第107話 追い詰められる少年
“しまった!!よりによってあのガキに見つかるとは!”
心の中で狼狽するミーシャを尻目に、サトシの表情からわずかばかりの安堵がこぼれた。
サトシの目の前にある掃除用具などを入れるためのカート。
その中に人ならぬ少女が入っていた。
“この長い耳。服装。間違いない!族長の娘さんだ!”
踵を返してイラついた声をミーシャへと放つ。
「おい!クソ女神!!なんでこの子を拉致したんだ!?」
「ケッ!てめえに言う義理なんざねえよ!クソガキ!!」
ダメージを受けても強がりを続ける女神の言葉にサトシの怒りに火をつける。
サトシはサッと刀身を一振りした後、持っていた長曽祢虎徹を袋の中へしまう。
そして両手をボクサーのように構えた。
彼の行動にミーシャは嘲笑の表情を浮かべた。
「おいおいおい!何考えてんのガキ!!血でも迷った?刀の次は拳闘試合でもする気!?やっぱお前は特上のお馬鹿さんだわ!!」
「お前だけは俺の拳で殺す!」
「おいおい!刀で斬るのやめて拳で私を殺すって意味わかんないんだけど?さっきからクズの分際で私の体に傷つけやがった上に舐めた能書き言いやがって!!!!!殺せるもんなら来てみやがっ!!!」
ダッッッッッッッ!!!
床を勢いよく蹴った音がフロア全体に響いたような静かな轟音とでもいうべき足音。
女神の発言が終わらぬうちに彼は一気に間合いを詰める。
“!!!!!いい!?このガキ!!!段違いに速くっ!!!”
一瞬で拳打の有効射程圏内にまで入った彼の左ジャブが女神の顎を捉えた。
「ガッッ!!!!!!」
人差し指と中指の拳頭がヒスを起こした女神の顎をきれいに打ち抜いた。
女神の口から唾と血が周囲にまき散らされる。
続いて右の鍵突き(フック)が女神の脇腹を突く。
内臓に直接響く耐えがたい衝撃!
「ブウウ!!!!!!!!!」
予想していた以上のスピードによりガードの態勢に入るのが遅れた女神はもろにサトシの拳を浴びた。
さらに間髪入れず彼の左アッパーが彼女の顎を再び狙う。
「なっなめんな!!!!!!!!」
ダッッ!!!
長年の経験か、本能的に女神がバックステップで身を引いたため、アッパーは間一髪かすれただけで終わった。
しかし、さらに間を詰めた彼は憎い女神のみぞおちに密着するほどの間合いから縦肘撃ちを決めた。
グゴッッ!!
「がはっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
倒れこんだ女神に馬乗りになった少年はすさまじいマウントパンチの雨を女神に浴びせた。
「このクソ女神がああああアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!今までのお返しだあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
後先考えず、憎悪のままに振り下ろされる拳の雨。
バギッッ!!!ゴギッッ!!!ドッッッッッッッッ!!!!!ガッッッッッッッ!!!!!ダジュッッッッッッッ!!!!!!!バンッッッッッッッ!!!!!!!グチュッ!!!!!!!!!!
「ブぎっ!!ぐべっ!!!!!!!!!!もう・・!!!!や!!!!べ!!!!!!!!」
今までのお返しとばかりに殴り続けるサトシ。
もはや女神が抵抗する状態になくなったその時。
「まちなさい」
拳の乱打を止めるサトシ。
止めるのが後1秒遅ければ目の前に突き出された鋭いプラチナの刀身に自らの拳を突っ込むところだった。
目を上げるとそこにはセーラー服を着た鬼が一人。
女神との戦いを後ろでじっくり見ていた少女はサトシの表情を観察するように見つめながら不気味にこちらへと口を開いた。
「はいはい、そこまで~。それ以上やるとこの女ホントに死んじゃうから~」
「じゃ・・・、邪魔すんな殿上人の手下!!!」
サトシは勢いよく言い返しはしたが、彼女の表情、その中でも目線を見た瞬間、先ほどの憎悪に任せた熱気が一瞬で冷めてしまった。
恐怖。
背筋が冷たくなる恐怖を感じたのは葦國とかいうのと戦った時に似たものがあった。
「あ~あ~!もう!こんなに伸びるまで殴っちゃって。君のせいで肝心なこと聞き出せなかったじゃない!」
「君ね~、一応女の子なんだから手荒なことしちゃダメだって習わなかったの~?これじゃもうお嫁にいけないよこの人?」
すぐに冷静な感覚に戻った理由は口調と目の雰囲気のアンバランスからくる恐怖を彼は感じたからだ。
ひょうきんな口調とは不釣り合いなくらい彼女の眼は冷酷な刃のように彼の全身を射抜き、サトシは先ほどまで女神を殴っていたテイクダウンからのパウンドを振り下ろす姿勢から数十秒間動けなくなってしまった。
“こいつ・・やっぱりただもんじゃない!!”
