第108話 絶望の足音
サトシが袋から取り出したもの。
一件青黒い色をした水晶のような石。
手のひらに丁度入る大きさで、形は六角柱が複数伸びた典型的な結晶のような形をしている。
“おっさんはこれに念じろって言ってたな。やってみるしかない”
“冥界の炎よ!!俺に力を与えてくれ!!目の前の敵を倒すにはそれしかねえ!!!”
正直、このアイテムを使うのに何と唱えたらいいか分からない。
具体的に何と唱えたらいいかおっさんに聞くのを忘れていた。
けれどおっさんは使う時にタダ念じろとだけ言っていた。
だからただ自分の心に思い浮かぶ言葉をそのまま念じる。
すると、手にした水晶のような物体は輝き始めた。
輝くと言ってもまぶしく光るというものではなかった。
青黒い炎が俺の全身を包むように霧のように漂う感じ。
怪奇現象みたいな感じで我ながら正直不気味だ。
だが、俺は直後に自分の体に変化が生じたのを実感した。
熱を持った耐えがたい痛みが見る見るうちに引いていく。
恐らく何らかの呪詛的な魔法がかけられたと考えられる癒えにくい傷も瞬時にふさがった。
そして何よりも、自分の戦闘能力が倍加していく感じがした。
体がかつてないほど軽い。
先ほどとは打って変わって不自然に能力を向上させ、簡単には癒えぬはずの傷を瞬時に修復した少年に霞は動揺を隠せない。
「!!何!?君いったい何をしたの!?」
「生命力と戦闘継続能力が一気に回復して・・・、しかも上がった!?さては新世界の何かを使ったわね!?」
「へっ、俺もあんたらみたいなのに対抗するため色々やってきたのさ!」
“このアイテムは試作品。3分以上使えばおぬしの寿命が削られる”
“おっさんの言ってた通り時間に気を付けないと・・・1分で片を付ける!”
念のため、腕時計に仕込まれているタイマーを一分にセットした。
「冥様がおっしゃっていた通り、君本気で危ない立場に行っちゃってるみたいね!」
「冥様の手を煩わせないようにお仕えすることが私の使命。悪いけどここであなたに永遠の安楽を差し上げましょう!」
一切の迷いなく霞はサトシに向かって踏み込んだ!
右手に持った剣で高速の突きを連続で繰り出す。
「私の剣は相当の能力者でもかわし切れないほどにまで高められている!!ハッタリごときは通用しません!!」
彼女の突きはサトシの首、心臓、その他内臓の急所をそれぞれ一瞬でほぼ同時と思わせるくらいの速度で貫く正確さだった。
だが・・・。
ヒュン!
フォン!!!
ヒュン!!!!
当たらない!
先ほどとは違い、彼に全く突きが当たらないのだ。
先ほど少年に痛みを気づかせぬまま腹部を貫いた剣技が全く当たらない!
確実に仕留めるつもりで繰り出した鋭い突きの数々をすべてかわされた。
しかも、先ほどよりさらに速度を増しているはずの剣が。
“バッ、バカな!?先ほどの遊び半分の時は簡単に突けたのに・・・!?私の本気をこうもすべてかわすなんて!?まさかあのアイテムに何か細工が!?”
心が動揺したことで余裕を持っていた霞の表情が揺れ動き始めた。
「どうしたんだ、お姉さん!!さっきの方が早かった気がするぜ!!もしかして本気出すとか言って逆に手加減してくれているのかなあ?」
左右変幻自在に移動して間合いをコントロールするサトシに霞はやや焦った。
「くっ!相当妙なマジックアイテムを使ったみたいだね、君!!」
「かわすだけじゃ無礼だから、俺も剣で勝負してやるよ!!」
サトシは再び袋から長曾祢虎徹を取り出し、即座に霞へと斬撃を加える。
「下層階級の分際で生意気な力を手にするなんて!!私も本気をだしますよ!!」
「すでに本気じゃなかったのかよ?」
サトシの煽り口調は霞の怒りに火をつけた。
霞は剣を右手に持ち、まっすぐ構えて何やら念じ始める。
「下層民風情が私に手間をかけさせるなど大変不愉快!これで終わりです!」
そう言い放った直後、目の前の少女が分裂した。
いや、分裂と言う言い方はおかしいかもしれない。
すさまじい速度で何人もに分かれているように見えるだけなのだろうが、それでも並大抵のことではない。
“高速移動での分身の術!?この女こんな技を!?”
その数見切れる限り10体以上。
「いかに能力強化の類をしたと言っても、殿上人様直々に与えられたこの力に君はついてこれないでしょ!」
「冥様のご慈悲を受け取りなさい!!!」
サトシの周囲を少女の分身が包囲し、それらが一斉に彼の急所めがけて今までの倍以上の速度で殺意のこもった刃を突き出す!
