第10話 日常の壊れ方は音もなく
霞先輩が新世界への合宿に最初に参加してから2週間後の月曜日。
早朝、律子は通学途中の道で親友の紗月と会って歩きながら会話をしていた。
「おはよ~、律っちゃん。」
「おはよう。紗月」
「今日はいい天気だし、なんかすがすがしいね」
紗月はいつものように快活だ。どことなく陽気な感じが私にも元気を与えてくれる。
「霞先輩、新世界合宿へ行ってどうなったのだろう。土日だけだから必ず帰ってきて学校には来ているはずだけど・・・・・。部活にも集中合宿中は学校側から休止するよう言われているみたいだし、新世界合宿に選抜された人は合宿参加中、学校での通常の授業も特別教室になってほかの生徒と隔離されるって霞先輩が出発前に言っていた。なんかこっちも緊張するというか、学校の勉強合宿なのに何か厳重すぎて怖いというか・・・・・」
「大丈夫だよ。先輩はしっかりしているし、それに合宿って言っても土日に集中してやるやつでしょ?確かに休みがつぶれるハードな合宿だけど、その分学校の先生も配慮してくれているみたいだし、新世界の管理は国が管轄していることだから、教室を一時期分けちゃうのも多分風土病とかの対策のためだよ。問題ないって」
律子は紗月の言葉を聞いて、紗月の方を見ながら言った。
「でも3カ月間とは言え、土日を利用していくから事実上一切休日なしのぶっ通しで適性検査とか特殊な勉強をやるんでしょう?短期間とはいえかなり厳しそう。もっとも夏休みや冬休みを丸ごと使う本科の合宿に参加するには前段階での土日合宿に参加しないといけないし、それらを含めるとものすごく厳しそう。でも・・・・・、今の時代で競争に勝ち抜くには早くから将来設計を考えてそれくらいしておかないといけないのかな。なんか年を追うごとに学生への要求も高くなっていっている気がする」
「考えすぎだよ、律っちゃん。霞先輩もそうだけど、世の中が大変な時代だからといって自分を見失っちゃだめだよ。確かに対策は必要だけども、例えばメディアとかの煽りとかには乗せられちゃダメだってよくお父さんとお母さんがいうの」
「うん、その通りだよ。私の両親も同じことを言っているし、ただやたらネットでもテレビでもしつこくそういうことをあおっているからつい気になっちゃうっていうか・・・・・」
さわやかな天気とはつり合いが取れないほど、律子の心には不安な気持ちがよぎっていた。
快く先輩を送り出したつもりだけど、本音では私は先輩の新世界行には反対だった。
新世界という場所からは得体のしれない何か嫌な感じがぬぐいきれないのだ。
学校に到着すると、下駄箱の先にあるホールのモニター画面式の掲示板に人だかりができていた。
「何だろう?何かの発表かな?」
律子は掲示板に表示された告知を見ると、霞の名前があるのを発見した。
“新世界合宿文星高校選抜:三好霞 適性検査及び高等課程試験合格により、新世界予備校・高等学校合同合宿の夏季及び冬季甲種学級への進級を認める。 文部進歩大臣・・・・・ 2035年●月●日”
みんなこの記事を見て驚いていたのには訳がある。
新世界の勉強合宿に参加するというそれ自体がとても困難であるが、その中でも夏休みと冬休みを利用して行われる甲種学級課程は難関大学合格への能力ありと正式に認められた存在ということなのだ。
先生が言うところによると、土日の合宿を通してそこでさらに選抜試験があり、それにも合格して初めて本科ともいえる夏季・冬季の甲種学級へ参加が許されるとのことである。
土日の合宿に参加している時点でほとんどが相当の猛者ばかりだから難なくパスする者が多いように思えるが、その土日の合宿でも脱落者、または難関までは無理と判定されて志望先の変更を余儀なくされた人が少なからず出るということらしいのだ。
単純に新世界の磁場に会わず能力を開花できなかった人が多いとのことらしいが詳しい基準は公表されていないのでわからない。
だから、私たちのいるような中堅校から霞先輩のような人が出ることはとてつもなくまれなのだ。若くして天国への鍵に入るか否かの勝負とまで言われているこの受験は、中国や韓国の試験地獄すら超えてしまう苛烈さになってしまっていると時々批判されているが、大衆の常識においてそれを変革するような大きな流れになることはない。
掲示板から目を離して私は紗月と共に教室に向かった。
掲示板での人だかり以外は普段とそれほど変わらない雰囲気。
すると、目の前から見慣れた顔が見えた。
霞先輩だ!!
律子は彼女に駆け寄り笑顔で霞の事を祝福した。
「霞先輩。お久しぶりです!そして、おめでとうございます!」
「ありがとう、律子。私は選ばれた存在だと認めてもらえて生まれ変わった気分だわ」
霞は律子に近づくと、以前とは何か違う冷たい口調で、しかも妙に妖艶な声で言った。
「律子。私の下に来なさい。私にすべてをゆだねればそれでよし」
「私は上の方たちに選んでいただいたの。あの方たちは寛大よ。本気で努力をして結果を出した人間には身分に関係なく認めていただけるの」
「あなたは将来、新世界での課程を受けるべきよ。そうしてほかの人とは違うステージへと昇るべきなの。私はあなたのことを考えてみて私と同じステージへ来るべきなのよ」
突然の霞の発言の数々に、律子は彼女が何を言っているのかわからない感覚に陥った。
まるで、社会の事を何も知らない学生がいきなりトップ級のビジネスマンとか、社会的成功を収めた人の自己啓発的なトークに圧倒されて何も言い返せないような、そんな例えが無意識のうちに律子の頭によぎった。
「そのうちあなたにもわかる日が来るわ。また会いましょう」
話はそれで終わりだった。
私は何も言えなかった。
霞先輩ってあんな怪しい雰囲気の人だったっけ?もちろんきれいな人で私はあこがれていたけど、何か違う。妖艶さとでもいうべき落ち着き払った感じは何か今までと異質なものを感じずにはいられなかった。
その時の会話以降、霞先輩がそれほどの自信なのかそれともそれ以外の何かを身に付けた理由が分かった。
新世界で人間の実力が上がるという通説は本当だった。
彼女の学力は以前にも増して信じられないほど向上した。
恐らく先輩が目指していた難関大学にも難なく現役合格できるだろう。
それだけではない。全国の新世界での本科課程をパスできた人のみが入会できるクラブのような組織にまだ本科課程修了前であるにもかかわらず入会を許されたのだ。
このクラブは日本のみならず世界中の政財界すべてのエリート層が年齢に関係なく入会しているとされており、その全貌ははっきりしていない。その秘密主義的な側面からよくコンビニエンスストアとかにおいてある暴露系のゴシップ誌や陰謀論界隈の本のネタにされていることでも知られている。
それ以来、霞先輩は予備校やほかの進学校の同期の合格者の人たちやかなり社会的地位のありそうな大人の人たちとの付き合いが多くなり、私たちと交流する機会はどんどん減っていきました。