動けない。
それがサトシの本能の正直な反応だった。
目の前にいるのはただの少女のはず。
違う。
分かっていたつもりだったが、こんな殺気はプロの殺し屋でもそう出せるもんじゃない!
考えられる可能性は3つ。
超人族と血の契約をして超常的な実力を得たか?
修行や特殊アイテムでその実力を得たか?
あるいは・・・・その両方か?
この感じだと考えたくはないが一番最後の最悪のパターンが正解か!?
タダならぬ殺気が彼の防衛本能を極度に高ぶらせていた。
必死で内心の恐怖を隠すサトシの心を見透かすかのように霞は続ける。
「君が言う通り、私もこの女が新世界にいるはずのエルフを何でこっちの世界に連れてきたのか知りたいんだよね~。だからこの女にここで死なれるとまずいのよ~」
「それはそうと、さっきこのエルフの子を見たとき、君はこの子を探しにここへ来たって雰囲気してたじゃない?君、ほんとはこの子のことを知っているんでしょ?聞かせてくれないかなあ~」
瞬間的に彼のすぐ真横に霞は立っていた。
反射的に彼は後ろへ引き下がった。
“この女、全く気配を感じさせずに俺の真横に!!”
恐怖を振り払い、女神の上から真横に立ち上がって少女との間を開けた。
「想像以上に危険な感じすんな、お姉さん!」
サトシの言葉に霞は眼鏡を正した後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「私に興味を持ってくれたの?うれしいな~」
次の瞬間。
「じゃあ少し遊ぼうか!」
グッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
“へっ!?”
サトシは一瞬何が起きたのか分からなかった。
何か・・・・、お腹のあたりに強烈な違和感がするような・・・・。
違和感のする方、つまり自身の腹のあたりをゆっくり下を向いて見た。
そこには光り輝く銀色の刃。
それが自身の腹を貫いていた。
刃の中心から真っ赤なシミが服に滲んでいくのが見えた。
「がはっっっっっっぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
彼の苦痛などお構いなしに刀身が勢いよく引き抜かれる。
鮮血があたりに飛び散り、美しい刀身と真っ赤な色が恐怖のコントラストを描いた。
サトシの服がみるみる血に染まっていく。
“まっ・・・・・・・、全く・・・・みえ・・なかっ・・・た・・・・。何しやが・・・・た・・・・”
“いっ、・・・いけねえ!早く回復魔法を!”
朦朧とする意識の中、自身に回復魔法をかける。
が、いつもなら即座に傷口がふさがって体力が全回復するはずの魔法をかけても傷がほとんどふさがらない!
おまけに体力の回復もほとんど感じられない。
“なんだ・・よ!!!治りがやたら遅い・・・・。妙な特殊効果がある・・・の・・か・・・!?”
サトシは間髪入れず袋からエリクサー系の薬草を取り出す。
猛毒や呪術系の呪いを伴う深い傷にもこれは効くはず。
ゼルのおっさんが昔特別に精製した薬草なら効くはず!
サトシは薬草をつかむと傷口に張りつけるように充てるとともに、それを細かくして一気に飲んだ。
これで回復するはず。
だった。
“なっ!なんでだよ!!傷がほとんど・・・・・・ふさがらない!!!“
彼の行動を見て霞が得意げな表情になった。
「そうそう。この剣は光魔の剣と言ってね。冥様から直々に下賜していただいた剣なの。常人の倍以上の速度を所有者に与えてくれる上に、攻撃対象の生き血を吸って攻撃力が増すのよ。それに、生き血を吸えば吸うほど光り輝くとも聞いているわ♬」
「あと、この剣で受けた傷は普通の手当てじゃ治りませんよ。相手の生命力そのものを損傷させるから、あなたはこのまま徐々に生命力を奪われて終わりです♬」
“いっ・・いけねえ・・!!ここでくたばるわけには・・・・!”
“こうなりゃ仕方ない!超人族用と帰るとき用にとっておいたがあれを使うしかない!!“
サトシは念じながら持っていた袋を再び取り出し、それに手を突っ込んだ。
取り出したときに彼の手には青黒い炎が揺らめいているような水晶のような塊が握られていた。