“速い。だが、今の俺にはすべて見える!”
神速の突きを寸でのところで空中に高く飛んですべてかわす!
そして。
“本体はこいつだ!!!”
サトシはそのまま目星をつけた1体へ空から斬りかかる!
「なっ!!!!なぜ!!!!!!!!」
ガギィィィィィィィッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
ズバアァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!
「がはあぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
左右両方からの二重の袈裟斬りが決まった!
少女は勢いよく斬られた衝撃でホテルの壁へと叩きつけられる。
「ぐううううぅぅぅぅぅぅっっっっっっ!!!!!!!」
勢いよく壁に叩きつけられた霞は口から血反吐を吐いて倒れ、動かなくなった。
キンッッッ!!
彼女の持っていた剣が大理石の床に落ち、金属音を響かせた。
“やっ、やった!!何とか倒せた!!!”
“いっ!いけねえ!時間は!”
慌てて腕時計を見る。
まだ1分間のタイマーが鳴る直前。
“まだ1分以内!!よし、早く解除解除!冥界の炎よ!もういい、スイッチをオフだ!!”
とっさにそう唱えた直後、サトシの周囲に流れていた青黒い霧のようなものが一瞬で消えた。
ピピピピッ!!ピピピピッ!!ピピピピッ!!ピピピピッ!!
廊下に目覚ましの音に似たベルが鳴り響く。
それが勝利を確定した音になった。
だがその直後、強烈な耐えがたい疲労感が彼を襲った。
「うっ、げえっ!!」
今までにない重苦しい感じ。
床に血反吐を吐き、膝から倒れこんで四つん這いになり、その場にうずくまるサトシ。
“なっ、なんなんだよこのアイテム!!反動がきつそうなのは覚悟してたけど、うげっっ!!!!”
何十キロものマラソンを徹夜でした直後のような疲労感と堪えがたい頭痛が彼を襲っていた。
“超人族に対抗できる力を得られるってのはホントだったけど、おっさんの言う通りあまり使うシロもんじゃねえなこれ!”
“さて、どうする?小笠原と戦う予定でここまで来たけど、予定より早くホワイトエルフの娘さんは奪還できたし、今のこの調子じゃ小笠原と戦うのはさすがにきつい。今死ぬわけにはいかないから一旦娘さんを連れて新世界へ逃げる方が得策か”
袋に手を突っ込む。
手にしたのは特性の気付け薬。
エナジードリンクと異世界土着のオタネ人参原料のエリクサーを混ぜて作った特製のモノ。
それを一気飲みした。
“うげっっっ!!!逆に吐きそうだけど・・・・、即効性があるからな”
キツイ味だがこういう非常事態には役に立つ。
朦朧とした意識をたたき起こし、何とか立ち上がる
目の前には血を流して倒れた少女が一人。
他にはあの糞女神も気を失っていた。
“一応勝ったのか。あんまり実感がねえけど”
だが、サトシはふと何かの違和感に気づいた。
ポケットの隙間から赤い光が漏れていたのだ。
ポケットに手を突っ込むと、中からこっちに帰ってきたときに使っていた魔力探知の石が出てきた。
それが付近に高レベルの魔力を持つ存在を知らせる最上級警戒レベルの色を発していたのだ。
“マズい!!この近くに相当な魔力の持ち主が来る。だが、さっきまではそんな感じしなかったのにどこから!?”
急いで眠り続けるホワイトエルフの少女をカートの中から抱きかかえて脱出しようとする。
が。
“ん~~~~!!!!!はあっ、はあっ!!!なんだよ、この子!?無茶苦茶重い!!!”
目の前にいるのは華奢でスタイルのいい、いかにも身軽そうな少女。
が、その少女を抱きかかえようとすると、とてつもなく重く持ち上げることができない。
“ホワイトエルフってこんな体重の思い民族なのか!?いや違う!!”
“効果を秘匿しているようだが、かすかに魔力の感じ・・・・。何か別の要因でこの子を持ち上げられないようにしている感じ!!まさか!?”
サトシは念のため眠気覚ましの魔法を少女にかけた。
だが、少女は目覚める様子がない。
“やっぱり!何かが妨害してこの子に魔法が効かない!!何か強力なやつがかかってる気が!!でも、糞女神やあの女とは魔力の質が違うきが・・・・?まさか!?”
カッ、カッ、カッ、カッ。
廊下の奥から足音!
それも落ち着き払った足取り。
“宿泊客!?いや、違う!!この気配!なんかやばいのが来る!?”
廊下の奥からそれはゆっくりと現れた。
「わたくしの部下がずいぶんとお世話になりましたね、少年。いや、新世界の脱走勇者」
「おっ、おまえは・・・小笠原・・・なのか・・・」
美しい少女。
それも神々しいまでの圧倒的威圧感を発する存在がサトシの前に立ちはだかった。




