でも言葉では表現できない。
でも、これは霞先輩の問題だけではない。何か合理的思考だけではわからない衝動が私を新世界の真相を探求する道へといざなっている気がした。
「律子さん。本当にいいの?これは私から誘ってしまったことなの。だからあなたをこれ以上巻き込むのは私としても危険と思ったの。無理をしては・・・・・」
「いえ、私も自分で考えたんです。これは霞先輩のことだけじゃない。何か私たち全体に関係してくることなんじゃないかって。私、ここで沈黙したら余計まずいことになる気がしてならないんです。だから私は真実を知る道を選択します」
荒木先輩は少し考えた後、すっきりした顔をして言った。
「分かったわ。律子さんのその気持ち、確かに受け取ったわ。ここでおかしな価値観を野放しにすると、何か私たちまで得体のしれない価値観を強要されていく気がしていたの。よし、じゃあ一週間後の土曜日に研究所跡地に行ってみましょう。律子さんは時間ある?」
「はい、あります」
「それとネットで調べたところ、今回は跡地とはいえ元は軍の施設だったところだし、今も廃墟化して残っているらしいわ。何が起こるかわからないから念のため、サバイバル関係の本を読んでおくことと、下準備もしっかりしていきましょう!」
「わかりました。私は父がそういう関係の本が好きで家にいっぱいありますから読んでみます。それと準備する品物は?」
「万が一新世界への発見されていない扉みたいなものがあってトラブルが発生した時のことも考えましょう。それでは・・・・・」
こうして私と荒木先輩は一週間後、元研究所跡地に調査に向かうことになった。




